SELECT! RESET OR CONTINUE?「魂の器」(独占編 vol.ANGEL)

 

 翌日。
 エタニティパレスの広間に、ガブリエルとメタトロンを引き連れてアルニカが現れた。
 姿は昨夜と同じ、天使に酷似したあの姿である。
 天使たちは昨日までとは全く違った彼女に戸惑い、そして恐怖した。

 

 腕を組み、超然と玉座に座る彼女は、まさに女帝を思わせる風格を漂わせていた。

 彼女の内心に渦巻くモノは、女帝とは遥かに違うものだったが。

 

 

 

「昨日の襲撃者について、何か分かったのか?」
 アルニカの問いに、天使たちは揃って首を振った。使えない奴ら、と彼女は口の中で毒づいた。
「ですが、大方の予想はつきます。おそらく彼らはエンジェルチルドレンが手引きして、ジャンゴさまを奪い返すために攻撃を仕掛けたのでしょう」
 代わりに左隣にいたガブリエルがアルニカに報告する。
「前にいたナガヒサと嵩治とか言う奴らか?」
「ええ。実際に襲撃をかけたのは彼らではなく、地上で暗黒少年と呼ばれる者と大地の巫女と呼ばれる者です。
 ……大地の巫女は、ナガヒサ様の花嫁候補でありましたが」
「裏切り者どもめが」
 アルニカが憎憎しげにつぶやいた。
「これを機会に、魔界の方からも攻撃を仕掛けてくるかもしれません。戦争は好みませんが、デビルたちがそれを望むなら受けて立つしかないでしょう。
 アルニカ様、我々の指揮をお願いします」
 今度は右隣にいたメタトロンが、アルニカに報告する。が、彼女はそれを鼻で笑った。

「指揮など必要ない。デビルも昨日の襲撃者も裏切り者も、私がみんな殺ってやる。
 ……ジャンゴは、私が守る」

 当然のごとくさらりと言い放つアルニカに、天使たちは改めて戦慄した。彼女について行くのは、恐ろしいことなのではないかと。
 ……もしかしたら自分らは、とんでもない悪魔を主としているのではないかと。

 肝心のアルニカはそんな怯えの混じった視線を浴び、満足するかのように、メッシュの入った翼をばさりと動かした。

 ジャンゴは、あの後地下へと逆戻りになった。敵と内通していた、それが地下牢への理由だった。
 今度はソル・デ・バイスも外され、武器になりそうな物は何一つない部屋に入れられた。おまけに部屋前には見張りがついており、脱出はほぼ不可能である。…外部からの変化がない限り。
「せめてソル・デ・バイスの場所さえ分かればなぁ…」
 愚痴っても意味がない事は分かっているが、ついつい愚痴がこぼれてしまう。とにかくここから脱出し、アルニカの様子を見に行かなければならない。

 しっかりしろ、自分。

 ジャンゴはそう言い聞かせて、外の様子を伺い始めた。

 

 準備は、整った。
 あとは私に波長を合わせるだけ。
 もともと、そのためだけに生まれた仔なのだから。

 

 配下の天使たちに指示を与えてから、アルニカは最上階に戻った。ガブリエルとメタトロンは自分に代わって指揮を取っている。

 ベッドに寝転がる彼女の顔は、さっきまでの女帝の顔ではなかった。

 かつてジャンゴに助けられた時に見せた、寂しさに怯えて震える一人の少女の顔だった。
 隣に、彼がいないから。いつも側にいてくれたジャンゴがいないから。仲魔たちは、またジャンゴを取り返しにこられると困るから、という理由で自分とジャンゴを引き離したのだ。
 全てが終われば、また二人で幸せに過ごせる。そう言い聞かせても、今隣に彼がいない寂しさは埋められるものではなかった。

「一人で寝るのはサビシイ?」

 唐突な、誰かの声。
「どこから入ってきた」
 アルニカは身を起こし、声の主をにらみつける。が、声の主――高城ゼットはどこ吹く風だ。
 世界の監視者に、境界線はない。それゆえ、どのような隔たりも彼の前では無力だった。
「太陽少年に会えなくて、寂しそうだね。そんなにジャンゴに側にいてほしい?
 ジャンゴは君の父親の代わり? それとも恋人?」
 言葉の一つ一つに、アルニカの視線が鋭くなる。最早それだけで人を殺せそうなほどの勢いだ。
 その視線をかわしながら、ゼットは歪んだ笑みを浮かべた。
「ねえ、いい加減出てきなよ。……ラグエル」

「この少女の身体に、なじむまで時間がかかったのでな」

 アルニカの口から、彼女の身体に宿っていたラグエルの言葉が出てくる。
「かつて、グラスフィールドにいた頭翼族の村がイモータルに襲われたとき、奇跡的に生き延びたのがこの少女だ。
 赤子だった彼女を拾い、私は一つ細工を施した」
「自分に何かがあった時、新しい器となるように……ね」
 ゼットが言葉を繋ぐと、アルニカ=ラグエルはアルニカの顔でにやりと笑った。
「イモータルに襲われたことで、この少女も太陽少年やデビルチルドレンと同じように『光と闇』を手に入れた。いつしか、この少女の力が役に立つ時が来る。そう思ってね。
 太陽少年も私の器に相応しい存在だったが、彼女が目覚めた以上もう用無しだ。私に刃向かうのなら殺すまでだな」

(……ふざけるな……!)

