聞きたい

「ごめんなさい、その日は財閥の方で仕事があるのよ」
 1月10日。
 ジャスティスライドから才悟の誕生日会に誘われたのだが、今年はあいにく仕事が入ってしまった。なので先に謝る事にした。
 話を聞いた四人は顔を見合わせて落ち込むが、まあ仕方ないかと持ち直す。さすがに財閥の仕事をすっぽかしてでも来いとは言えないだろう。
(すっぽかしたいのは私もなんだけど)
 内心ぼやく。ひたすら頭を下げたり、身分不相応な態度を取るのは相当疲れる。気楽におしゃべりもできる仮面カフェの仕事の方がどれだけ楽か。
 凜花ははぁとため息を付いた。

 そうして数日が過ぎた。
 カレンダーを見て、そろそろ才悟の誕生日だなと凜花は思う。個人的なプレゼントは用意したが、渡せるのは当日以降だなとも思っていると、レオンもカレンダーを見たらしく、「そろそろ魅上さまの誕生日ですね」と言ってきた。
「プレゼントは用意なさいましたか?」
「まあね……」
 プレゼントの内容は濁す。こういうのは秘密にした方が楽しいし盛り上がるものだ。まあレオンの事だから、何となく察してはいるだろうが。
 ただ今年は問題がある。それは。
 レオンにその「問題」を口にしようとしたその時、からんからんとドアベルを鳴らして人が入って来た。誰だろうと思ったら、伊織陽真。
「いらっしゃい、牛乳でいいかしら?」
 注文を先取りすると、陽真は「じゃあそれで」と返事してきた。その注文の通りに牛乳を出すと、陽真は勢いよく半分ほど飲む。その飲みっぷりに感心していると、陽真が口元を拭きながら凜花の方を向く。
「そう言えば、才悟の誕生日プレゼント、何か用意してる?」
「え?」
 ついさっきまでの話題だったので、思わず声を上げる。陽真は当然さっきまでの会話を知らないので、逆に不思議そうな顔をした。
「もしかして、用意してない?」
「い、いえ、用意してるわ。ただ、当日渡せるかは解らないけど……」
 そう。
 誕生日プレゼントそのものは用意したのだが、当日渡せるかが解らないのだ。
 何せ当日の仕事は朝からで、仕事の量も多くスケジュールも分刻みレベルで余裕がない。複数の会社とのアポが重なってしまった故の悲劇だ。なので誕生日会に参加するどころかプレゼントを渡すだけでも難しいのだ。
 それを聞いた陽真はやっぱりかと言わんばかりの顔になった。
「じゃあ代わりにおれが渡しておこうか?」
「うーん……」
 せっかくだったら自分で手渡ししたい。だがそれだと時間がない。さてどうするか。凜花は少し悩む。
 手っ取り早いのは、早朝に直接渡すことだ。だがそうすると、ルームメイトの陽真を起こしてしまわないだろうか。
「伊織くんは朝早い方?」
「え? あー、才悟よりかは遅いよ。だから来るよりも才悟に行かせる方が手っ取り早いんじゃないかな」
 陽真はすぐに凜花の質問の意図をすぐに察したらしく、こっちが望む答えを出してきた。しかし、祝われる側を祝う側の元に行かせるのは何か違う気がする。才悟がそれを気にしないとしてもだ。
 しかし考えれば考えるほど、それが一番いいような気もする。才悟には手間をかけさせてしまうが、当日には早くに家に来てもらうように言ってもらおうか。
 凜花は最近癖になっているため息を付いた。それを見とがめた陽真が「大丈夫か?」と聞いてくる。
「まだ正月ボケが続いてるだけだと思うから平気よ」
「そうだとしても、あんまり無理するなよ? 才悟、滅茶苦茶心配するから」
「肝に銘じておくわ……」
 永遠の契約以降、才悟は凜花に懐きっぱなしだ。好きという感情に素直になっているからだと深水紫苑が言うのだが、凜花にとっては恥ずかしさや嬉しさなどが混ぜこぜになって複雑な気持ちがある。だからこそ、今年の誕生日会には参加したかったのだが。
 とりあえず、プレゼントの件は何とかなりそうだ。ついでに先におめでとうも言えればいいのだけれど、と凜花は思った。

