ボクらの太陽 Another・Children・Encounter16「ターゲッティング」

 貴女を最初に見たとき、感じたのは強い光だった。
 強烈な光は視力を奪うというが、それでも自分は目を離すことができなかった。
 太陽は、自分にとっては忌むべきモノのはずなのに。
 自分にとって、彼女はまぎれもなく太陽そのものの筈なのに。
 何故、目をひきつけて離さないのか。何故、ここまで強く印象に残るのか。

 自分は、それを知りたい。
 そして手に入れたい。

 ――例えどのような手段を用いても。

 

 シャレルたちより先にサン・ミゲルに帰ってきたレビは、真っ先に太陽樹の所に行ってみた。
 さすがに危害を加える事が出来なかったのか、奇跡的に樹は折れずに同じ姿を保っている。その事にほっとしながら、レビは樹に手を当てた。
 イストラカンの太陽樹と同じように、過去と今を繋ぐためにエナジーをかなり消耗している。暗黒の根などがないので補給は出来るのだが、それでも焼け石に水程度なのだろう。
 大地の巫女か、その代行人がいれば何とかなるかもしれないが、あの時サン・ミゲルに正式な大地の巫女はいなかった。代わりにやっていたフートも、今はいない。
 完全に枯れ果てる前に事件が解決すればいいが。
 同盟を結んだイモータルは、まだ三人も残っている。彼らのたくらみも分からないし、彼らが探している物もわからない。つまり、まだ戦いは始まったばかりなのだ。
 だからレビはサン・ミゲルに帰ってきた。ここで何か情報がつかめるかもしれない、という望みをかけて。
「さて、これからどこに行くべきか…」
 ここは原種の欠片――ヨルムンガンドを封じた街でもある。イモータルがここを狙ったのは、間違いなく自分たちの殲滅と原種の欠片の復活だろう。
 となると、最初に行くべきは大聖堂などの封印の場所か。
 父から聞いた程度だが、封印場所は四つあるらしい。それぞれ東西南北に一つずつで、合わせてイモータルも一人ずつ封印されていたらしい。
 そのイモータルたちは全て叔父であるジャンゴが浄化したというので、イモータルの心配はないだろう。まあ、油断は禁物だが。
 どこから行ってもいいのだが、まずは最初に思いついた大聖堂から行ってみる事にした。ここはかつて「白きドゥネイル」という空のイモータルが封印されていたはず。
 ドゥネイルだけでなく、過去に浄化されたイモータルはほとんど記録に残っていない。レビも父からちょっと聞いた程度で、ここにいたいモータルがどのような者かは全然知らなかった。
 大聖堂は廃れていて、もうあちこちがぼろぼろになっている。父が子供だった頃から廃墟と化していたらしく、今は歩くのも少し危険である。
 それでもいざとなれば転移して逃げればいいので、レビの足取りは普段と変わっていない。長いスカートに足を引っ掛けることなく、すいすいとガレキの上を歩いていった。
 仕掛けは元通りになっていたが、ヒントのおかげでさっさと水晶球を集めて、地下への階段を出す。アンデッドがいなくなっていたのも幸いだった。
 ――だからかもしれない。地下の広間で、ドゥネイルをコピーした吸血人形に不意打ちを食らってしまったのは。

 

 

 

 エフェスを撃退(?)した後、シャレルとおてんこさまはイストラカンを抜けて近くの街へと行った。
 ここはサン・ミゲルにも近いので、逃げ出した街の仲間がいるのではと思ったのだ。だが、予想は外れてサン・ミゲルの仲間は誰もいなかった。
 ……というより、サン・ミゲルを鬼門扱いしている人が多かったのだが。
「全く、太陽の街を『悪魔が住まう街』とは」
 広場で休んでいると、おてんこさまがそう愚痴った。意外かも知れないが、おてんこさまは一般人の感性というものをあまり知らない。あくまで特殊な環境に立っている者たちとしか係わり合いがないのだ。
 実は自分の存在があまり知られていないということすら、全く解っていなかったのだ。
「ま、実際にはイモータルが四人も封じられてたんだし、悪魔が住んでいたってのはあながち嘘じゃないよ」
 チョコアイスにかぶりつきながら、シャレルがまあまあとなだめる。おてんこさまが来るまでずっとヴァンパイアハンターとして一人で頑張っていた彼女は、ある程度人々の反応には慣れていた。
 褒められる職業じゃないぞ、と父からは何度も言われていた。武勇伝はあくまで一部の人間が知るだけで、世界中の人間が知っているというわけではないのだ。
 それでもこの職業を選んだのは、自分の力が一番活かせる職業だと知っていたからだ。ヴァンパイアやイモータルを滅ぼせる力があるのなら、自分がそのヴァンパイアハンターになった方がいい。
「それより、この辺りにイモータルの動きはないのかな」
 そう聞くと、おてんこさまはうーんと唸った。太陽勘はセンサーとは違うようで、百発百中とは行かないようだ。
 チョコアイスを食べきると、シャレルはここから出てどこに行こうかと考え始める。と。

