PARTS・4

 リタの問いに、サバタは「ある程度はな」とはぐらかした。
「俺から答えを聞きたいか?」
 静かに首を横に振る。ここでサバタから答えを聞けば、おてんこさまの条件である「なるべく早く帰ってくる」事をあっさりクリアできる。が、ここで答えを聞くのは負けたような気がして嫌だった。
 負けず嫌いというより、自分のささやかなプライドを守るものだった。
「伯爵はああ見えて女好きだった。元々カーミラを蘇らせたのは、自分の女が欲しかったのが大きかった」
 サバタが唐突に話し出す。もしかして『答え』を言ってしまうのではないのか、とリタは冷や冷やする。
「俺が初めてカーミラに会ったのは、もう十年位前だ。
 小さい俺の手を引いてくれたのが、最初の記憶だった」
 もうサバタは誰も見ていなかった。その視線は遠いようで近く、近いように見えて遠かった。
「俺はあいつの全てを忘れない。忘れられない。
 ……大切なパーツは全部あいつが持っていった」

 小さな風が一つ吹く。
 リタはそれが、サバタを癒すカーミラの腕のように思えた。

 お互いを深く理解し、愛し合ったサバタとカーミラ。……いや、サバタは今も彼女を愛している。自分とジャンゴの関係とは大違いだ。
(私がまだ、自分のパーツを見つけてないもの)
 自分自身が分からないから、ジャンゴの欠けたものを埋めてあげようと思ってもそれが出来ない。ジャンゴに欠けたものを埋めてほしいと願っても、それが分からない。
 だから、自分を知ろうと思った。一人で旅することで、自分を見つめなおそうと思った。それが今回の旅の真の理由だった。
 こんな話をうかつに誰かにしたら、必ずジャンゴに伝わるだろう。その時、彼がどんな顔をするのか、リタは簡単に想像できた。真の理由を誰にも明かさなかったのはそのためだ。
 かつて、リタはザジに「ジャンゴのどこに惹かれたのか分からなくなった」と言った。その気持ちは未だに続いている。
 優しさ、太陽少年の名に相応しいほどの明るさ、決して諦めない前向きな態度…。確かにどれ一つとっても魅力的な少年だ。
 でも、本当はその魅力に惹かれてきたのではない、と心のどこかで言っている。
 なら何故?
「……お前ら、つくづく分からん関係だな」
 リタの思考を止めたのはサバタの呆れ声だった。
「寄っては離れ、離れては寄って。赤の他人のように離れてるかと思いきや、恋人同士じゃないかってくらいに近づきあう。一体なにがそうさせてる?」
「私から見れば、サバタさまとザジさんの関係こそ分からないです」
 今の自分たちの関係も微妙だが、サバタとザジの関係も微妙だった。喧嘩したり言い合っているのはしょっちゅう見るが、それが本当の関係には全然見えない。
 かといって、「喧嘩するほど仲が良い」の一言で片付けられそうなほど単純な仲には見えないのだ。
「俺とひまわりは、鏡のような存在だからな」
「鏡?」
 サバタの答えは比喩的で、どういう意味なのかはつかめなかった。
「闇は受け容れ、光は反射する。近づけば自分がよく分かるが、嫌なものまで分からせる。だから俺たちはあのままが一番いいんだ」
 それに俺はザジのように笑う方法を知らないからな、とサバタは付け加えた。
「ザジさんは、それが分かってるんですか?」
「さあ? 分かってるかもしれないし、もしかしたら恋愛関係になりたいと思っているかもしれない。…恋愛関係はごめんだがな」
 近づき過ぎれば、それだけ相手の嫌な部分が自分とシンクロするから。
 自分の嫌な部分を見せられて、不愉快でいられない人間はいまい。だからサバタとザジは一歩も動かないのだと、リタは理解した。
 自分の居場所、立つ位置を探して動き回る自分たちの関係と、相手を傷つけないために一歩も動かないサバタとザジの関係。似てないようでいて、結構似ている。

