クリスタルリング、ゴールデン・ヘッド・クォーター(G・H・Q)。
そこに向かった法皇は、ここの将軍であるマルコキアスの元にすぐに呼ばれた。
「一体何があったのですか」
彼の質問に、天界の将軍は苦い顔で答えた。
「エタニティパレスが半壊し、エンジェルチルドレンが逃亡した」
エタニティパレスの異常は、コスモスシティを出ようとしていたサバタたちにもはっきりと分かった。
エンジェルチルドレンであるナガヒサと嵩治がすぐに、その異常の原因を察知する。
「アルニカさん……!」
「何ですって!?」
ナガヒサが漏らした言葉に、リタが過敏に反応した。胸倉を引っつかんで問い詰めたい衝動を何とか抑え、リタは落ち着いた声でもう一度「どういうことなんですか?」と聞いた。
リタの視線に少しだけひるんだナガヒサに代わり、嵩治が簡単に説明する。
「彼女がエタニティパレスを破壊している。あの中で何が起きてるかは想像がつかないけど、おそらくジャンゴ君に何かあって、それで彼女が怒ったんじゃないか?
怒りで自分の力が制御できなくなって、それで周りに被害が出始めたんだ」
その時、エタニティパレスから、強い光が流星のごとく駆けていった。
「! あれは!?」
サバタが光を視線で追いかけるが、すぐに光は下へと消えた。
ほぼ同時にピリリリリ、と嵩治のデビホンが鳴る。すぐに通話状態にして耳に当てた。
「はい、もしもし」
『嵩治君か? 私だ』
相手は法皇だった。G・H・Qの通信機能を使って電話をかけてきたのだ。嵩治はエタニティパレスの異常を伝えようとするが。
『エタニティパレスからエンジェルチルドレンが逃走した。君やナガヒサ君とは違う、第三のエンジェルチルドレンだ』
「アルニカが!?」
嵩治の言葉に全員が反応した。何とか会話を聞き取ろうと耳を側立てる。法皇も全員が聞いているのが分かったらしく、少し声を大きくした。
『名前は知らんが、波動は確かにエンジェルチルドレンのものだ。あと大天使の波動が二つ。
……それから、天使とデビルのものに近い波動も一つ感知した』
「ジャンゴ君か!」
「あの、その波動はどこに行ったか分かりませんか!?」
リタが通話相手である法皇に聞こえるよう声を張り上げる。しばらくG・H・Qの喧騒が聞こえてきたが、やがて返事が返ってきた。
『グラスフィールドの、祈りの塔だ!』
*
祈りの塔は、普段法皇がいる場所だ。彼はここで祈りを捧げながら、グラスフィールドを統治している。
だが今、法皇はサバタたちと共に行動していたため、祈りの塔は数人の僧侶のみがいるだけだった。
アルニカたちはその僧侶達を全員追い出し、そこに陣取った。エタニティパレスは半壊したし、あそこに戻る気などもうなかった。
「う、ううん……」
ジャンゴはようやく意識を取り戻した。
「ジャンゴ、気がついた?」
優しいアルニカの声が振ってくる。ああ、もう朝なのかと思いながら身体を起こした。
身体を起こすついでに目を開くと、自分の状況が分からず混乱してしまった。
「え!? 何ここ!? それにアルニカ、その格好一体何!?」
あたふたと辺りを見回して確認しても、現状は変わらない。自分は全く見知らぬ場所にいて、隣にいるアルニカは姿が変わっていた。
混乱のあまりぱたぱたと自分の体をはたくジャンゴを見て、さすがに説明しないと駄目だと思ったのだろう。アルニカが一つ一つ説明し始めた。
エンジェルチルドレンとしての最終覚醒。それに付け込んで、自分たちを操ろうとした大天使ラグエル。
覚醒したことによるエタニティパレスの崩壊。その崩壊に巻き込まれたジャンゴを案じ、自分たちはここ、祈りの塔へとやってきたこと。
「……そうか、ラファエルはそのラグエルに仕えていたのか」
太陽都市でとどめをさしそこなったあの大天使。彼がリタではなく自分を狙っていたのは、そのラグエルがメシアを求めていたからだ。
「でも、もうそんなくだらない戦いはおしまい」
「えっ」
どういう意味?と問いかけようとしたが、次の言葉でその質問は引っ込んでしまった。
「だってこれから、私とずっと一緒に暮らすんだもの」
サバタたちはエタニティパレス半壊により揺れるコスモスシティを後にし、グラスフィールドへ飛んだ。
ただ、その中にナガヒサはいない。彼はこの騒ぎの中でミカエルを探すために、コスモスシティに残ることにしたのだ。
ミカエルは必ずエタニティパレスのどこかに監禁されている。そうナガヒサは思ったからだ。嵩治とは違い、実子であるためにすぐに攻撃を受けることはないだろう。
祈りの塔は、実はセント・クラシコより辺境の村であるグリンタウンから行くのが近かったりする。
