DarkBoy ~Pride of Justice~「Lawside」(法則編)

 何が正しいのか、何が悪いのか。

 自分ひとりでは決めきれないから、規則がある。

 

 規則に縛られると人は言うが、

『規則で人を作っている』ということに気づく人は少ない。

 

 サバタの推理を聞いたフェゴールは、もう一人の兄ベリトを呼んだ。
 ベリトに翔を連れてくるように頼むと、サバタたちはディアン・ケヒトの合体屋でようやく寝ることが出来た。

「……」
 将来は目を覚ました。ディープホールに入ってから時間の感覚がまるで無いが、寝覚めの調子からしておそらくもう朝だろう。
 起き上がって辺りを見ると、昨日の疲れがまだ残っているのか、みんなまだ眠っていた。
 ……いや、サバタだけ起きていた。
 ごろりと寝返りをうち、顔を将来のほうに向ける。
「起きたか」
「サバタだって。起きるの早いな」
「いや、本当は低血圧で起きるのは苦手だ」
 寝ているみんなを起こすわけにもいかない。将来はまた寝転んだ。
「……なあ、天使たちは何がやりたいんだと思う?」
「支配だろ。自分たちのルールにのっとって、人を動かしたいのさ」
 将来の質問に、サバタがやる気なさそうに答えた。

「ルール、ってなんだろうな?」

 将来がぽつりとつぶやいた。隣のサバタが聞いているのかは分からないが、将来は続ける。
「嵩治の家はさ、凄くルールが厳しいんだ。何時までには家に帰れとか漫画なんか読むなとか外で遊ぶなとか一日何時間は勉強しろとかさ。
 でも、俺の家は全然厳しくない。言われるとしてもさ、朝早く起きろとか宿題ちゃんとやれぐらいでさ。嵩治なんか、いつも羨ましい羨ましいって言ってた」
 サバタは何も返さない。
「お袋にさ、どうしてうちは厳しくないんだ?って聞いたことあるんだよ。そしたらお袋、笑ってこう答えた。『ルールだけで人間が作れるわけ無いでしょ』って。
 俺わかんないよって言ったら、『嵩治君を見てみなさい』って言われた。で、嵩治見てみたら、ますますよくわかんなくなってきた。あいつはルールだけで生きてなかったから」
 将来の目が遠くなる。絶好宣言される前の頃を思い出してきて、涙が出そうになるが頑張ってこらえる。脇でサバタが見てると思うと、何となくその顔を見せるのが悪い気がしたのだ。
「天使たちはルールで、人を作りたいのかな」
「……さあな」
 サバタはぶっきらぼうに答えた。話を聞いていなかったのではない。話を聞いて、よく考えたくなったのだ。
(ルール、か)
 彼の話の内容を、心の中で深く反芻する。
(俺は、誰に何を教わったんだろう)
 暗黒の力、暗黒銃の使い方はクイーンから。慈愛はカーミラから。信念は母から。狂気は己の内に住むダークマターから。
 ルールは、何から教わっただろう。
(……教わっていない。誰からも、何も)
 気がついたら、それが悪いことだと知っていた。暗黒少年としてクイーンの元にいた時は数々の悪事を働いたものだが、それが悪いことだとちゃんと知っていてやっていたような気がする。
 やった後に、急に辛くなってカーミラに泣きついた日もあった。やっちゃいけないと分かっていても、やらざるを得ない自分を憎く思ったこともあった。
 少なくとも、自分はルールを誰かから作ってもらったこともないし、“自分”はルールから作られていない。
「ルール、というのは秩序にもつながるな」
 いつの間に起きていたのか、おてんこさまが将来の質問に簡単な答えを返していた。
「秩序をロウ、混沌をカオス、中立をニュートラルと人は呼ぶ。言葉の響きからすれば、カオス……混沌は悪いことにされがちだが、本質を突くとなると話は違ってくる」
「それってどういうことなんだ?」
「混沌、というのは誰もが好き勝手やっていることであり、秩序は皆が規則にのっとって行動していることだ。
 ……見方を変えれば、混沌は『自由』と言えるし、秩序は『束縛』とも言えるだろう?」
「……あ!」
 将来が納得した声を上げる。デビルと天使が争いあう理由を簡潔に話され、サバタも内心で納得の声を上げる。

 天使たちは自分たちの作る『秩序』で束縛を望み、デビルたちは自分たちが無法に出来る自由を『混沌』で望んでいる。
 その中で危なっかしく『中立』を保っているのが人間であり、その3つの法から逃げようとしているのがイモータルなのだ。