 一番の共通点は、安易な関係を望まないところか。

 転移結界の前で、二人は別れた。サバタはサン・ミゲルに帰るらしい。
 暗黒転移で消えた彼に手を振って、リタは目的地を目指す。

 サン・ミゲル。
 サバタが無言でドアを開けると、「お帰り」と弟の声が返ってきた。
 誰?とも聞かずに「お帰り」と返してくる。弟は結構鋭い奴だ。だから信用できる。
「リタに会った」
 居間のソファにどっかりと座り込むと、ジャンゴも向かい側に座った。本当は家族4人が座るべきだったソファは、今は兄弟2人だけが座っている。
「元気にしてた?」
 形式的な問いを投げかける弟の顔は、表面上ではどう考えているのか読み取れない。待たせる立場が待つ立場に変わり、その心境は複雑なのかもしれない。
「まあ、病気にはなってなかったな」
「よかった」
 リタの安否が分かり、ほっとした笑顔になるジャンゴ。その顔は、一ヶ月前とは少し違っていた。
「正直、待たされる立場がこんなに大変だなんて思わなかったよ」
 連絡したくても連絡できない。無事かどうかを知りたくても知れないこの状況、リタはよく我慢してるなぁとジャンゴは苦笑した。
「後でも追いかけるか? 『ずっと僕の側にいて』とか我侭言って」
「に、兄さんの馬鹿!」
 サバタの皮肉に、ジャンゴは予想以上の反応をした。顔を真っ赤にして、困ったような嬉しいようなその顔は、今までサバタが見たことの無い顔だった。
「……でもまあ、出かけるのは本当だけど」
 赤い顔のまま、ジャンゴは真剣な顔になった。
「何かあったのか?」
「イモータル反応。おてんこさまの太陽感に頼んなくてもよく分かるよ。はぐれイモータルの可能性が高いけど、明日から行く」
 そう言いながら、ジャンゴは愛剣となったグラムを鞘から抜いた。
 激戦を潜り抜けてきたはずのその剣は、未だに輝きを衰えさせない。ジャンゴの丁寧な手入れもあるのだろうが、“全き剣”の異名は伊達ではないということか。
「と言う事は、しばらく家は俺が守ることになるのか」
 わざと嫌々そうな声をだすと、ジャンゴは笑った。何だかんだ言って一人で本を読むのが好きなサバタ。ジャンゴが旅に出ることはもろ手を挙げて大喜びだ。
 ……ジャンゴが死に掛けることがあれば、そうは言っていられないが。
「ねえ」
 ジャンゴが笑いを収めて、サバタに聞く。

「リタの果物屋から、時たまイモータルの匂いがするんだけど、何か知ってる?」

 夜。
 日本で言う丑三つ時の頃。

 リタは何となく目が覚めてしまった。寝る前までけっこううるさかった虫の音が、今は全く聞こえない。

(そういえば、夜中に目が覚めることはよくあった)

 浅い眠りの場合、何かの衝撃で目が覚めることはよくある。ただリタの場合、深い眠りだったはずなのに、唐突に目が覚めるのだ。
 寒さや暑さ、その他の事で目が覚めるのではない。何となく目が覚めるのだ。
 そして一旦目が覚めると、朝まで眠れない。どんなに疲れていても、体が眠りを拒否するのだ。
 こういう時、リタは無理に眠ろうとせず、横になったままぼーっとする。気まぐれに星の数を数えたり、星座を探してみる。
(そういえば、ジャンゴさまとこういう風に夜を過ごしたことなんて無かったな)

 イストラカン事件の時、ジャンゴは太陽樹の根元で野宿したことはない。先へ先へと急ぐあまり、かなり無茶をしたらしい。ヘルを倒して太陽樹の下に来た時、なんと彼は3日起きなかった。
 その割には、気づけば布団の代わりに布がかけられてあったりと、夜中に来たことはかなりあったようである。これはただ単にジャンゴが人一倍の照れ屋で恥ずかしがりなのが原因だが。

 そんなことを思い出していると、急に笑いがこみ上げてきた。
(また、ああいう風に過ごせるといいな)
 ひとしきり笑うと、急に眠気が襲ってきた。
 珍しい、と思いながら、リタはその眠気に身を任せた。

 だから、彼女は気づかなかった。

 エスカティナの断末魔の悲鳴に。

 どこか自分に似たヴァンパイアが、空を飛んでいくのに。