ボクらの太陽 Another・Children・Encounter14「ロスト・エッセンス」

 メナソルは浄化された。
 復活した死の都は、彼の消滅によってまた無害な物へと戻っていく。太陽樹があのままなのが少しだけ気がかりだが、今すぐに対策を立てなくてはいけないものではない。
 シャレルはレビと合流して、今後の事を話し合うことにした。

 

 リンクのことを話すと、リタは目を丸くした。
「未来の娘…ですか!?」
「うん。どういう未来なのかは全然わからないけど、少なくとも今、僕の精神は未来で生きてる僕の娘と同調している。
 多分太陽樹が言っていた「太陽の子と娘の意識を接続する」というのは、このことを指してたんだろうね」
 そう説明すると、リタの顔が少しだけうつむく。なぜかは解らないが、このリンク状態をあまりよく思っていないのかもしれない。
 少しは元気になるかもと思って話したことだが、逆効果だったかも、とジャンゴは反省した。
「ごめん、余計な心配させたかな」
「いいえ」
 寝ていたリタはゆっくりと身体を起こす。大分ショック状態から立ち直ったらしく、その動きはさっきに比べて大分滑らかになっていた。
 そのままベッドを出ようとしたので、さすがにそれは押し止める。仕事中に倒れられたら叶わないからだ。
「まだ寝てないと」
 注意すると、うっすらとだが笑顔を見せてくれた。何となく久しぶりに見たような気がして、ジャンゴはこっそり安堵の息をついた。

 絶対に無理はするな、と言い聞かせて、ジャンゴは道具屋を出た。
 太陽樹の方に戻ってみたが、サバタはもうそこにはいなかった。家に帰ったのか、ふらりとどこかにでたのか。それは解らない。
 まあ兄の事だ。適当にどこかぶらついても、すぐに帰って来るだろう。ヴァナルガンドの一件があってからは、しばらく常に付き添っていたが、今は昔のように自由にさせていた。
 サバタは束縛を嫌う。そして自分も束縛するのは好きではない。魂の平穏というのは、傍にあってこそ得られる物ではなく、自分たちが安心する距離であってこそ得られるものだ。
 べたべたと引っ付くのは好きではない。引っ付かないと安心できないのなら、それは兄弟ではない偽りの絆のだろう。
(シャレルとレビも、そういう関係だといいけど)
 そんなことをぼんやりと考えていると、知らないうちに足は家ではなく螺旋の塔周辺へと向っていた。
 兄と協力して最上階を目指した塔。そして父と、その父に取り付く影と戦った塔。
 悲しい事もたくさんあったが、今は昔の事として思い出せる。それほど長い時が経ったという訳ではないのに、何故かもう昔の事のように思えた。
 それだけ、ダーインと戦った後のことが忙しく、また波乱万丈だったという事だ。ジャンゴはそう考えをまとめて、元来た道を戻ろうとするが。

 何故か、足が動かなかった。

「……?」
 戒めの槍としての機能を発揮しているはずの塔が、何故か不安定に感じる。
 あの塔に、誰かがいるような気がしてならない。
「何だろう…」
 思わず胸に手を当てて考えてみるが、今のところ何か引っかかる物はない。そう、「今」は……。
「……まさか」
 冷や汗が、一筋流れた。
 確かに「今」は安全な塔。だが、未来では?
 シャレルはサン・ミゲルは襲撃されて、今は無人だと語った。という事は、その気になれば戒めの槍を引き抜き、ヨルムンガンドを復活させるのもたやすいということではないか?
 強固な封印も、時の流れでどんどん弱まっていくモノだ。人間ならともかく、長き時を生きるイモータルがそれに目をつけないわけがない。
 あの時自分は、友の力を借りてようやく封印を閉めなおすことに成功した。だが無人のサン・ミゲルにシャレルの友はいない。
 もし仮にヨルムンガンドと戦うことになれば、シャレルは自分と違って本当に一人きりなのだ。
「ど、どうすればいいんだ……?」
 自分一人ではヨルムンガンドの封印を強める方法を知らない。かと言って、誰かに話せば変な騒ぎになる事は確実だ。
 リタに話すことすらためらったのだ。もうこれ以上、誰かに話すことはできない。螺旋の塔に行く道自体封印がかけられている以上、塔に行って確認することも出来ないのだ。
(シャレルとリンクするか……)
 おてんこさまがそっちにいるので、何か助言が仰げるかもしれない。ジャンゴは目を閉じて、意識を集中させた。

 ジャンゴが未来での可能性を案じている時、サバタはまだ暗黒城の玉座の間にいた。
 レビとはしばらくリンクしていたが、シャレルが何か用事があるとのことであちら側から断ち切られた。結局、自分の心の中にある問いは、消えないままだ。
(何を不安がっているんだろう)
 自分自身に、何回目か解らない問いを投げかけてみる。人形に戻る事が不安なのか、未来の事が不安なのか。それすらもよく解らない。
 元々不安という物は、解らないからこそ生まれる。だから答えを探そうと必死になるのだ。
 深く考えても埒が明かない。とりあえずサバタは家に戻る事にした。暗黒転移を使えばすぐだな、と思いながら手を掲げた。その時。