「……ん? シャレルじゃないのか?」

 広場でアイス屋からオレンジアイスを買っていた少年が、シャレルを見て近づいてきた。
 黒と緑のメッシュの髪が特徴的な、小さな少年だ。無論シャレルは見覚えがある。
「リッキー!」
「やっぱりシャレルか! どこを歩いているかと思えば、このような場所で会えるとは全くの僥倖!」
「こっちもそう思ってたところだよ!」
 顔見知り同士のシャレルとリッキーは和やかに話が進むのだが、蚊帳の外のおてんこさまは首を傾げる一方だ。リッキーの方もおてんこさまを知らないのか、彼を見て首をかしげている。
 二人の視線でようやく相手のことを知らないことに気づいたシャレルは、簡単に紹介する。
「おてんこさま、この子は『精霊ッ子』のリッキーで狐だよ。で、リッキー、こっちが太陽の精霊のおてんこさま」
「いや、さっぱりわからんぞ!」
「狐とはわかりにくい説明をするでない!!」
 シャレルの適当な説明に、二人からツッコミが飛んできた。こっちにしてみればかなりポイントを掴んだ説明だと思ったのだが、どうやら二人にはさっぱりだったようだ。
 うーんと少し唸ってから、「…リッキーたち自己紹介して」と役目を放棄してしまう。これ以上簡潔かつ分かりやすく説明など、シャレルの頭では無理だ。
 リッキーとおてんこさまは顔を見合わせたが、シャレルにやる気がないので一つため息をついてから、互いに自己紹介し始める。
「…まあ、先ほどシャレルが言った様に、私が太陽の精霊のおてんこだ」
「そうか…。理樹は…その……、九尾の狐だ。仙術でこうして人間の姿を保っておるがな」
 リッキーの自己紹介におてんこさまの眼が丸くなった。
 無理もない。狐の一族は人間やイモータルなどに協力することのない、精霊に近い一族なのだ。おてんこさまも存在を知っている程度で、実物を見た事はなかったのだろう。
 シャレルもこの事件が本格的なものになる前まで、狐の一族がいるということすら知らなかったし、リッキー本人もこの事件がなければシャレルたちと知り合うことはなかった。
 それだけこの事件は、今までのどの事件よりも大きくなる可能性があるということだ。
 リッキーはオレンジアイスを一口食べてから、透かし見るようにおてんこさまを眺める。原色に近いオレンジアイスは、何となくだがおてんこさまに似てなくもない。
「……太陽の精霊、か」
「どうしたのさ」
 意味深な言葉に、とうとうシャレルが焦れた。勝手にオレンジアイスに食いつくと、リッキーが恨みがましそうな顔を向けてくるが、何も教えてこない彼にも非があるということで無視した。
 自分のアイスを食べられたリッキーは膨れっ面のままだったが、「原種の欠片に異変が起きておる」とだけ告げる。
「原種の欠片は理樹たち狐や、精霊たちの父でもある。その精霊が騒ぎ、狐たちがざわめいておるのは、父なる原種の欠片に異変が起きているということ」
「……ヴァナルガンドの封印が溶けるというのか?」
 おてんこさまが真剣な顔で空――月を見る。確かに、封印が一番不安定なのは月にいる破壊の獣だろう。だが理樹は残りのアイスを全部食べきると、残ったコーンをサン・ミゲルの方に向けた。
 シャレルは首を傾げるが、おてんこさまには心当たりがあった。
「……ヨルムンガンドが? バカな!」
「二つの獣に異変が起きている。共鳴か、それとも異常反応かは知らぬが、少なくとも理樹らにとってはいい傾向になることはあるまい」
 サン・ミゲルの方を向いて、シャレルはふぅとため息をついた。
 自分たちより先に帰っているはずの姉は、大丈夫だろうか。
「ああ、それから」
 ぼーっと考え事をしていると、リッキーが思い出したように呟く。
「最近ここらで、女子の失踪事件が大量に起こっておるようだな? これも何かの暗示なのかは知らぬが」
 気にしすぎでは、と一瞬思ったが、大量というところが少し引っかかった。
 イモータルの狙いが何なのかはわからないが、それだけ女性を集める事に何か意味がある。少し調べてみてもいいかもしれない。
「いい情報ありがとう。ところでリッキーはどうするのさ?」
 シャレルの問いに、リッキーはふむと顎をなでた。年老いた老人なら似合うかもしれないが、リッキーの見た目はシャレルより幼いので、どうも愛嬌しかなかったりする。
 当然苦笑は隠して真剣な顔をそっちに向けると、リッキーは「理樹はまだ残る」とだけ言った。
 理由は話してくれそうにないので、シャレル達も残るとだけ告げて、この場は別れた。

 気がつくと、今度は見知らぬ街の路地裏だった。
 もう何故ここにいるのかなんて考えない。考えた所で明確な答えは出てこないし、思いつく予想はすべて悪い事ばかりだ。
 空を仰ぐと、どうやら真昼らしく雲ひとつない晴天がフートを祝福した。
「…嬉しくない」
 青い空でも、太陽が見えない。それは逆に不安を煽ってしまう。
 日傘がないとダメージを食らってしまうのだが、今はダメージを食らってもいいから太陽が見たかった。眩しい光で、不安を祓ってほしかった。
 だが建物が太陽を遮り、真昼であってもここは日が差さない。まるで、今の自分の周りには誰もいないと主張するかのようだ。
「みんな、無事なのか」
 ぼそりと思ったことを口に出しながら、表通りに出そうな道を歩く。とにかく人のいる場所に出れば、ここがどこかはわかるはずだ。
 前みたいに歩けても進めないという状況にはならず、フートの足はきちんと先へ進んでいる。その事にほっとしながら、慎重に歩く。
 表に出れば、少しは事態が好転すると思っていたのだが。
「……いない?」
 道には、誰もいなかった。――否。
「ただいま」

 赤い鎧の少年――エフェスがいた。