「器の少女はジャンゴをすごく気に入ってたよ?」
「ふん。もう私の身体だ。少女がどう思っていようと構わん。メシアは私のみあればいい」

(ジャンゴは私が守るんだ……!)

「酷いよね、せっかく好きになった子を殺されちゃうのか」
 ゼットはかわいらしい仕草で小首をかしげた。……目は深淵魔王の目だったが。
「?」
 彼の言葉を理解できず、首をかしげるアルニカ=ラグエル。が、次の言葉で顔が青ざめた。

「……どうする、アルニカ? ジャンゴを守りたいなら、彼を誰の手も届かない場所に連れて行くしかないよ?」

 静寂。

「ジャンゴは私のモノだァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 絶叫。力の放出。

(ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!)
 その瞬間、ラグエルの魂はアルニカの中で消滅した。

 ――魂だけの存在が不安定な理由。
 それは入った器の魂は消えていないということである。本来の魂と完全に協調しない限り、常に消滅の危険性が付きまとうのだ。
 禁断の呪法であるが故、ラグエルはそれを知らなかった。

「はぁっ、はぁっ……」
 自らの力でラグエルを消滅させたアルニカは、残っている力を下に向かって放つ。……あっという間に地下への道が出来上がった。
 ためらわずに飛び込む彼女を見ながら、ゼットはいたずらをとがめられた子供のように肩をすくめた。
「火に油を注いじゃったかな。ま、頑張ってよ。太陽少年」

 彼女が放ったエネルギー波は、エタニティパレスを完全に貫いていた。
 突然の破壊に戸惑うパワーたちの中、ガブリエルとメタトロンは真っ先に没収されたジャンゴの武器がある部屋へと急いだ。

「うわっ!」
 いきなりの地震に、ジャンゴは地面にはいつくばってしまった。外から「一体なんだ!?」「おい、ここ大丈夫なのかよ!?」と看守達の動揺の声が聞こえる。
 脱出するなら今だ。急いで立ち上がり、渾身の力をこめて、ドアに体当たりする。脱臼するほどの痛みがジャンゴを襲うが、文句は言っていられない。
 2、3回繰り返すとドアがぐらついた。看守達はパニックを起こしているらしく、ドアのがたつきには気づいていなかった。
「よし、もう一回!」
 体当たりではなく、蹴りを入れようとしたその瞬間。

 今度は激しい爆発が襲った。

 いきなりのインパクトにジャンゴは身構える余裕もなく、思いっきり吹っ飛ばされる。壁に叩きつけられ、そのショックで壊れた壁が瓦礫となってジャンゴを襲う。
「うっ……」
 二重の衝撃に、ジャンゴは意識を失った。
 ……そこに、誰かが立つ。

 地下に降り立ったアルニカは、辺り一帯を爆破させてジャンゴを探す。やがて、瓦礫にまみれて意識を失っているジャンゴを見つけた。
「ジャンゴ……!」
 黒焦げになった看守の身体を無造作に踏みつけながら、アルニカの足はジャンゴの方へと向かっていた。が、その足を止められる。

 メスが彼女の足元に刺さっていた。

「悪いですね。ラグエル様亡き後、この少年がラグエル様の遺志を継ぐべきお方なので」
「貴様ァッ!!」
 アルニカの腕が医者風の天使――ラファエルを捉えかけるが、前もって唱えていたザンマの魔法に弾き飛ばされる。
「太陽都市で私の影をおとりにした甲斐がありました。こうして貴方と太陽少年が一同に私達の手元に来るとはね」
「ラグエルは私が消したぞ……!」
 アルニカの言葉に、ラファエルは動じることなくさらりと答えた。
「構いませんよ。ラグエル様の後継者である私が、世界を掌握するまでです。
 太陽少年は私の元で教育しなおします。真のメシアとしてね」
「ふざけるなァ!! ジャンゴは私だけのモノだ! 誰にも渡さない!!!」
 右腕を突き出すと、はめられていた腕輪が動いた。アルニカの腕を離れ、無限大のモチーフを背負った蛇――ウロボロスに変貌しラファエルに喰らいついた。
「ぐわっ!!」
 腕輪がデビルだったとは思っていなかったらしい。ウロボロスの攻撃に、ラファエルはたたらを踏んだ。その隙を見逃す彼女ではない。

 右手が一閃し、ラファエルの胴体が真っ二つとなった。

 噴水のごとく血を吐き出し続けるラファエルの遺体には目もくれず、アルニカは瓦礫の中からジャンゴを掘り出した。あれだけの騒ぎがあっても、彼はまだ目覚めていない。
「ジャンゴ」
 優しい声をかけても、彼は目覚めない。血塗れの手で、ジャンゴを愛おしそうに抱きしめた。
「アルニカ様!」
 ソル・デ・バイスなどのジャンゴの私物を持ってきたガブリエルとメタトロンが彼女の後ろに立つ。アルニカは優しそうな顔から一変して、女帝の顔になった。
「お前達、私についてくるか」
 ウロボロスが返事の代わりに腕輪に戻り、アルニカの右腕に納まる。

 ガブリエルとメタトロンの答えは、一つだった。

「私達は、貴方様の仲魔ですから」
「そうか」

 意識のないジャンゴを抱え、アルニカたちは飛んだ。