Change Your Way・19「歌と共に」

 ヴォートのこともあるので、サバタとカーミラは近くの町で休むことにした。『シヴァルバー』から見て北の方で、彼らは知らないが、セレンのいる劇場からはかなり近い。
 とりあえず落ち着くために宿を取って、部屋のベッドにヴォートを寝かせる。来るまで何回か激しい咳をしていた彼だったが、ベッドに寝かせると容態は安静した。
「すみません、わざわざ」
 何度も自分たちにお礼を言ってくるヴォートは適当に返事しておいて、サバタは窓から外の景色を見る。
 外は普通の町と変わらず、人々が行き交い、一日の生活をしている。『シヴァルバー』が近くにあるだなどと、誰一人として思いはしないだろう。
 …と、そこでサバタは、クストースの狙いが気になった。
 サン・ミゲルを狙ったのは、あの遺跡にあった禁呪を抹消するためではないかとジャンゴは言っていたが、実際に禁呪はサン・ミゲルだけにあるわけではないはず。
 極端に言えば、今サバタたちがいるここにも禁呪はあるかもしれない。それなのに、この街は至って平和でクストースの影は全然ないのだ。
 表目に見えるように活動しているとは思えないが、ここまで何の足跡も残さない組織も珍しいような気がする。ダーインも、父のヴァンパイアという大きな手がかりを与えたのだ。
 今までクストースが落とした手がかりは少なくはない。だがそれらはほとんど末端のもので大元に近づいているものは何一つないのだ。
 唯一近そうな手がかりである「理性の宝珠」はジャンゴが持っていった。スキファとフリウによれば、あの宝珠はシナリオの筋書きに大きく関わるらしい。
 一応彼らの目的は彼女らから聞いている。だが、その目的やシナリオがどうなのかは彼女達ですら解らないのだ。今こうしている間にも奴らのたくらみが進んでいるかと思うと、腹立たしい。
(クストースは浄土王ザナンビドゥ、混沌王ヤプト、運命王、それから……)

 ――確か、深海王セレンでした。

「!!」
 唐突に頭の中に浮かんだヴォートの言葉に、サバタははっとなる。
 深海王。
 王の名を持つ『歌姫』。
 もしセレンとやらがクストースの一人なら、ヴォートはそのクストースと係わり合いがあるのだろうか。
 ベッドの方を見やると、ヴォートはもうすでに眠っている。隣でカーミラが彼の様子を見ながらも、荷物の整理をしていた。
 そのカーミラの方に視線をやると、彼女は自分の考えに気づいたらしくヴォートの様子を注意深く観察する。
「……普通の人間ですよ」
「そうか」
 カーミラの判断に少しだけ安堵の息をつく。
 何も知らないのも大変だが、全てを知ってしまうのも大変だ、とサバタは思った。

 腕の怪我は、応急処置もあって大分良くなってきた。ジャンゴは巻いてあった包帯を外し、怪我の具合を見てみる。傷跡はまだ残っているが、それほど痛々しいとは思わなかった。
「服が切れちゃったのが問題かな」
 左は篭手をつけていないので、少しだけ不自然な感じがする。切れたところを繕えるほど手先が器用ではないので、仕方ナシに包帯を巻きなおした。
 怪我していると誤解されそうだが、このまま腕をさらし続けるのも何となくいやだったのだ。
 さて、これからどうするか。
 この街――と言えるかどうかわからないが――に来てからもう二日目だ。いまだ『シヴァルバー』への手がかりは「理性の宝珠」のみで、クストースもあれから出てきていない。
(他のみんなは、もう『シヴァルバー』に着いたのかな)
 兄とカーミラ、ザジとセイにおてんこさま、それからリタ。行き方や時間はバラバラだが、全員の目的地は同じだ。『シヴァルバー』にさえ着けば合流できる。
 だが自分は「舞比滅」でありユキの姉ミホトと戦って、予想外の大怪我を負っていた。このタイムロスは大きい。
 怪我を治して来た時にはもう全てが終わっていたなんて馬鹿話にもならない。急いで完治させたい所だが、残念なことにジャンゴは回復させる魔法は知らない。
 ヒーリングは植物に活力を与える魔法で、体力を回復させる魔法ではない。かけたことはないが、おそらく自分にかけても効果はないだろう。
 そんな事を考えていると、家の中を探索していたユキがぱたぱたと帰ってきた。無人家だったので勝手に上がらせてもらったので、ユキは少しだけ悪いと思っていたようだ。ジャンゴも同じだが。
「怪我は大丈夫?」
 ユキがそう聞いてきたので、ジャンゴは黙って包帯をまた外す。
「まだ治りかけと言ったところだね」
「そうかぁ……」
 姉が負わせた怪我ということで、ユキの顔色がさっと暗くなる。何とか慰めたいところだが、あいにくジャンゴはこういう時にどんな言葉をかけていいのか分からなかった。
 とりあえず包帯をまた巻きなおして怪我を隠し、その手でユキの頭をなでた。
 と。
「!」
「……あ!」
 空気の流れが変わった気がする。
 慌てて外を見ると、今までちらほらとしか見えなかった影人がゆらゆらと大きく揺らめいていることでよく見えるようになっていた。
 温度による陽炎ではない。明らかに、影人たちが恐れる何かがこっちに近づいている。
 さっきまでの重苦しい空気を忘れたかのように、いつしか武器をその手に持った二人は無言で顔を見合わせてこくりとうなずきあった。
 気配はまだ感じられない。だが、何かくる予感だけは確実にある。
 ジャンゴとユキは家を飛び出してその『何か』に対して応戦体制をとるが、今のところ慌てふためく影人たちだけで、周りに怪しい者はいない。
「……気のせい…じゃないよね」
「うん、確かに来るよ……。誰かが……」
 剣を抜いたままのジャンゴの隣で、ユキもハンマーを手に辺りの気配を探っていた。

