ここのナイトパレードはとても華やかだと聞いて、先に席を取っておこうと思っていた。
バッグからシートを出して、敷いて座る。通のファンは既に一番見える場所を取って座っており、カメラの準備までしている。カメラはさすがに持ってきてなかったな、と凜花は思う。
さて、ヒントは出した。そろそろ誰かが来るだろう。来なければ来ないでそれはそれでいい、自分だけでも楽しもう。そんな事を思っていると。
「見つけた」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには肩で息をしている才悟がいた。最初に来たのは彼か、と思って席を譲ると、才悟はそこに座る。
それからはお互い何も言わない。二人とも目の前の人の流れをただ見ているだけだ。凜花がそろそろ何か言おうかと思った瞬間、才悟が口を開いた。
「どうして、一人で行動したんだ」
いつもの才悟らしからぬ、詰問口調。それだけ彼を困らせていたのかと、改めて自分の行為を反省する。
だが、後悔はしていない。何故なら。
「最初はね、本当に楽しかったわ」
あえてこっちを見ているであろう才悟の方を見ずに、話を始める。多分、彼は悲しがると思うから。
「でも、あなた達のいろいろな思い出を聞いていくうちに、何だか申し訳ない気がしてきたの。あなた達の思い出の場所に連れてきたのは凄く嬉しい。だけど」
ここで一息つく。普通なら才悟が語尾を拾って聞いてくるのだが、それがない。彼は今、どんな顔をしているのだろう。
「あなた達の……魅上くんと伊織くんの思い出に、土足で上がり込んでる気がした」
ジャスティスライド、特に才悟や陽真の話を聞いているうちに感じた事だ。楽しくて、素敵で、幸せな思い出は、彼らだけで補完すべきではないか。そんな不安。
入り込んではいけない思い出に、自分は入り込もうとしてしまっているのではないだろうか。
「思い出をいっぱい話してくれるのは嬉しい。でも、割り込んでる気がして申し訳ない気がしてしまったわ」
だから昼食の隙をついて、彼らの元を離れた。ついでに彼らの分の代金も支払って、一人で遊園地に飛び出した。
手紙を書いて渡してもらったのは、文面通り探さないでほしいと言う気持ちの表れ。まさか縦読みで「探して」となるとは思ってなかったので、そこはうっかりしていた。
「みんなと一緒の遊園地も良かったけど、一人で楽しむのも悪くなかったわね」
でももうそれもおしまい。最後のナイトパレードぐらいはみんなで楽しみたい。だから解りやすいヒントを出した。そして最初にやってきたのは才悟だったと言うわけだ。
話したい事は全部話した。後はそっちの話、と思って、改めて才悟の方を向き……凜花は絶句した。
才悟の目は、潤んでいた。
「オレはキミを困らせていたのか?」
裏表のないストレートな言葉が、胸に突き刺さる。困らせていたのではない、むしろ困らせたのは自分なのに、彼はそれを責めずに自身を責めている。
「違うの。そうじゃないの」
「じゃあ何故、一人で行動したんだ? オレはキミに喜んで欲しかった。それだけなのに」
「それは」
「オレはここでキミとの思い出を作りたかった」
「……!」
凜花の目が見開かれた。
才悟は単純に、ここで自分と楽しい思い出を作りたいと思っていた。自分が楽しかったから、彼女にも楽しんでほしい、その気持ちでここに来ていたのだ。自分たちの思い出に足を踏み入れられるとか全く考えていなかったのだ。
「ごめんなさい」
才悟に頭を下げる。
自分ばかりが無駄に考え込んで落ち込んで、無駄に彼らに迷惑をかけたことに今改めて気づく。
「結局、私だけがみんなに迷惑をかけてたのね」
「それは……」
「魅上、今回ははっきりと言え。迷惑をかけていたとな」
後ろから慈玄の声。振り向けば、陽真や紫苑も並んで立っていた。
「ホント、心配したんだぜ。おれたちずっと走り回ったんだから」
「探してほしいのか探してほしくないのかでも考えちゃったし」
「みんな……ごめんなさい」
ジャスティスライドにそれぞれ責められ、凜花は再び頭を下げる。涙が出そうになるが、自分が悪いのだから泣くまいと踏ん張った。
