あなたを信じてる

 異常気象だ何だと騒がれているものの、春の足音は聞こえてきている。そんな時期。
「そろそろホワイトデーですね、ご主人様」
 仮面カフェのカウンターでコップを磨きながら、レオンが明るい声で話しかけてきた。ちょうど客も少ないタイミングなので、ちょっとした話題振りのようだ。さて、この話題に対し、凜花はふふっと笑う事でそのボールを返す。1か月前、あれだけ頑張った分、そのお返しが来るであろうことは容易に想像できる。ただ、問題はその内容だ。
「皆様、どのような物を返して下さるんでしょうね」
 レオンも同じような事を考えていたらしく、くすくすと笑いながら会話のボールをこっちに投げてくる。お返しに関してはレオンも同じなのだが、彼はもう既に用意しているのだろうか。
 凜花はそのボールを受け取ったまま、ぼんやりとそのお返しについて考える。特に、彼……魅上才悟の事を。
 先月のバレンタインは彼に見合ったチョコをプレゼントした。ただ手作りではなく、買った物だった。それに対して彼は何を思ったか、それは解らない。まさか手を抜かれたとは思われていないだろうが……。
「まあ去年と同じような物をくれると思うんだけど」
 放置していた会話のボールをレオンに返し、凜花は出て行った客のテーブルを拭き始める。そう言えばここの客も、ホワイトデーについて話してたなと思い出した。
 ホワイトデー。
 去年の才悟は、自分に合わせてケーキを作って渡してくれた。作って渡してくれるまで待っていたら、何故か才悟に抱きしめられたのを今でもリアルに思い出せる。もらったケーキよりも甘く感じた思い出。
「なら、なおさら楽しみですね!」
 何を思っているのか、レオンがいつも以上ににこにこと笑う。その笑みに何か寒気に似たものを感じたが、凜花はあえて気づかないふりをした。

 ホワイトデー前日。
 仮面カフェ以外にも仕事があったので、凜花はレオンを連れて車で虹顔市を回っていた。
「はい、その方面でお願いします」
 同列会社に電話をかけて回っていると、ふと窓の外の景色が見える。緑豊かな自然が広がっているので、ここは教育地区だと解った。もしかしたらジャスティスライドの誰かを見かけるかなと思ったその時に、それを見てしまった。
 
 見知らぬ女性に何かを押し付けられている、才悟の姿。

 日にちと袋を見る限り、おそらくホワイトデーのプレゼントだろう。しかし、バレンタインならともかくホワイトデーに女子から物を貰っているとは、つまり、そう言う事なのだろうか。
 見ていられなくなって、視線を前の方に向ける。タイミングよく信号が青になったので、さっと車が動き出した。
(魅上くん、やっぱり女性にも人気なんだ)
 ルックスもいいし、クールなイメージがあるから人気なのは知っていたが、ああして物を貰っているのを見ると、やっぱり嫉妬やら不安やらが混ぜこぜになって湧き上がってくる。さっき見た感じ、喜んで受け取っていたわけではなさそうなのだけれど、それでももやもやは消えない。
「ご主人様」
 そんな凜花の様子に気づいたレオンが、すぐに声をかけてくる。早く財閥総帥としての自分に戻れ、と。その声にはっとして、凜花はすぐにレオンが持っていた資料を受け取った。ボーっとしている暇はない。自分は今、コスモス財閥の人間として動いているのだ。
 とは言え、一度見てしまったものを別の何かで塗りつぶすには時間がかかる。目はちゃんと資料の文字を追っているのだが、内容がいまいち頭の中に入ってこない。しっかりしろ、と心の中で発破をかけるが、それでも内容を理解するのには時間がかかりそうだ。凜花はため息を付く。
 無理して文字を追うのは一旦諦める。凜花は目を閉じて、見えない空を仰ぐように身体を逸らす。その仕草を見て、レオンは「お疲れになりましたか?」と再び声をかけてきた。
「ちょっと頭痛くなっただけよ。酔い止めある?」
「ああ、少々お待ちください」
 ごそごそとレオンが車の中を探す音をバックに、去年のホワイトデーの事を頭に思い浮かべる。あの時の才悟は、真剣で……何より不安そうな顔をしていた。自分がわずかながらも濡れていた事を心配に思っている感じだった。不安にさせたのを悪いと思う反面、そこまで思われていた事が嬉しかった。
 そして永遠の契約。才悟と交わした契約はライダーとエージェントとしてのものだけれど、生まれた絆は確かなものだとはっきりと言える。なら、あの光景だけで心が揺らぐのは、彼に対して申し訳ないのではないだろうか。
「ご主人様、酔い止めの薬です。それと目薬も用意しておきました」
「ありがとう」
 目を開けてレオンの方を見ると、彼の手には水の入ったコップと薬、それから目薬があった。凜花は薬を飲んでから、目薬を差す。予想以上に目も疲れていたらしく、じんわりと冷たいものが目の中に広がった。
 ちゃんと目を見開いて、資料を見直す。今度は、ちゃんと内容が頭の中に入ってきた。

 ホワイトデー当日。凜花の家。
 凜花自身が言った通り、去年と同じような物かそれ以上の物が彼女の元に届いてきた。定番のマシュマロやマカロンはもちろん、美味しそうな春のフルーツをふんだんに使ったスイーツ。現在流行り過ぎて予約すら難しいと言われている物まで届いてきたので、去年と同じく凜花は恥ずかしさやら申し訳なさやらで顔を赤くしてしまう。
「いつも思うけど、こんなにたくさんもらっていいのかしら」
「ならいつも言わせてもらいますが、こんなにたくさんもらって当然のことをしているんです」
 レオンの返しに凜花の顔が苦笑いへと変わる。自分はそれほど大した事をしたつもりはないのだが、それらが積もり積もった結果がこのプレゼントの山なのだろう。それでも疑問に思ってしまうのは、一種の悪い癖だと思うが。そんな事を思っていると、入り口に繋がるチャイムが鳴った。慌てて玄関に行くと、そこには魅上才悟の姿があった。
「魅上くん?」
『皇凜花。オレだ。家に入りたいんだが』
 才悟にねだられて、慌ててオートロックを解除する。しばらくすると、才悟が手に荷物を持って中に入ってきた。グレーの紙袋に入ったそれからは、甘い香りが漂ってくる。
「魅上さま、それはもしかしてホワイトデーのプレゼントですか?」
 レオンが問うと、才悟はこくりと頷いて袋からそれ……チョコチップケーキを取り出す。去年と全く同じ物だが、味は更に美味しくなっているであろうことは予測できた。ありがとう、と笑って受け取ると、才悟の目が少しだけ丸くなった。
「……気にしてないのか?」
「何が?」
「昨日の事だ」
「……ああ!」
 才悟に言われて昨日見た光景を思い出す。無理やりプレゼントを押し付けられていたような、あの光景。
 しかしこっちとしては言われてようやく思い出したもので、才悟が気にするほどではない。そう話すと、彼はますます目を丸くした。
「キミは……成長したんだな」
「そう?」
 言われてもいまいち解らない。だが、あの光景を見ても不安などのもやもやを引きずらなかったのは事実だ。それを成長したと言うのだろうか。凜花は首を傾げた。
「オレも負けていられない。ちゃんと成長しなくては」
 才悟の方は一人で盛り上がっている。何を成長するんだろうと思いつつも、才悟がやる気を出しているならそれはそれでいいかと凜花はほんのりと笑うのだった。

 当然だが。
 才悟のケーキはとても美味しかった。
「今年は味も覚えておかなくちゃね」
「何故?」
「さあ何故でしょう」