ボクらの太陽 Another・Children・Encounter15「迷い子」

 かえりたい、もとのからだに。
 かえれない、もとのからだに。

 かりそめの身体にかりそめの魂。
 自分全てが、幻そのもの。

 それなら
 この胸の中にある掴めない物は何なのだろう。

 

 

 

「何者だ、貴様!」
 当然のことながら、一番最初に突っかかったのはおてんこさまだった。
 エフェスはその怒声に一旦はおてんこさまの方を見たが、すぐに視線をシャレルの方に移す。……というより、シャレル以外眼中になかったようだ。
 どこか愁いを帯びたその目に、シャレルは一瞬眩暈を感じた。
 ――彼の目は、誰かに似ている。
「君は、誰?」
 改めて口に出して問う。答えが返って来るかどうかは解らなかったが、エフェスは一度鎌を下げて口を開いた。

「エフェスは、『迷い子』。エフェスはかりそめの子」

 その言葉にシャレルとおてんこさまは、つい顔を見合わせてしまう。
「まよいご……?」
「かりそめの子だと?」
 とりあえず名前はわかったが、新しい謎が二つ出来てしまった。彼の言う『迷い子』と『かりそめの子』というのはどういう意味か。そして、何故そう名乗っているのか。
 だがそれを問う余裕はないようだ。エフェスは下げていた鎌を上げなおし、こっちの方に向けてくる。シャレルも鞘に収めていた剣を抜き、彼からの攻撃に備えた。
 先に動いたのはエフェスだった。
「エフェスから!」
 その一言をきっかけに、エフェスは鎌を大きく振り回す。意外と単純な攻撃だが、その威力は並大抵のものではなさそうだ。
 斬られたらかなわないので、当然シャレルは避ける。そのついでにカウンター的に攻撃を当てると、見事に決まった。
 戦うのは初めてなのか、エフェスは面食らった顔をしている。チャンスなので、そのまま第二攻撃に移ろうとするが、それより先にエフェスが動いた。
 くるり、と鎌を回転させて反射した日の光で、シャレルの目を一瞬だけくらませる。次の瞬間、ざっと草花が散る音と共にエフェスが飛んだ。
 ほとんどカンで後ろへ飛ぶと、ついさっきまで立っていた場所に鎌が突き刺さる。急いで頭を振って視力を回復させると、彼のいる辺りを剣で薙いだ。
「わっ」
 驚きの声は上げるものの、エフェスはあっさり篭手でそれを受け止める。どうも戦いながら、急速的に戦闘のコツを飲み込んでいるらしい。
 こういうタイプは一番厄介だ。早めにカタをつけないと、後々手ごわくなってしまう。
 シャレルは地を蹴って攻め手を増やしていく。ガン・デル・ソルは距離が近すぎて、逆にこっちもダメージを食らうので、剣を振り回してただひたすらに押していった。
 ただ、エフェスの方も鎌を振り回してそれに応戦してきた。攻めるだけでなく受け流す方法も覚えてきたらしく、攻撃を食らう回数も減ってきている。
 こっちの攻撃の隙をついて、エフェスが後ろに下がった。シャレルは剣を投げ捨てる勢いでしまい、ガン・デル・ソルを抜こうとするが。
「こうかな?」
 くるくると鎌を回転させ、それから生まれた波動がシャレルを襲う。鎌は赤系なのに、何故か紫が混じった青い炎で、どことなく人魂を思い出させる。
 ガン・デル・ソルで全部弾き飛ばすが、間髪入れずにエフェスが追撃してきた。鎌を大きく振り回す単純なモノだが、攻撃を避けきったと思ったこっちにとっては、そういう攻撃の方が避けづらい。
 今度はこっちが後ろに下がって攻撃を避ける。ついでにガン・デル・ソルを撃つが、それはあっさりとかわされた。
 そして戦いは、こう着状態に陥る。シャレルはエフェスの「成長」ぶりを考えてウカツに手を出せなくなったし、エフェスはこっちが攻撃してこないから何をしていいのか解らないのだ。
 しばしにらみ合いが続いたが、最初に動いたのはエフェスだった。――ただし、予想していたのとは全く違った形で。

「……う……」

 か細い声を出したかと思うと、急に自分で自分の体を抱きしめるようにうずくまる。心なしか、青ざめた肌がますます青白く見える。
 最初は演技かと思ったが、それにしては苦しみ方が尋常ではない。本当に何かに苦しんでいるようだった。
 シャレルは恐る恐る近づいてみて、ふと首をかしげた。彼の波動は、イモータルのものとは少し違っている。
 一言で何とは言えないが、闇の波動にしては異質すぎる。イモータル以上に深い波動なのだが、何故かそれが欠片のように思えるのだ。
 エフェスは確かにそこにいるのに、その波動は、彼はエフェスではないと語っている。
(偽者……?)
 ふとそんな考えがよぎったが、それにしてはフェイクのようには見えない。大体、何の偽者だというのだろうか。
「…ダメ、エフェスはまだ帰れない。まだ帰りたくない……」
 エフェスは鎌を支えに、ゆらりと立ち上がる。一度シャレルの方を見たが、何も言わずにその場から去ろうとする。
「ちょっと待って!」
 さすがに何の情報もなしに帰らせるわけにはいかないので、慌てて引き止めるが、こっちの制止を聞くことなくエフェスは消えた。
 幻のような存在だったが、彼は現実にここにいて、自分と戦ったという証拠がそこらの地面に残っていた。
「何者なのだ? あいつは……」
 おてんこさまの問いに答えられる者は、いない。