改めて独りよがりだった自分を後悔する。みんな凜花にも思い出を作らせようと思っていただけなのだ。何故なら、ここでみんな楽しい思い出を作ったから。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
もうそれしか言えない。
楽しい思い出どころか彼らに迷惑をかけた上、最後ぐらいはみんなで楽しもうとかどれだけ上から目線だったか。思い出に土足で上がり込むどころか、泥を塗ってしまったも同然だ。抑え込んでいた涙が、どんどん溢れてくる。
ぽろぽろと零れる涙をハンカチで拭いていると、才悟が背中をそっと撫でてくれた。こんなエージェント失格の自分に優しくしないでほしい。そう言おうとしたら。
「泣かないでくれ。キミに泣かれると、オレも悲しくなってしまう」
才悟の真摯な言葉にさらに涙が溢れて、言葉が出なくなってしまった。
「遊園地は楽しい思い出が出来る場所だ。悲しい思い出を作る場所じゃない」
そんなの無理だ、と頑張って言おうとしたら、今まで黙っていた紫苑が口を開いた。
「魅上くん、ずっとあなたを気にかけてたんだよ。あなたを遊園地に誘おうって決めたのは、魅上くんなんだ」
「え?」
「こんなに楽しくて素敵な場所なんだから、凜花さんも連れていきたい。そう言ってたんだよ」
「そうそう、本当は三枚もらったから、一枚買っておれ達ジャスティスライドでもう一度行こうって話だったんだけどな」
紫苑の説明を陽真が補完する。本来ならジャスティスライドだけで行く予定だったのだが、才悟が凜花も連れていきたいと強固に反対したのだと。
「無理なら自分は行かない。そう言い切ったくらいだったからな」
「そうだったの……」
才悟の強固な意思をさらに感じて涙は止まらなくなる。優しい才悟に対して、自分は何をしたのか。
さらに泣き出した凜花に対し、才悟はおろおろとしていたが、急に抱きしめてきた。
「っ、み、魅上、くん……っ」
「お願いだ。もう泣かないでくれ。もうオレにはどうすればいいのか解らないんだ」
「ご、ごめんなさ、い……」
泣いちゃダメだと思えば思うほど、涙が出てくる。自分が悪いと言う反省と後悔の涙だ。
しばらく才悟の腕の中で泣いていると、そっと背中を誰かに撫でられる。涙を拭いて、腕の中から出ると、陽真たちが優しい目で見守っていた。
さすがに涙も収まってきたので、才悟から離れて改めてハンカチで顔を拭く。鏡はないから解らないけれど、相当腫れぼったい目をしている事だろう。
「確かに心配したけど、凜花が楽しめたならそれでいいんだよ」
「そう……かしら」
「うん。ぼく達はぼく達で、結構探すのに頭使ったって思い出になったし」
「迷惑はしたけどな」
それぞれが慰めてくる(慈玄だけは違ったが)ので、また涙がこみ上げてきそうになる。だが今回はすんでの所でこらえる事が出来た。
「みんな、本当にごめんなさい」
何度目か解らない謝罪をすると、四人はそれぞれに「もういいって」と許してくれた。甘いと他人事ながら思ってしまうが、今回はその甘さに甘えようと思った。そうでもしないと、本当に心が折れて立ち上がれない気がしたから。
「それより凜花が乗ってきたアトラクションとか教えてくれよ! おれ達が乗ってないやつかも知れないしさ!」
陽真が話を変える。その話に釣られ、凜花はついつい何に乗ったのかを話し始める。それに合わせて、紫苑や慈玄もどこを探したか何をしていたのかを話してきた。才悟は最初黙っていたが、少しずつぽつりぽつりと話し始める。
話が盛り上がっていく中、凜花はやはり自分の場違い感を感じてしまう。本当にジャスティスライドの思い出に、自分が付き合っていいのだろうか……。
また落ち込みそうになりそうなタイミングで、そっと才悟が手を握ってきた。
「キミにも聞いてほしいし、聞かせたい。キミが教えてくれたのと同じように」
「……ええ」
自分が聞かせたのだから、今は自分が聞く番だ。何も考えずに、彼らの楽しい思い出を聞こう。でも、今は。
「魅上くん、本当にごめんなさい」