 そして1月23日。
 才悟が来ることを予想して、凜花は早めに起きた。前日に下ろしてもらったスーツに袖を通し、髪もセットする。早すぎるとは思うが、着替え直すのが面倒だと思ったので、最初からスーツを着ることにしたのだ。
 しかし。
 ライダーフォンが鳴ったので手に取ると、そこには「伊織陽真」の文字。
「もしもし?」
 電話に出ると、開幕「凜花ごめん!」の陽真の声が飛び込んできた。
「え、どうしたの?」
『才悟の調子が悪くてさ、体温計ったら微熱だったからちょっと寝かせるよ。だから朝行かせるのは無理になった! ホントごめん!』
「え、大丈夫なの?」
 才悟が微熱と聞いて、すぐに飛び出したくなった。しかし今はスーツ姿。この姿で自転車を漕いで彼らの家に行けば、逆に彼らに心配されるだろう。仕方ないので、電話の片手間に別のスマホを使ってラインでレオンにお粥を手配してもらう。
「今レオンにお粥を手配してもらったわ。調子が悪そうなら食べさせて」
『マジか! 助かるぜ~』
「それじゃあ、魅上くんお大事にね」
『おう』
 電話を切る。せっかく気合を入れたのに、いきなり出だしから躓いた感が湧いてため息を付きたくなった。
 才悟が病気なら、今すぐにでもお見舞いに行きたい。だが今日に限りスケジュールはぎちぎちで、夜まで自由時間がない。プレゼントを渡すどころかお見舞いすらできないという現実に、身体が重くなった。
 こうなったら自分も仮病で休んでやろうか、と思ったが、そんな事をしたら心配したレオンに家に缶詰め状態になる事請け合いだ。お見舞い以前の話になってしまう。
 凜花は一度着たスーツを思いっきり脱いで、ベッドに横になった。レオンが来るまではしばらく休んでおこうと思ったのだ。
 そうして1時間後、きっかりレオンが迎えに来た。
「ご主人様、おはようございます」
「おはよう、レオン」
「今日は忙しいですからね。気合を入れましょう」
 ぐっと力こぶを作るレオンに苦笑いをしながら、凜花はバッグと紙袋を持って家を出た。

 レオンが宣言した通り、その日は特に忙しかった。協力会社への挨拶回りから、工場の視察、会議の参加などであっという間に時間が溶けていく。気づけばゲストとしてパーティーに参加していた。
(お腹空いた……)
 ぼんやりと思う。昼ご飯はいつ食べたっけか。そんな事を思いながら挨拶してくる人たちを交わしていく。隣のレオンが少し苦い顔をしたが、これぐらいは許してほしい。何せ、記憶が飛び飛びになるくらい目まぐるしかったのだから。
 こっそりと時計を見る。時間は21時ちょっと前。そろそろ上がらせてもらってもいい頃のはずだ。レオンの方を見ると、彼も言いたい事を理解したようで頷いてくくれた。
「おや、退出なさるのですか?」
「ええ、申し訳ありません。時間が時間ですので……」
 お疲れ様ですと挨拶すると、周りも仕方なしと挨拶を返してくれた。周りの人の気遣いに感謝しつつ、凜花はレオンを連れてホールを出る。人の目がないのでだらだらと歩きたくなるが、最後の気合を入れてしゃきっと姿勢正しく歩く。
「お腹空いたわ……」
「車の中にサンドイッチがありますよ」
 そんな会話を交わしつつ、外に出ると。

 車の近くに、人が立っていた。

 誰だと目を凝らすと、その人影が魅上才悟だと気づく。その才悟がふらっとしたように見えたので、凜花は慌てて近寄った。
「魅上くん!」
「皇凜花……」
 ふわ、と可愛らしいあくびをする才悟。確か才悟は具合を悪くしていたはずなのだが……?
 不思議に思っていると、後ろのレオンが電話を取ったらしく、「ええ、ええ、今ここにいます」と会話(おそらく陽真と)していた。
「魅上くん、具合悪いんじゃなかったの? 無理してここに来たんじゃないでしょうね?」
 凜花が矢継ぎ早に質問するが、それらに対して才悟は答えを返さず、ぼそぼそと何か呟いた。何だろうと耳を寄せると、才悟の口から「聞きたかった」という言葉が聞こえてきた。
 もっと耳を寄せると、もそもそと「キミから、聞きたかった」と聞こえた。
「聞きたかったって、何を?」
 才悟の顔を見ると、彼は少し赤い顔のまま答えた。

「キミから、『誕生日おめでとう』の言葉が聞きたかった」

「……!」
 才悟の言葉……おねだりに、凜花の目が丸くなる。
 確かに今日は忙しさにかまけて、電話どころかライダーラインでメッセージを送る事すら忘れていた。家に帰って送ればいいだろうぐらいにしか考えていなかった。
 しかし、才悟としては病気の身体を押してでも、自分からお祝いの言葉を聞きたかったのだろう。凜花は自分の思考の浅さに深くうなだれてしまった。
「ごめんなさいね」
 凜花が謝罪すると、才悟は目を丸くして首を横に振る。
「キミのせいじゃない。忙しかったのは知っている」
「それでもよ。プレゼントも用意していたのに、すっかり忘れてたんだから」
「そうか……」
 才悟がくしゅんとくしゃみをする。やはり無理をしてるのだろう。凜花は慌ててそっと支えた。
「魅上くん、今日はうちに泊まりなさい。こんな状態で家に帰すわけにはいかないわ」
「いいのか?」
「ええ」
 才悟がどうやって来たのかは解らないが、今の状態でそのまま家に帰すわけにはいかなかった。今日は家に泊まらせて、明日陽真の元に帰した方がいいだろう。
 車に乗せようとした時、凜花はまだ才悟のおねだりに応じていない事に気が付いた。
「魅上くん」
 名前を呼ぶと、彼がぼんやりとした顔でこっちを見る。その顔をしっかりと見つめてから、凜花は言った。

「お誕生日おめでとう」

 才悟がうっすらと微笑んだ。