 ――それの出現は彼らの予想を裏切って、かなりあっさりとしたものだった。

 しゃりん、と涼しげな鈴の音が鳴ったかと思うと、影人たちの間を割って一人の少女が現れる。白尽くめの銀髪の少女。
「君は……」
 ジャンゴの問いに、少女――運命王は持っていた杖を構える。
 たくさんの影人たちが見守る中、ジャンゴたちの戦いが始まろうとしていた。

 劇場で思う存分唄ったセレンは、外に出ることにした。歌を唄っている間、決してはなれることのなかった男の顔を見に行こうと思ったのだ。
「らー…♪」
 転移するくらいなら一小節で済む。音の切り換わりと共に、自分の視界も一気に外へと切り換わった。
「……さて」
 近くから聞こえる潮騒を後ろに、セレンはのんびりと歩き出す。太陽は中天を越えて、日没へと向かっている途中。探すなら今の内かも知れない。
「とりあえず、一番近くにある街から探しましょうか」
 誰に聞かせるわけでもないその言葉は、潮騒に溶けて消える。そのことを気にする事はなく、足は一番近くの町へと向かっていた。
 歌を使えばあっという間だが、一応その力は人前では見せないと決められている。知らない人に余計なものを見せて、こちらのことに興味をもたれたら困る、とのことだ。
 それはセレンも納得できる。身に余るほどの力を持つ者は自分だけではなく、知る者も不幸にしてしまう。ザナンビドゥもカリフスもそれが痛いほど解っていた。
 だからクストースは活動する時以外は出来る限り人間として生活するか、表に出るな――それも運命王が決めたことだった。無論、反論はなかった。
 カリフスは根っからの武人で、暇さえあれば鍛錬に励んでいるし、ザナンビドゥは昼寝か気まぐれに街に出てぶらつく程度。セレンは歌を唄えるスペースさえあれば満足なのだ。
 ヤプトは何をしているかわからなかったが、人に迷惑をかけるようには見えなかったし、ミホトは弟の手がかりを見つけるために聞き込みまわっていた。
 運命王は何もしていない。動く事はあっても、一人でボーっとしていることが多かった。少なくとも、セレンは運命王が何かをしている所を見たことがなかった。
(何をしてるにしても、自分から決まりごとを破る人じゃないでしょう)
 そう思ってセレンは彼女が何をしているかを突き止めようとはしなかった。したところで何になるというのもあるのだが。
 考え事をしていると意外と足は速く進んでいるもので、いつしか街門が見えるところまで来ていた。どうやら日が高いうちに街に入れそうだ。
 街門は顔パスで入れる。『歌姫』として有名人なので、門番も嬉しそうな顔をしていた。行き交う人の中で、挨拶をしてくる者には挨拶を返しておく。
 挨拶を返したりする中、例の男性を探すことも忘れない。自分の記憶だけが頼りだが、ヴィアテに似たあの雰囲気だけは見分ける自信があった。
 そう思ってあちこち見回している中、喪服を思わせる黒い法衣を着た少女とすれ違った。
「……?」
 見た目は普通の神官かシスターを思わせる少女で、見たこともない少女だった。だが何か引っかかる。自分と欲似た力を持つが、自分とは全く違う存在……。
 振り向いてみるも、もうすでに黒衣の少女はどこかに消えてしまって後姿も確認できなかった。
「……なんだったのかしら」
 ぽつりと出た言葉に答える者は、いない。

 とんとん

 ドアがノックされたので、カーミラが開ける。
「はい?」
 ドアの向こうにいたのは、カーミラは知らない人物だったがサバタにとっては良く知る人物だった。黒い法衣に身を包んだ清楚な少女。
 ――『歌姫』リリスがそこに立っていた。
「どうも、お久しぶりです」
 こっちに向かって頭を下げられたので、ついサバタも手を上げて返す。二人の関係がわからないカーミラは互いを見てきょとんとしていた。
 浮気など勘ぐられたらたまらない。サバタは視線でリリスに「カーミラに挨拶しろ」と言った。
 リリスの方もサバタの隣に立っているカーミラに対して興味深い視線を向けていたが、視線に促されて慌ててカーミラの方に頭を下げた。
「始めまして。私は『歌姫』のリリスです」
「あ、私はカーミラです」
 カーミラの方も頭を下げる。その様子を見て、サバタはリリスは『聖女』を名乗る気はないようだなと思った。
 魔道聖書に体を乗っ取られ、『精霊残華』事件でその体は崩壊する大聖堂と運命を共にした。それから彼女はずっと『聖女』リリスではなく、『歌姫』リリスとして生きてきたようだ。
 リリスは寝ているヴォートも気になったようだが、まだ起きてこないのに気づいてサバタの方に視線を移した。こっちもようやく本題に入れるので、少しだけほっとした。

「今、私は『唄女』を探しているんです」