そのグリンタウンでは、祈りの塔から追い出された僧侶達が集まっていた。サバタたちはその一人を捕まえ、質問の雨を浴びせた。
的にされた僧侶は、最初見知らぬ人物からの質問攻撃に心底嫌そうな顔をしていたが、嵩治やレイが間に立つことでようやく近況を話し始めた。
「我々は全員祈りの塔を出るよう命じられ、最後の一人が塔を出た瞬間に結界が張り巡らされました。
法皇様がおられないこの時、全権を握る者が自動的に上層の天使になる為、大天使のお二方とエンジェルチルドレンの命には逆らえなかったのです。
祈りの塔は普段法皇様が政務をなさる場所ゆえ、それなりの施設は整っております。3~4名ぐらいなら、暮らすのに不自由はないでしょう」
「そのエンジェルチルドレンと大天使以外、誰かいなかったかしら?」
レイが聞くと、僧侶は記憶を掘り出して答えを出す。
「……ああ、影になっていてよく見えませんでしたが、一人倒れている人がいましたね。男の子でした」
――ここで視線がサバタに移る――
「そうそう、その男の子は貴方に格好が似ていたような気がします」
……どうやらアルニカはジャンゴも連れてきたらしい。まだ彼女の側にいる、と言った彼はここに移ることをあっさり承諾したのだろうか。
話を聞いてリタがそわそわし始めたが、サバタが側につくことで、下手に動かないようにけん制をかける。結界が張られてある以上、確固とした力を持たない彼女が行ってもどうにもならない。
「結界はどういう属性のものなんだ?」
今度の質問は嵩治だ。結界を破らない限り、ジャンゴを取り戻すどころか中に入ることすら不可能なのだ。破るには苦手属性の攻撃を当てるしかない。
僧侶はまた記憶を掘り出す。今度はさっきよりは早く答えが出た。
「あれは日(ソル)属性と木(クラウド)属性のものでした。複合属性の結界は高度なものなのですが、大天使なら可能でしょう」
という事は、月(ダーク、またはルナ)属性と金、それかアース(土)属性の攻撃で結界は破れるということだ。対策は見つかった。
後はもう聞く事はない。質問に答えてくれた僧侶に礼を言い(ついで心ばかりの「お礼」も手渡して)、サバタたちは塔へ行くための準備を始めた。
月(ダーク、またはルナ)属性はサバタのガン・デル・ヘルがある。金属性は嵩治の仲魔にハクリュウやワルキューレがいる。
だが彼らに任せきるのは危険なため、属性攻撃が出来るアイテムを買い込んだ。大天使やアルニカ本人と戦うことも考えて、月(ダーク、またはルナ)属性のアイテムは特に大量に。
「大地の実や魔法薬は?」
サバタが聞くと、リタはばっちりと言わんばかりにサムズアップをした。傷薬はともかく、チャクラドリンクではサバタのエネルギーは回復しにくいからだ。
念入りな準備をしてから、サバタたちはグリンタウンを後にした。
祈りの塔。
ジャンゴが側にいるということですっかり安心しきったのだろう。アルニカはベッドでぐっすりと眠っていた。
頭の代わりにそこから生えている翼をなでてやりがら、ジャンゴは一人物思いにふけっていた。
――だってこれから、私とずっと一緒に暮らすんだもの。
頭の中でその言葉が大きくのしかかっていた。
地上で守ると約束したのがもう大分前のように思える。それだけ色々な事が起こっていたし、アルニカが大きく変わっていた。
どこか頼りなさそうな風貌の少女が、外見と共に強い意志を秘めた少女へと。だが、彼女がそこまで変化したことが、何故か恐ろしいと思った。
「僕は、どうするべきなのかな」
手触りのいい翼をなでていると、アルニカが目を覚ました。
「ん……、なあにジャンゴ?」
「……もう少し寝てていいよ」
静かなまなざしを向けると、安心したようにまた眠りにつく。ジャンゴは翼をなでるのはやめ、部屋の外に出た。
アルニカの仲魔であるメタトロンとガブリエルが、直立不動の姿勢で扉の前にいた。ジャンゴが外に出たことを知ると、「外は危険です」とジャンゴを押しとどめる。
「アルニカ様は貴方を必要となされています」
「それはそうかもしれないけど。でも、あの子は僕を助けるために」
「酷いことを、と思ってらっしゃいますか? そのくらい、あのお方は貴方がいないことに耐えられなかったのですよ」
近くで見ていたガブリエル達だからこそ、彼女の焦りや孤独感を知っていた。天使たちへの離反も、彼女の気持ちを察しての行為だった。
ジャンゴだってアルニカの気持ちが分からなくもない。一人でいることが、どのくらい追い詰められることなのかは知っている。
だが、それは彼女のやって来た行為に対する免罪符になりえるのか?
ガブリエル達に押し戻され、部屋に帰ってからもジャンゴはそのことだけを考え続けていた。