DarkBoy ~Pride of Justice~「ディープホール」(深淵編)

 原種の欠片。

 それは生も死も無く、ただ「存在」だけがあるもの。

「存在」だけが許されたため、知性も何も無い。あるのは本能のみ。

 

 ……そのはずだった。

 

「原種の欠片やて!? んな阿呆な!」
「原種の欠片は知性を持つわけが無い、そう言いたいんだろ? それは当たってるけど外れてる。
 あの地に封じられていたヨルムンガンドは、オリジナルの末端。オリジナルのエッセンスを10%も持ってないから、知性も無いただの獣なのさ。
 でも僕は違う。オリジナルのエッセンスを80%近くは受け継いでいる。だから言葉も話せるし、人の姿も取れるんだ」
 そう説明するゼットの姿が変化していく。
 背中に羽が生え、服の色が緑から白と黒に染まる。髪も尻尾のように延びていた部分は切れ、前髪のふた房が触角のようにぴんと立っている。

 もはや彼は高城ゼットではなく、深淵魔王ゼブルであった。

「全ての原種……ホシガミの第一の側近であり、最初の人間。それが僕だ。
 元々エターナルって言葉は、僕のようなホシガミ様のエッセンスを50%以上持っている奴の事を指していたんだよ」
「嘘ぉ……」
 ザジは完全に開いた口がふさがらないようだ。ただただぽかんとゼブルを見ている。
「お前が俺たちを案内してくれるのか?」
 ようやく驚きをねじ伏せた将来がゼブルに聞く。しかし、ゼブルはあっさりと首を横に振った。
「僕には仕事があるからね。ここの案内は弟に任せるよ」
「弟?」
「そう。僕ほどじゃないけど、ホシガミ様の力を受け継いでいる者。
 ……おいで! フェゴール!」
 ゼブルが軽く手を叩くと、空間が揺らいで一人の少年――というより幼子が現れた。深緑の髪と赤い目からするに、言葉通りゼブルの弟らしい。
 ……だがどんな特徴よりも一番目に付くのは、馬代わりにしているおまるなのだが。
「ゼブ兄、どうしたんだ?」
「ここの案内。彼らを天使の牢獄のディアン・ケヒトに会わせてやってくれ」
「分かった!」
 フェゴールはおまるを巧みに操り、サバタたちの前に立った。どうやら道案内として先に立って行くらしい。

「ディープホールは広いぞ。道をよく知らないとすぐに迷子になるからな」
「おまるつきのお前が迷子にならなければいいがな」
 止せばいいのにサバタが余計なことを言う。即座に彼の頭にメイスが炸裂した。
「馬鹿にするな! オイラはこう見えても壊天魔王フェゴール様だぞ!」
 サバタからの返事は無い。……というよりメイスの当たり所が悪くて、返事をするどころではない。
 ザジとおてんこさまだけにあらず、将来とクレイまでくすくす笑うのを見て、サバタは不機嫌度をレベルアップさせた。またメイスが飛んできそうなので顔に出さないでおくが。
 だが確かにフェゴールの言う通り、ディープホールは広く、そして難解な場所だった。
 しかも踏む度に警報が鳴ってデビルがやってくるトラップを始めとして、立つ位置を変えられる床、滑る床にワープトラップ、落とし穴などトラップも満載である。
 すべる床ではクレイの爪音に悩まされ、立つ位置を変えられる床ではダッシュで走ろうとしたザジが見事に失敗してコケ、ワープトラップではサバタが迷子になった。
 警報トラップはフェゴールの権力で何とか戦闘回避出来たが、落とし穴はそのフェゴールがはまるというドジもあった。
「な、なあ、まだか? その天使の牢獄ってやっちゃ」
 いい加減へとへとになったザジが座り込んだ。それに会わせて、クレイ、将来、サバタの順で次々に座り込む。平気な顔なのはおてんこさまとずっとおまるに乗っていたフェゴールのみだ。
 だらしないな、と思いつつ、これも仕方が無いかともフェゴールは思う。兄から聞くに、この客達は強引にサークルゲートをここに繋げて来たらしい(兄の差し金で)。
 門の一族と(ここでは)呼ばれる月光仔がいたから出来た強攻策だが、このようなイレギュラーな方法で来た者は、出口にたどり着く前に疲労で死亡だろう。
 外の時間はもう夜中になっている。
「ここから歩いてあと3時間ほどだ! だけど、今日はここで休むことにする!」
 フェゴールの宣言に全員ほっとした顔になった。「後もう少しだから頑張って歩け!」なんて言いだしたら、速攻で全員ブーイングの嵐だっただろう。
 だが。
「どうやって休むんだ~?」
 将来がへばった声で聞く。ここは道。通るデビルは少ないが、確かに道だ。まさかここで休めとでも言うのだろうか。
 ジャンゴや刹那、未来だったらそれでも文句を言わずにここで休んだかもしれないが、旅慣れていない3人にとってこれは苦痛だった。
 これにはフェゴールも文句の一つを言いたくなったが、確かに道で寝るのは問題だ。だがどうしようか?