一番自分を思って探し回ったであろう青年に、何度目か解らない謝罪をする。謝罪を受けた才悟はまた顔が曇るが、これだけはちゃんとしないといけないと思ったのだった。
「もう言わないでくれ。オレはキミに謝られるのが辛い」
「ええ。でも一番探してくれたのはあなただもの」
「なら一つ、オレのお願いを聞いてくれないか?」
真摯な眼差しに釣られてこくりと頷く。竜胆色の目が盛んに瞬くのを見て、思わず見とれそうになった(実は後ろで陽真たちも興味津々で聞いているのだが、凜花は気づいていない)。
「オレの傍にいてくれ」
「え?」
「!?」
才悟の告白に近い言葉に、思わず顔を赤らめてしまう。後ろの陽真たちもびっくりしたらしく、息を飲んでいる。
ただ肝心の才悟は逆に皆の反応に驚いたらしく、竜胆色の目を丸くした。
「何故驚く? オレはこれから暗くなるから、なるべく離れないでくれと言いたかっただけなんだが……」
「そ、そうなの……」
「才悟、それ勘違いされやすいぜ……」
「???」
陽真の疲れ切ったツッコミに才悟は首をかしげる。そんなやり取りを見て、凜花はやっと涙が完全に引っ込んだ。割り込んでいるのではなく、見せてもらえている。邪魔ではなく、一緒にいさせてもらえている。やっとそう感じることが出来た気がした。我ながら単純だと思うが、本当にそう感じられたのだ。
気づけば日がそろそろ落ちそうになっている。ナイトパレード目当ての人々も集まり始めており、周りがにぎわってきていた。
道行く人やナイトパレード待ちの人たちの中には大きな袋を持っている人が多い。恐らく中身はお土産だろう。それを見て、凜花はふと思い出したようにジャスティスライドの四人に聞く。
「みんなお土産は買った?」
四人は顔を見合わせて「あ」と声をハモらせる。どうやら探すのに夢中になって、お土産を探すことはすっかりすっぽ抜けてたようだ。彼ららしいなと思いつつ、凜花は微笑んだ。
「私はここで待ってるから、お土産屋さんに行ってらっしゃい」
「え、別にいいよ」
「一人は危険だ」
皆がそれぞれに止めるが、凜花は気にしない。むしろ今まで迷惑をかけたのだから、荷物番ぐらいさせてほしいのだ。
凜花が何度も大丈夫と言うと、それじゃあと紫苑が一番に立ち上がった。
「気になってたお菓子とかもあるし、ぼく最初に見て来るよ。ぼくが戻ってきたら他の皆で行って」
「オッケー!」
「混んでるかもしれねえし、気を付けろよ」
紫苑をみんなで見送る。しばらくすると、「たくさん買っちゃった」と両手に袋を持った笑顔の紫苑が戻ってきた。じゃあ次、と立ち上がったのは陽真だ。「他に誰か一緒に行くか?」と聞くが、全員首を横に振った。
じゃあ行ってくると陽真を見送った後、凜花は才悟に「ついて行かなくていいの?」と聞く。聞かれた才悟は首を横に振った。
「何を買えばいいのか解らないし、何より……」
「『何より』?」
「キミと買いたかった」
才悟のストレートな言葉にまた顔が赤くなるが、今度はすぐに首をぶんぶんと振って顔の火照りを冷まさせる。また今度ね、と笑って約束すると、「約束だ」と才悟が真剣なまなざしで言った。
後ろの紫苑がくすくすと笑っていると、五人分のお揃いのキーホルダーを買ってきた陽真が帰ってきた。
ナイトパレードが始まる。
観客参加型でもあるそれは、写真を撮りまくる人もいれば、キャラクターの着ぐるみに手を振る人もいるし、スタッフに手を引かれて参加する人もいた。
クマのキャラクターが手を差し伸べてきたが、凜花は微笑んで断った。
「いいのか?」
「ええ。みんなと一緒にいるのがいいわ」
「そうか」
才悟が不思議そうに首を横に振る中、どーんと花火が打ちあがる。打ちあがった花火はぱっと空に大輪の花を咲かせるが、あっという間に消えた。
儚い物だ、と凜花は思う。だが、こうしてジャスティスライドのみんなと一緒に見れた思い出は、決して儚くはない。
「また来ましょうね」
その言葉は、花火にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。