『特別なあの人に、特別なチョコを。ボーテ、アムール、シャンス、ミニョン、イノソンスの5種類、発売中』
デパートで見たその広告に、凜花は目を惹かれた。
チョコの名前は全部フランス語で、それぞれ美しさ、愛、幸運、可愛さ、純粋を指す。凜花が特に目を奪われたのはイノソンス……純粋の言葉だった。
(純粋……)
脳裏をよぎる、ターコイズブルーの青年……魅上才悟。
純粋を擬人化したら、彼になるのではないだろうか。とは言え、その「純粋」も作られたモノだったけれど、彼自身は本物だ。だからこそ、強く印象に残った。
ライダーフォンで調べてみると、イノソンスはカシス風味のチョコらしい。才悟はやや子供舌なところがあるから、カシス味は大丈夫だろうか。少し不安になる。
そもそも、才悟には手作りチョコを上げるつもりだった。それがいきなりブランド物のチョコに変わって、ショックを受けないだろうか。
(……保留にしておきましょうか)
とりあえず、今は考えるのをやめて、目の前の事――レオンに頼まれたおつかいに集中することにした。仮面カフェの方で食材が足りなくなってしまったので、デパートでしか買えない食材を買いに来たのだ。
バレンタインはそうそう逃げはしない。作るにしろ買うにしろ、もう少しじっくり考えるのも大事だろう。凜花はそう思った。
それが、1月末の話。
あれから2週間が経った。バレンタインまであと数日と言う日だ。
(うーん……)
結局脳内からあのチョコが消えることはなく、バレンタインの話題が飛び出る度にあのチョコを思い出すようになっていた。
ここまで気になるのなら、手作りチョコは来年にして、今年はあのチョコにするべきだろうか。そんな気までしてきた。
(……決めた)
凜花はタブレットを立ち上げる。うろ覚えだが名前を検索すれば、あの時見た広告の宣伝文句がヒットする。そのまま問題のチョコのページに飛ぶと、真っ先に飛び込んできたのは紫色の箱と、色鮮やかなチョコの数々だった。箱の色だけ見ると、才悟よりも紫苑宛なチョコだなとふと思う。
もうちょっと調べてみると、メインがカシス味なだけで、普通のスイートやミルクもあるらしい。これなら才悟も食べられるだろう、と凜花は安堵の息をついた。
ただ問題は……もう売り切れだと言う事。
本店が駄目ならネットショッピングサイト。いくつか出して検索してみるが、大手もやはり売り切れていた。
そうなると、やはりデパートしかないか。凜花は店を他の人に任せて外に飛び出した。
デパートのバレンタインフェアブースは、人が増え始めていた。あと数日と言う事で、そろそろ選び始めようと言う人もいるのだろう。
(例のチョコは……)
広めのブースを探して回っていると、例のチョコが並んでいるエリアがあった。あったのだが……。
「売り切れてる……」
店員に聞くと、今日全部売り切れてしまったらしい。大きな宣伝ポスターの効果なのだろうが、凜花にとっては困った状態だ。
在庫復活はあるのか聞くと、一応バレンタイン迄には間に合わせるとの事。ただ、取り寄せる在庫の数は少ないとも付け加えられた。これは運勝負とも言えるだろう。
さて、どうするか。
運に任せて毎日ここに張り付くか、それとも他のデパートなどを探して回るか。二者択一だ。
しばし考えて、凜花は後者を選んだ。虹顔市以外にも大きなデパートはある。それらを探し回れば、1つぐらいは売れ残りがあるはず。そう思ったのだ。
とりあえず電車に乗るか、と思っていると、ライダーフォンが鳴った。レオンからだ。
『ご主人様、申し訳ありませんが店にお戻りくださいませ! 人手が足りません!』
都合の悪い事は連続して起こるようだ。凜花は深くため息を付いて、仮面カフェへと戻った。
どうやら、悪い事は積み重なるらしい。
あの後何とか急な団体客を相手にできたのはいいが、その後も客が途絶えることはなく、結局落ち着いたのは夜。その夜の外出はレオンが固く禁じてきたので、他のデパートに行く事はできずじまいだった。