「全てを終わらせるハルマゲドンと、世界を昇格するラグナロク。選択するメシア。それこそが3つの法の頂点ってわけやな」
 ザジも目を覚ましたらしく、起き上がってぽんと手を叩く。クレイものっそり起き上がっているようで、これで全員目が覚めたというわけだ。
「さて、翔がここに来たらどうする?」
 クレイが相談を始める。全員――フェゴールやディアン・ケヒトも含めて――起き上がり、円を組んで座りなおす。
「この合体屋は広いから、ここに翔を預けたほうが良いな。場所も場所だし」
 将来が提案すると、ディアン・ケヒトも了承の意味でうなずいた。
「預けるのは構わんよ。助手のフロストたちに世話を任せよう」
 おてんこさまがディアン・ケヒトの方に向いた。彼の方はおてんこさまを知らないらしく、科学者の目で興味深そうにおてんこさまを見ている。
「ディアン・ケヒト殿、もう一度『癒しの薬』を作ることは出来るのか?」
 発せられた質問に、ディアン・ケヒトはうーむとあごひげを何度もなでた。通算7回目でようやく口を開く。
「材料と器具が揃っとらんとできんわい。器具はそこらの合体屋で借りるとしても、材料がのぅ……」
「その材料は?」
「魔石の欠片、光のしずく、それから不思議なキノコじゃ。そのうち、魔石の欠片は魔界では結構売っとるし、不思議なキノコが生えてる場所も知っとる。
 じゃが、光のしずくがのぅ……。あれは太陽に近い場所でないと取れん代物なんじゃ」
 太陽に近い場所、のフレーズにザジが反応した。しばらくバッグをごそごそと引っ掻き回していたが、やがてお目当てのものを見つけて取り出した。
「これで、代用できへん?」
 取り出したのは太陽のしずくだ。サバタが倒れた翔に飲ませているのを見てたので、何かの役に立つかと思って持ってきたのだ。
 ザジから太陽のしずくを受け取ったディアン・ケヒトは、蓋を開けて匂いを嗅ぐなどして調べていたが、やがて明るい顔に変わった。
「代用どころではないわい! これはまさしく本物の光のしずくじゃ!」
「ホンマか!?」
 ザジの顔も明るくなる。サン・ミゲルでは簡単に取れる太陽のしずくが、ここでは貴重品になっている。そんなことにちょっと感動した。予想外の収穫に、ディアン・ケヒトもほくほく顔だ。
「じゃあ残りの不思議なキノコはどこで手に入るんだ?」
 はしゃぎまわっているディアン・ケヒトを押し留めるように、将来が質問を重ねた。新しい質問に、浮かれ気味だったディアン・ケヒトも真顔に戻る。
「風の魔界じゃよ。あそこのフィラの村近くの湖に生えとる」
「つまり、魔界に行かないと駄目って事か」
 クレイがふうとため息をついた。それを合図に、サバタたちは一人一人立ち上がった。デビライザーやガン・デル・ヘルなどを手に取り、出発する気まんまんだ。
 昨日の疲れがまだ残ってはいるが、それを理由に休んでいるわけには行かない。『癒しの薬』という強いカードを取られている以上、対等に並ぶには時間が少ないのだ。
 と、いつの間に取り上げたのか、将来のヴィネコンを見ていたフェゴールが顔を上げた。
「おいデビルチルドレン。お前、この面子で天使たちと戦う気か?」
「……悪いのかよ」
 刹那や未来とは違い、将来はまだなり立てほやほやの新人デビルチルドレン。交渉や合体法則などにまだてこずっており、仲魔はあのインディーだけなのである。
 開き直った将来を見てあきれ果てたフェゴール。あくまで無干渉が真髄なのだが、今回ばかりは手を貸してやることにした。
「貸してやる。ストラスな」

 待つこと十分ほど。
 赤い馬に乗った騎士が、眠り続ける翔を連れてきた。
「ベリ兄、サンクス!」
「あーはいはい。全く兄さんといいお前といい、どうしてウチの兄弟はこうも人使いの荒い奴ばかり……」
 感謝の言葉を述べるフェゴールに、ぶちぶちと愚痴をこぼす兄・流血魔王ベリト。どうやらゼットの弟でフェゴールの兄という、ある意味一番不幸な位置にいるらしい。
「それで? 私はお前らが帰ってくるまでここで留守番か」
「しょうがないだろ~! 天使がここ突き止めて襲撃しかけてくるかもしれないんだし!」
「しれないんだし、じゃない! お前、まさかどさくさにまぎれて魔界に行こうだなんて考えてないだろうな!」
「ぎくっ」
 とうとう二人は兄弟漫才を始めてしまった。あっけに取られるサバタたちだが、ディアン・ケヒトだけは涼しげな顔だ。もしかしたら毎日見ているのかもしれない。
 しばらくぎゃいぎゃいと騒いでいた二人だが、サバタたちの視線に気づくとすぐにストップした。仮にもディープホールの魔王。恥はあまりさらしたくは無いようだ。
「…まあ、ゲートまでは案内してやれ。正規ルートでだぞ」
「分かったよ、ベリ兄♪ じゃ、行ってきまーす!」
 すっかりはしゃいでいるフェゴールを見て、ベリトはこっそり将来とサバタに耳打ちをした。

「あいつが我侭言ったら殴ってでも黙らせて良いからな」

 二人は鏡を置いたかのように、まるっきり同じ顔で苦笑を浮かべた。