 結局、ここで休むのは30分だけということになり、本格的に寝るのは天使の牢獄についてからということになった。

       *

 疲れた身体に鞭打って歩くこと3時間ちょい。ようやくサバタたちは天使の牢獄にたどり着いた。
 牢獄の名の通り、大きな鉄格子が並んでいるが中に入っている者は誰もいない。ここは罪人を罰する場所だが、罪人がいなければ何も無い空間のようだ。
 掃除している者がいるのか、牢獄の中にはチリ一つ汚れが無い。流れる空気も、外の空気とほぼ変わらない。隔てるものが鉄格子でなければ、誰もここが牢獄だとは思わないだろう。
 ……ここがディープホールだからこそ、こんな意見が出るのだが。
 さて。
 その無機質な鉄格子の群れの奥に、扉がぽつんとあった。何の特徴も無い扉だが、鉄格子の向こうにあるということだけで存在を大いに主張していた。
 扉の隣に何気なくかかっている看板には五芒星の魔方陣が書かれてある。サバタとザジには見覚えの無いものだったが、将来はよく見知ったものである。
 コールの魔方陣。そしてその魔方陣を看板にしているここは。
「ここ、合体屋なのか?」
 将来の問いにフェゴールがこっちを向かずに「そうだ!」と答えた。
「ディアン・ケヒトは今合体屋やってるんだよ。場所が場所だから誰も来ないけどな~」
 確かに。
 デビルや天使が恐れ、地上の人間は存在すら知らないこのディープホール。客が来るなんて滅多に無いはず。それを承知の上で店を開いているディアン・ケヒトは只者ではないようだ。
「じいさーん!」
 フェゴールが扉を乱暴に叩く。一応ノックのつもりらしい。
 反応なし。今度はもうちょっと力強く扉を叩くが、やはり反応が無い。
「おらへんの?」
「……違う!」
 とぼけた意見を出すザジだが、中の気配を探っていたサバタは違った。この沈黙は誰もいないものではない。
 フェゴールもサバタと同意見らしく、メイスで扉を強引に破る。後で怒られるかもしれないが、今は非常時。中で何が起きているのか分からないこの状況、早い行動が必要だった。

 砕いた扉の向こうは、ちょっとした惨状だった。

 合体用のカプセルは粉々に砕け、器具は散乱、怪しげな薬や液体があちこちに散っていた。酸性の液体もあるらしく、あちこちから鼻につく嫌な匂いとしゅぅぅ…と何かが溶ける音がする。
 その中で、倒れている老人が一人。
「じいさん!」
 フェゴールが真っ先に老人に飛びつく。クレイもすぐに彼の正体が分かったらしく、液体などを避けながら老人の元に行った。
 クレイが何かをぶつぶつとつぶやくと、淡い光が老人の周りを包み、怪我を癒していく。回復魔法のディアだ。初歩の魔法だが、老人の意識を回復させるには充分。
「う、うーん…」
「じいさん!」
 意識を取り戻した老人をフェゴールがゆする。それで意識がはっきりしたらしく、老人はフェゴールを見て目を丸くした。
「おお、フェゴール様!」
「大丈夫か、ディアン・ケヒト!?」
「ディアン・ケヒト!?」
 将来が代表して声を上げる。
 ようやく正体を知ったサバタたちも老人――ディアン・ケヒトの元に集まった。ディアン・ケヒトも彼らの方を見て目を丸くする。
「フェゴール様、彼らは?」
「こいつらは客だ。お前だけしか作れない『癒しの薬』が欲しいらしい。 ディアン・ケヒト、今すぐそれ作れるか?」
「それが……」
 フェゴールの頼みに、ディアン・ケヒトは顔を曇らせた。