 ――ふふふ……

「!?」
 かすかに聞こえた含み笑いに、つい後ろを振り向いてしまう。
「……気のせいか?」
 どうもここにいると、ロクなことを思い出さない。ぼりぼりと頭をかきながら家に帰った。本来ならもっと詳しく調べるのだが、そんな気にはなれなかった。
 ある意味、それは正解だった。あのまま残っていればラタトスクの残留思念に取り付かれて、またヴァナルガンドの元に『帰る』ところだったのだから。
 それはさておき。
 家に帰ったが、ジャンゴはまだ帰っていなかった。まだそこいらをうろついているのだろうと思い、ソファに座ろうとするが、何故か急に父の墓に行きたくなってしまった。
 虫の知らせというヤツかもしれない。サバタは素直にそのカンに従うことに決めた。
 あの事件の後、ジャンゴと二人でサン・ミゲルが見える丘に母と共に弔った。遺体のない墓だが、暇さえあれば誰かが花を手向けに行っている。
 花を持っていくのが礼儀だろうが、適当な花が見つからなかったので手ぶらで行く。近いので暗黒転移を使わずに、自分の足で行くことにした。
 墓はサバタの予想を裏切り――つまりいつもと変わらず――、荒らされてはいない。誰が持ってきたのか分からない花束が、さりげなく手向けられている。
 目立った損傷とかがないのにほっとする反面、なら何故不安になったのだろうと思った。
 ただの取り越し苦労なのかもしれないが、それにしてはまだ心の底にこびりついた何かは消えない。少なくとも、見た目ではわからないが、何かが起こった。そう思った。
 墓を荒らすわけには行かないので、代わりに辺りを調べる。周りから裏まで、とにかく徹底的に。
「変わったところはない…ん?」
 何となしに触れた手から、妙な違和感があった。
 かすかに残る残香が、消えている。
 太陽と月の集大成たる父と母だからか、その力はかすかながらも残留している。一般人にはわからないだろうが、月下美人を継承したサバタなら感じ取ることが出来るのだ。
 それが今はない。間違いなく、何かがあったという証拠だ。
 一体何が起ころうとしているのかは分からない。とりあえずジャンゴと相談することにして、もう少し調べてみることにした。

「じゃあ、姉様はサン・ミゲルに帰るの?」
「ああ、イストラカンはもう用無しだ。もう少し調べ物はするが、お前より先に帰ることになるだろうな」
「ふーん」
 何となく髪の先をいじりながら、シャレルは適当に相槌を打つ。
「シャレル、我々は戻らないのか?」
 おてんこさまが考えるポーズをとりながら、こっちに聞いてきた。その問いにうーんとうなりながらも、「姉様の後にね」とだけ答える。
 帰りたくないというわけではなく、まだあちこち行って見たいだけなのだ。
 イモータルの被害は一箇所だけではない。全世界で、アンデッドやヴァンパイアの被害は増大しているのだ。自分一人でどうにか出来る問題ではないが、出来る限りの事はやりたい。
 それにサン・ミゲルを離れることで、逆に仲間の情報を得られるかもしれない。むしろそっちの方が、可能性があるだろう。
 行く先は決めてないが、まあ歩く先に何かはある。今は、まだ戻らない方がいいと思った。おてんこさまは納得がいかないようだったが、反対意見を言わないあたり表立っての文句はないようだ。
 と、言うことで。
 シャレルは暗黒城の真下でレビと別れ、適当な道なき道を歩き出した。
「行く当てなしの旅とは…」
 反対しなかったくせに、おてんこさまは道中ぶつぶつと文句を言ってくる。結構自分勝手だなぁ、と思いながら歩いていると。

 ……つけた――

「え?」
 かすかに聞こえた声に、足を止めた。
「何だ!?」
 おてんこさまもその声を聞いたらしく、文句を一旦やめて辺りを見回す。
 何もない空間。だが、何かが来る空間。そんな空間の中で、シャレルは愛用と呼べるようになってきたガン・デル・ソルを抜いた。
 待つこと数分で、相手からのアクションがあった。
 ひゅん、と風を切る音が鳴ったかと思うと、こっちめがけて鋭い何かが飛んでくる。間一髪でそれを避け、攻撃が飛んできた方向に向かって、一発撃った。
 手ごたえはないので、どうやらかわしたらしい。それでも攻撃を続けようと、もう一発撃とうとするが。

「ようやく、見つけた…」

 声がしたかと思うと、相手はシャレルの目の前にいきなり転移してきた。
 赤と青のメッシュの髪に、赤い服、赤いショルダーガード。そしてその手には、鋭そうな鎌を持った少年。

 ――誰かに似た赤い鎧の少年。

 シャレルの無言の問いに、エフェスはにっこりと笑った。