なら次の日、と思っていたら、今度はカオストーンの情報に振り回されて、丸一日虹顔市を駆けずり回った。見つかったのはいいものの、やはり他の市のデパートに行く事はできず、虹顔市のデパートではまだチョコは並んでいなかった。
……そしてバレンタイン前日。
そろそろライダーたちへのチョコを準備しなくてはならないので、凜花は休みを取って全員分のチョコを用意し始めていた。
取り寄せたチョコを受け取る。ルーイをはじめとした何人かは去年のチョコとほぼ同じになってしまうが、まあそこは忙しいのとその人の好みに合わせていると言う事で許してもらおう。
例のチョコは、いまだに手元にない。
ネットはもう間に合わないので見ていなかった。後はダメ元でデパートに行ってあるかどうか確認するしかない。そう思うと居ても立っても居られず、凜花はまた店を他の人に任せて飛び出した。
もう何度か通ったバレンタインフェアブース。前日となると、チョコを求める女性たちでいっぱいになっていた。そんな中、例のチョコを売っている店舗に行くと、やはり「売り切れ」の紙が貼られていた。店員に聞くと、やはり早いうちに売り切れてしまったらしい。
こんな事だったら悩んでいるうちに買っておけばよかった。そう思っても後の祭り。凜花はとぼとぼとブースを後にした。
もう諦めるしかないか、と思ってさっきよりも重い足取りで仮面カフェに戻ろうとすると。
「おや、凜花じゃないか」
聞き覚えのある声が後ろからかかる。振り向くと、そこには紙袋を両手に抱えた浄の姿があった。
「バレンタイン前日なのに、もうそんなにもらったんですか」
自分でも疲れ切ってるのが解る声で言うと、「おやおや」と浄は困り眉で肩をすくめた。
「これは自分で買った自分用のチョコさ。それより君はどうしてここに?」
言うかどうかしばらく悩む。まさか浄が才悟に話す事はないだろうが、自分の問題を誰かに話すのはやはり気が引ける。しかし、甘いものが好きな浄ならもしかして情報を知っているかもしれない。
「実は、探してるチョコがあるんです」
「おや」
「浄さんなら知ってるんじゃないですか? これなんですけど」
ライダーフォンでチョコのサイトを出すと、浄は「ああこれか」とすぐに理解してくれた。
「これはかなり人気の物だから、販売されると同時に完売……と言うパターンも多いよ。俺も手に入れるのに少し手間取ったね」
「そうですか……」
やはり諦めるしかないのか、と思い、深々とため息を付いた。
翌日。バレンタイン当日。
やはり諦めきれなかった凜花は、ライダーたちにチョコを配り終えた後にデパートに立ち寄ってみた。
前日よりかはやや人が減ったブース内、その中で目的の店舗へ速足で行ってみると。
「……あった」
何の偶然か、自分が一番欲しいと思っていたイノソンスだけが残っていた。
もう何も考えられず、すぐに紫色の箱を手に取り、会計にダッシュする。お会計の時も何度も何度も確認したが、それは確かに探し求めていたイノソンスだった。
涙が出そうなのを頑張ってこらえていると、唐突に声をかけられた。誰だと思って振り向くと、そこには何故か才悟が立っていた。
「み、魅上くん!?」
思わずチョコを落としそうになるが、すんでの所でこらえる。才悟が首をかしげるが、それを無視して「どうしてここに?」と尋ねた。
尋ねられた方は少し落ち込んだ顔になって、ぽつりと言う。
「……キミから、チョコを貰いたかった」
思わず顔が赤くなる。
ジャスティスライドにはチョコを渡したが、才悟自身にはチョコを渡していない。彼はそれを気にしていたのだ。
そんな彼が急に愛おしくなり、思わずくすりと微笑んでしまう。才悟は急に笑う凜花を不思議そうな顔で見るが、凜花はお構いなしに先ほど買ったチョコ……「純粋」の名を持つそれを手渡した。