Change Your Way・24「鎮魂曲」

 灰色のパイルドライバーは、セレンを飲み込んだ後にすぐ消滅し、舞台に開いた大穴もそれにあわせて閉じられた。後に残るのはサバタたちだけである。
 サバタが一歩踏み出すと、それが合図かのように虚空から宝珠が現れた。落とさないように受け止めると、彼の意思に反応したのかギラリと輝いた。
『受け取りなさい。それは「本能の宝珠」ですよ』
 まだ自分たちを見ていたらしく、男の声が響く。そう言われてサバタは改めて宝珠を見てみた。
 前にジャンゴが見せた「理性の宝珠」とほぼ同じの赤い色をした大き目のサイズの物だ。時折光の反射も無しにギラリと輝くのは、何かを暗示しているのか。
 隣で覗き込んでいるカーミラが嫌な顔をした。
『その宝珠は、同種のものと強く反応しあいます。貴方たちが捜し求める『シヴァルバー』の鍵が、それですよ』
「!!」
『シヴァルバー』の言葉に、サバタの顔が呆然とした表情から怒りの顔に変わる。と、同時に相手が誰なのかを悟った。
 混沌王ヤプト。ジャンゴの前に現れた黒ずくめの男。
 あの夢子たちが言うには、奴が全ての鍵を握り、全ての鍵を壊す存在らしい。「筋書き」通りに事を運ばせているように見えて、実は微妙に狂わせているのだろうか。
 どちらにしても、クストース以上に警戒しなければならない敵にサバタの眉がどんどん釣りあがる。その隣で、カーミラも下げていた槍を構えなおしていた。
 リリスとヴォートは何の反応もない。……というより、放心しているヴォートをリリスが慰めているので、それ以外のことが頭に入らないといったほうが正しいのだ。
 正直、それで助かるとサバタは思った。
 関係のない人物が余計なことに首を突っ込むと、大抵事態は混乱し、最悪の場合は崩壊する。第三者の要らない悪意は、中心人物をぼろぼろにし、『殺して』しまうのだ。
 だからリリスとヴォートが自分たちのことで手一杯のうちに事を済ませるに限る。武器を構えたまま、サバタはヤプトの次の言葉を待った。
 大抵こういう余裕ぶっている人物は、最後まで余裕を崩さないものだというのは知っている。だが、こうして戦闘体勢を取るだけでも、相手の動きを制限させることが出来るのだ。
(手のひらで踊っている、とでも思ってるんだろうがな!)
 サバタは見えない相手に向って毒づいた。
 こっちは最後までシナリオ通りに動くつもりはない。最後の最後まで抗い、そのシナリオをひっくり返してやる。その決意がガン・デル・ヘルに篭り始めた頃、ヤプトが嘆息するのが聞こえた。
『そこでそんな顔をしても意味がないでしょう? 私達は『シヴァルバー』にいます。決着を付けたいのなら、そこでどうぞ。逃げもしませんからね』
 それでは、という別れの挨拶で声は途切れた。魔力も感じることが出来なくなったので、サバタとカーミラは戦闘体勢を崩してリリスとヴォートの方を見やる。
 彼女らは、いつの間にか立ち上がって自分たちの方を見ていた。

 北にある、鯨の彫像と融合した椅子がぼろっと崩れた。
「ご苦労様です」
 言葉とは裏腹に、事務的な口調でヤプトが呟く。
 西の椅子と北の椅子が崩れ、今残っているのは飛天王カリフスが座っていた東の椅子と、未だ座る者の現れない南の椅子だ。
 運命王がこれを知ったらどう思うだろうか。ヤプトはふとそんな事を思った。
 逝った深海王に対して深い罪悪感を抱くか、それとも敵である太陽少年たちの力を甘く見ていたことで自責するか。
 それとも、その両方だろうか。ヤプトはふふっと笑った。
 そんな妄想にヒビを入れるように、どさっと大きな音が近くで鳴った。さすがに慌てて音の場所を見ると、ぼろぼろになった「舞比滅」ミホトシロノが倒れている。
 何があってこうなったのかは知らないが、どうやら太陽少年を抹消することは出来なかったようだ。足止めは出来たのだろうから、上出来というべきなのか。
 近づいてみると、一応意識はあるようだ。ずっと握っていた鎌を杖に何とか立ち上がる。
「……悔しい……!!」
 かみ締める口からこぼれたのは、弟を連れ戻せなかったことに対しての自責の念と、それを阻んだ太陽少年への憎悪だった。
 それを見たヤプトはないあごひげを撫でるようにあごをさする。
(ふむ、彼女はもうそろそろですね)
 彼女に見えないように、こっそりと笑みを浮かべた。弟との再会と太陽少年との邂逅は、予想以上に彼女に効果的だったらしい。これなら、「予定」を早めるよう進言してもいいかもしれない。
 その考えは表面に出さないように注意しながら、ヤプトはミホトの肩に手を置く。
 最初ヤプトも憎い敵のように睨んでいたミホトだったが、やがて落ち着いてきたらしく表情も憎しみから悲しみへと変化した。
 そんな彼女を慰めるように、ヤプトは何度も彼女の肩を叩いた。
「いいですよ。弟を連れ戻せなかったのは残念でしょうが、そのことに対して我々はとがめたりしません。今はゆっくりと休みなさい」
「ですが……!」
「弟さんのことなら大丈夫ですよ。あくまで彼はここに来るまでの人質として有効利用するはずですからね。そうそう殺されはしません。その前に我々が倒せばいい話です
 今の貴女に必要なのは休息です。ゆっくり休みなさい」
 優しく諭すと、さすがに彼女も深くうつむいて渋々と了承した。そのままふらふらとした足取りながらも、その場から消える。彼女の休む場所はこの聖域ではないのだ。
 そんな彼女の背中を見ながら、さてこれからどうするかとヤプトは考え始めていた。