「その『癒しの薬』を天使どもに奪われてしまったのじゃ……」

「「何だって!?」」
 ディアン・ケヒトを除く全員の声がハモる。全員のその反応に、ディアン・ケヒトは申し訳なさそうに先を続けた。
「『癒しの薬』はさっきまで一つだけあったのじゃが、天使たちが襲撃を仕掛けてきてそれを奪われてもうた…」
 この部屋の荒れ具合は、天使たちの襲撃の後らしい。ディアン・ケヒトも抵抗したのだが、多勢に無勢で奮戦むなしく薬を奪われてしまったのだ。
「やられたな……」
 おてんこさまが苦々しくつぶやく。
「何てこった……」
 将来とクレイの落ち込みようは尋常ではなかった。ここに来るまで一番先を歩いてみんなを元気付けていた彼らが、へなへなと座り込み、夢も希望もなくした顔になってしまう。
「薬があらへんと、翔ちゃん助けられへんやんか……」
 ザジもぺたんと座り込んでしまう。「ひまわりはうつむかへん!」が口癖の彼女も、さすがにしょんぼりとうつむいてしまう。
 全員がしおれる中、サバタは天使たちの次の行動を推理していた。
 翔に『闇の眠り』をかけたのは間違いなく天使たちだ。そして、将来の親友である嵩治に「デビルチルドレンは敵」と刷り込ませ、「悪のデビルチルドレンを倒す正義の味方」に仕立て上げる。
 なら『癒しの薬』を奪った理由はおそらく……。

 そこまで考えて、サバタは唯一残してきた翔が気になった。
「……フェゴール! 俺を地上に戻せ!」
「え?」
 唐突なサバタの頼みにフェゴールがきょとんとする。それは他の連中も同じだった。
「一体どうした?」
「翔をこっちに連れてくる。そうしなければ天使たちが翔の呪いを解く事になるぞ」
「どういうことや?」
 サバタの説明が抽象過ぎるので、ザジが説明を求めた。サバタはイライラと髪を掻き毟りながら、自分の推理を披露した。
「奴らは自分たちで翔に……エンジェルチルドレンの妹に呪いをかけた。これがどういう意味だか分かるか?

 『正義の味方』のシナリオだ。

 呪いをかけたのは俺たちだと思わせ、俺たちを『悪』だと認識させる。同時に自分は『正義の味方』だと信じ込ませ、真実から目を背けさせる。
 で、都合よく天使たちが呪いを解く薬を持ってきて呪いを解けば、『悪に堕ちた親友がかけた、妹の呪いを解く兄』というお膳立ての出来上がりだ。
 そのシナリオを持って、天使たちは『私たちは正しい。エンジェルチルドレンは救世主だ』と世に知らしめるつもりなんだろうな。
 洗脳なんてしなくてもいい。上手い扇動方法だ」

 事実をいくつかばら撒いて、真実から目を背けさせる。

 昔サバタもやった手だ。あの時は、闇のガーディアンというエサをぶら下げて、ジャンゴのエネルギーを狙ったのだ。
 今、天使たちは『呪いをかけられた翔』というエサをぶら下げ、兄の嵩治や親友の将来を上手く動かしている。それを知った将来の顔に、怒りが宿った。
 怒りが拳に移り、力が篭る。

 ……その手に、五芒星が浮かび上がっているのには、誰も気づいていない。