 長い夜を越えると、朝が来る。
 いつ帰ってきたのかは忘れてしまったが、ジャンゴは自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。カーテンから漏れる光で、まだ早朝に近い時間だと悟る。
 もう一度寝る気はないので、ゆっくりと起き上がった。適当に着替えて、部屋の外に出る。
「兄さんは、っと……」
 何となく気になったので、隣の兄の部屋を覗き込む。
 兄は、帰っていなかった。
「大丈夫なのかな」
 自分と同じく、兄も未来の娘とリンクしたはず。その混乱で、どこかに行ってしまったのだろうか。
「……まあ、もう大丈夫なんだろうけど」
 一息ついて、そう繋げた。ヴァナルガンド事件の後は不安定だったが、最近の兄は精神も力も安定している。もう兄を狙う者はいないだろう。
 さて、今日は何をしようか。さし当たって、今日は何の依頼も受けていないし、どこかに出かける予定もない。のんびりと休む事もできるが、昨日のことを考えるとそんなのんびりとは出来ない。
「とりあえず、リタの顔を見に行こうか」
 つい思いついたことを口に出す。
 最近のこともあって、彼女はすっかり参っていた。病気やショックで倒れられても困るので、毎日顔を出しておこうと思ったのだ。
 そうと決まれば善(?)は急げ。適当に朝ごはんを作ると、ジャンゴはそれを平らげて外に出た。
 早朝の空気が、冴え冴えとしていて気持ちいい。思いっきり吸い込むと、冷たいながらも心地よい空気が、喉全体を潤した。
 一つ伸びをしてから、ジャンゴは気楽な足取りで道具屋に向う。シャレルとのリンクを繋ぐことも出来るのだが、こんな早朝には彼女は起きていないだろう。太陽仔と言えど、全員が朝に強いというわけではない。
 道具屋の手前に着たが、どうもリタは店の中にはいないようだ。太陽の果実を収穫しに、太陽樹に行っているのかもしれない。
 普通ならそう納得して次はどこに行こうかと考える所だが、最近のリタの調子を考えると一度顔を見ないと安心できない。自然と、ジャンゴの足は太陽樹の方に向っていた。
 一応いつも通り、リタは太陽樹の元で果実を収穫していた。見た目はいつもと変わらない。
「あら、ジャンゴさま」
 昨日倒れたこともあってか、リタはこっちを見た瞬間顔を赤くした。別に本当に体調を崩したわけではないのだから、そのことで責める気はないのだが。
 ジャンゴは太陽樹に触れてみた。
 この樹は、長い時を超えて生き続ける数少ない生命体だ。だから未来の太陽樹と繋がり、自分と娘を『会わせる』事ができた。
 逆に言えば、そこまでしないといけなくなったとも言う。自分たちの生きる時代だけでなく、その先の未来にまで関わる事が、これから起きようとしているのかもしれない。
(リタが不安がるのも無理はないよな)
 彼女は優しい性格だ。知っている誰かが傷つけば、同じくらいに傷ついてしまう。人を心配するあまり、自分の体をぼろぼろにしてしまう。
 不安を常に笑顔と信念で隠している少女なのだ。
「元気そうだね」
 当たり障りのない言葉で、軽く挨拶をする。
 リタはその挨拶に苦笑しながら、かごの中から太陽の果実を一つ差し出してきた。
「食べます?」
 申し出はありがたいが、ついさっき朝ごはんを食べてきたのでお腹は空いていない。手を振ってそれを断ると、リタは苦笑したままそれをしまった。
 ふと、リタの視線が自分から離れた。視線の先を見てみると、雲ひとつない晴天が広がっている。今日はいい天気になりそうだ。

 だが、何故か微妙に引っかかる気がする。この晴天と平和が、次の瞬間にはあっさりと崩れ去りそうで。

 昨日の件が頭にこびりついて不安がっているのは、どうも自分も同じようだ。確かに、急にヨルムンガンドの事を思い出したり、娘との連絡が取れなかったりと不安材料はたくさんある。
 あの時は結局「反応する余裕がないんだろうな」と思ってそのままにしてしまったが、今冷静になって考えてみると、それはつまりピンチになっているということではないだろうか。
 前向きなのはいいが、楽天的になりすぎるのもよくない。特に今のような状況下では、慎重になってなりすぎということはないのだ。
 とは言え、リタにヨルムンガンド復活の可能性を話したら、また倒れる可能性がある。しばらくは胸のうちに秘めて誰にも話さないでおいた方がよさそうだ。
「あのさ、今日ちょっと出かけるから、新鮮な実を用意してくれないかな?」
 そう言うと、リタはカゴから適当にいくつかを出してくれた。体力回復の効果のある大地の実や、精神力回復の太陽の実などが計六個。
 どれも採れたてだから新鮮そのもので、かなり美味しそうだ。ジャンゴはそれを受け取り、リタに軽く挨拶してから家に戻った。
 まだ兄は帰っていない。ジャンゴは手早く準備し、兄が帰ってきた時のことを考えて簡単な書置きを残してから、また家を出た。