PARTS・3

 リタをゆすって起こしたのは、同僚であり、イストラカン事件前まで一緒に行動していた少女・エスカティナだった。
「あ……」
「久しぶり。今まで連絡なかったけど、どうしてたの?」
「ええ、まあ」
 エスカティナの挨拶をはぐらかすリタ。イストラカン事件を知っているのなら、どうしてたのもへったくれもない。わざと言っているのだろうか?
 とりあえず空を見てみると、日がだいぶ動いている。どうやらかなり寝ていたようだ。当初の目的を思い出し、リタは慌てて起き上がった。
「もうこんな時間」
「え? どこか行くの? せっかく再会したんだからもっと話そうよ」
 エスカティナは残念そうな顔をした――表向きは。この同僚、見た目と中身が全く違う時があるのだ。真摯な顔にだまされて、何べん彼女の罪を背負う羽目になったか。
 とは言え、あくまでも悪気はなくコミュニケーションの一つとしての行動ゆえ、リタも今まで許してきたし、友達づきあいも長く続いたのだが…。
 今は本当に油断ならない、とリタは思った。なぜかは分からない。ただ、彼女の雰囲気が、その態度が、リタに警戒心を抱かせた。
 何とかここから離れる口実はないものか。
 無い知恵を絞って考えるが、その間にもエスカティナはばんばんリタを引き止めるえさをばら撒く。やれ最近はこっちの風当たりがきついとか、やれ最近はアンデッドの数が増えて大変だとか。
「そう言えばさぁ、あの太陽の町で太陽仔の一族の生き残りがいたんだって?
 あの伝説のヴァンパイア・ハンターの一人息子らしいけど」
 それは嘘だ。危うくリタはそう反論するところだった。
 紅のリンゴと月下美人マーニの元には二人の息子がいる。だが、世間ではサバタは“いない”存在とされ、ジャンゴのみが『リンゴの息子』とされていた。
“いない”存在とされたサバタがあまりにも可哀想だったが、その数奇な運命を世間に知られ、好奇の目にさらされるのはもっと可哀想だ。できるだけ隠したほうがいいとリタは思った。
 さて、リタの心境を知らないエスカティナの話は続く。
「その一人息子さん、結構小さいらしいよ。年のころは12~3ほどかな? 名前は確かジャンゴ。通称が『太陽少年』だって。かわいいよね」
 ジャンゴの名前を聞いて、リタの鼓動が少しだけ早くなった。こういう何も知らない人間が、知り合いの噂をするというのは少しだけ恥ずかしいものである。
 その微妙な変化に気づいたエスカティナは、リタの顔を覗き込んだ。
「何? もしかして知ってるの?」
「いえ、知りません」
 その言葉を乗せた時、舌がひりひりした。嘘を言ったことにひりひりしているのではなく、一時的だが彼との関係を否定したその言葉に心がひりひりしている。
(『関係』なんて言えるほどのものじゃないけど)
 それでも、彼のことを「知らない」と言うのは心が傷つく。それが自己防衛のための嘘ならなおさらだ。
(だいたい、友達から遠ざけるために、『友達』の嘘をつくなんて)
 正直、自分は何をやっているのだろうと思う。欠けた何かを探し当てて成長しようして、自分を甘やかしているのでは意味が無い。
 ジャンゴだったらこういう時、何を言ってごまかしただろう。
「名前だけだったら知ってる」? 「顔見知りなだけだよ」? もしかしたら今の彼だったら嘘すらつかずに話を閉められたかもしれない。
 ともあれ、これ以上ここにいたらますます自分を追い詰めそうになるかもしれない。リタは「また会ったらゆっくりね」と言って手を振った。
 エスカティナもそう言われると話を切らざるを得ない。まだ話し足りないせいでご機嫌斜めそうだが、友人が立ち上がってしまった以上、また座らせるのはマナー違反だ。
「どこ行くか知らないけど、気をつけてよ」
「私が強いって事、良く知ってるでしょ?」
 リタの返しにエスカティナはけらけら笑った。が、すぐに真剣な顔つきになってこう付け足した。

「イモータルってさ、自分の匂いをつけた子は、地の果てまでも追っかけて捕まえるような奴ばっかりだからね」

 太陽樹を離れ、数年前まで自分が住んでいた『神殿』に向かう途中、リタはずっとエスカティナの言葉について考えていた。
 伯爵はイモータルの眷属、ヴァンパイア・ロードだった。その伯爵が自分に目をつけた理由、それは昔自分と伯爵が出会っていたから――?
 いや、それは無いはずだ。あんな特徴的な男、一回会えば印象に残ってしまう。例え小さい頃でも、覚えていてもおかしくない。
 じゃあ伯爵は一体何で自分を捕らえたのだろう。自分のモノにそっくりな匂いをつけた子として私を捕らえたのだろうか。
 そこまで考えて、リタはあわてて自分の体の回りの匂いを嗅いでみた。しかし、普通の人間である彼女が、イモータルの匂いを理解できるわけが無かった。

 歩きに歩くと、太陽都市の真下――「空仰ぐ広場」まで来ていた。かつて潜入するために作られた、ソル属性の転移魔方陣は未だに残っている。
「珍しいな。お前がここに来るとは」
 唐突な声に振り向くと、サバタがそこにいた。今まで気配を感じなかったので、おそらく暗黒転移でここまで飛んできたのだろう。
「サバタさまこそ、どのような用件で?」
「……愚問だな…」
 珍しくどもった声に、リタは『用件』を察した。同時にこんな浅はかな質問をした自分を恥じた。慌てて頭を下げて失言を詫びた。
 サバタは気にしていないそぶりだったが、その態度が逆に触れてはならないことに触れてしまったことがよく分かる。だが、また謝れば今度こそ彼のプライドに傷がつくだろう。
「……ご一緒して、いいでしょうか?」
 代わりにリタは同行を申し出た。
 失言を帳消しにしようというわけではないが、何となく彼の『用件』は他人事で片付けたくないものだった。
「好きにしろ」
 サバタはそれを言い残して、転移魔方陣の中に入っていく。わざわざそれを使うということは同行を許可したという意味だと理解して、リタは後を追った。

 太陽都市。
 かつて太陽の一族が繁栄していた頃に作られたその都市は、時間と共に滅びの道を歩んでいる。その中を、サバタとリタは歩いていた。
 彼の後ろをついて歩いていると、ついついジャンゴと見間違える時がある。やはり彼らは双子の兄弟なのだとリタは改めて思う。
 サバタの足が止まった。
 あわせてリタも足を止める。前を見ると石を積み上げただけの粗末な墓があった。
 花を持ってこなかったので、代わりに手を合わせる。サバタはそれを見て、どこかに隠し持っていたらしい花を添えた。
「時たま、お前とカーミラを見間違える時がある」
 サバタがぼそりとつぶやく。
「まず、声が似てる」
 一つ指を立てる。
「それから、性格。思いつめるところがよく似てる」
 二つ目の言葉に、リタは苦笑いをした。
「あとは境遇だな」
 苦笑いが消えた。

「……私の事、知ってるんですか?」