 

 ぼくはとんでもないつみをおかした。

 だから、つぐなうためにばつをうけている。

 えいえんにおわらないばつを、いまでもいつまでもうけている。

 きみへのおもいをかかえたまま。

 

 ジャンゴとユキ、運命王は対峙したまま動かない。その間、影人たちは一人、また一人と消えていく。彼らは気づいていないだろうが、そのスピードがどんどん速くなっていた。
 何かに脅えて逃げるように消える彼らが見守る中、先に動いたのは運命王だった。
「……参るぞ!」
 予想以上に素早いダッシュにより、ジャンゴたちの反応が一瞬遅れた。
 その隙を彼女は見逃さない。まず懐に飛び込んで一対一の状況に持ち込まれたのは、ユキだった。
「ユキ!!」
 ジャンゴが彼女の元に向おうとするが、一瞬早く運命王の杖がユキを打ち据えていた。大きく吹っ飛ばされるユキを見ながら、ジャンゴは彼女に突っ込んで行く。
 杖を振り切った運命王に、ジャンゴの剣を避ける方法はないように思えたが。

 ぎぃんっ!!

「うわぁっ!?」
 金属がぶつかり合う音が鳴り、ジャンゴは大きく跳ね飛ばされた。
 弾き飛ばされながら運命王の方を見ると、彼女は杖を振り下ろした状態からただ体勢を立て直しただけだ。彼女自身はそんな特別な動きをしていない。
 だが、白いマントが彼女の動きと比べてかなり不自然なはためきを見せていた。風はそんなに吹いていないというのに、マントは運命王を守るように大きく翻っている。
(あのマントか!)
 ジャンゴはすぐに自分を弾いたモノを察した。マントが一つのシールドとなって、ジャンゴの攻撃を防ぎきったのだろう。
 冷静に考えてみれば、彼女は亜生命種が集まるクストースの主。彼女自身も亜生命種であり、強い存在であるのは当たり前のことだった。
(ザナンビドゥやミホトよりも強いってことか…!)
 苦戦を強いられたあの二人よりも強いという事実が、ジャンゴに冷や汗を流させる。
 一瞬の機転と奇策で何とか勝てたザナンビドゥ。相手が暴走してくれたことで負けずに済んだミホト。だがこの相手は、そんなラッキーを期待できるような相手ではないはずだ。
 勝てる戦いではないかもしれない。なら、負けない戦いをするしかない。
 ――生きていればチャンスはあるからな。
 脳裏に、サン・ミゲルを去った名無しの男の声が蘇る。エターナル事件の時に、まずは生き延びる事を考えろと彼は教えてくれた。
「ここで、死ぬわけには、いかないッ!!」
 心の叫びは知らないうちに声となって現れていたらしい。ジャンゴの叫びに、運命王の顔が少しだけ変化した。無表情から、どこか哀しさを感じられる顔に。

 死んでもらいたいわけではない。だが、ここで頑張ってほしくない。

 矛盾した『現実』を抱えて、運命王は杖を振るう。対するジャンゴは、トライ・レイドを起点に彼女に波状攻撃を仕掛けた。
 できる限り相手を自分に引き付け、ユキが回復するまでの時間を稼がないといけない。負傷した左腕はガン・デル・ソルを撃つので手一杯で、とても致命傷などを期待できなかった。
 自然と左腕をかばう闘いになり、だんだんジャンゴが追い詰められてくる。直撃は避けているものの、剣で防いでしまうと痺れが出てくる。それが問題だった。
「その動きは未熟だ!」
「ぐぁっっ!!」
 とうとう運命王の一撃がジャンゴを捕らえた。モロに腹に食らって、ジャンゴは少しばかりの汚物を吐きながら転がってしまう。
 思わず腹を押さえて咳き込んでしまうと、杖を突きつけられた。
「……何が言いたいか、分かるであろうな?」
「よく頑張った……とか言うんだろ?」
 口元を押さえながらも、減らず口を叩いてみせる。諦めたつもりはないが、この場をひっくり返す手段を持ち合わせていないジャンゴの最後の抵抗だった。
 言いたい事を当てられたせいか、運命王の顔ががらりと変わる。隙が出来たのはいいが、ジャンゴは剣を振るうことも銃を撃つことも、起き上がることすら出来なかった。
(……畜生!)
 何も出来ないことに悔し涙が出そうになるその時。

「道反球(ちがえしのたま)!!」

 大地が砕けるような振動が辺りを揺るがした。
「何と!?」
「……今だッ!!」
 運命王が驚く中、ジャンゴは揺れを利用して何とか起き上がる。未だ左手にあったガン・デル・ソルを彼女に向って撃ち、大きく離れた。
 目くらましも兼ねていたので、運命王は後ずさりながら目をこすっている。その隙にジャンゴは、いつの間にか起き上がっていたユキを抱えてその場を逃げ出した。
 一人残された運命王は、ジャンゴたちが逃げ出した事を知ると、ひとつ嘆息して消える。
 後に残っていたのは、完全な無人となった街だけだった。