PARTS・5

 翌日。
 早朝から歩き、リタはようやく目的地である「神殿」へとやってきた。そこは、リタが2年前まで暮らしていた場所でもあった。

 扉を叩こうとすると、誰かに呼び止められた。
 リタが声のほうを見ると、同僚だった。顔に見覚えがないので、最近来た新参者のようである。
「あの……」
「あ、貴方!」
 少女はリタの顔を見て、ほっとしたような困ったような顔になった。
「一体何があったんですか?」
 リタが尋ねると、少女は一転泣き出し始めた。
「え、エスカティナさんが……」

 話を聞いた時、リタの頭は真っ白になった。

 リタは巫女長室へと走った。
 走る中、頭に浮かぶのは一つの言葉だった。

 ――イモータルってさ、自分の匂いをつけた子は、地の果てまでも追っかけて捕まえるような奴ばっかりだからね

 今までずっと引っかかっていたその言葉。
 もしかして、エスカティナも自分の過去を知っていたのだろうか。だから口止めといわんばかりに殺されたのでは……?
 悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。もし、彼女の死が自分の過去と何か関係あるのなら、間接的に彼女を殺したのは自分――。
(私が彼女を殺した――)
 実際に手を下したのはイモータル(ヴァンパイア)であり、自分ではない。それが逆にリタの心を追い詰めた。
 もし自分に出会わなければ……、と思うといたたまれない気持ちでいっぱいになる。
 巫女長室の扉をいささか乱暴に開ける。部屋の中にいた者たちが、何事かと顔を上げた。その中の一人である壮齢の巫女が、彼女の存在に気づいた。
「リタ……?」
「おばあさま!」
 自分を育ててくれたその人の顔を見ると、リタは自分の感情を抑えきれなくなってしまった。涙が次々と溢れ、その場でうずくまる。
 周りの巫女達が騒ぎ出す中、巫女長――サリアは重い腰を上げてリタに近寄った。
「よしよし、よっぽど哀しかったんだね」
 サリアが頭をなでると、リタの嗚咽がますます激しくなる。様子を見ていた巫女達は、おぼろげにだが状況を察して一人また二人と部屋を出て行った。
 後に残るのはリタとサリアだけである。
「エスカティナのことだね?」
 リタはかすかにうなずく。
「…残念だけど、彼女はイモータルに目を付けられてしまった。それを知らなかった彼女は、お前の後をついて行ったんだよ。お前が心配でね」
「じゃあ、やっぱり私が…!」
 自分のせいで、彼女は死んでしまった。自分にとって良かれと思った行動が、友達の命を奪ってしまうなんて、とても考えられなかった。
「彼女が決めたことだよ。エスカティナはお前が心配だと思った。だから危険を承知で太陽樹の側から離れたんだ。誰もリタのせいだなんて思っていないよ」

 ――リタのせいなんかじゃない。僕が全部悪かったんだ。

 サリアの言葉は、夢の中で聞いたジャンゴの懺悔を思い出させた。
 あの喧嘩の時、彼はそう言って自分を許してくれた。身勝手だった自分を、許したのだ。許してもらったことで、リタはますます傷ついてしまったことに気づかないで。
「私は、誰かを傷つけることしか出来ません……」
 許してもらえるほど人に優しくできない。哀れみや同情は出来ても、本当に他人の気持ちになって悲しむことが出来ない。そんな自分が嫌になる。
 泣き続け、自分を責め続けるリタの頭をずっとなでるサリア。
(こういう性格は昔から変わってないね)
 前向きなようでいて、悲観症。強いようでいて弱い子。
 サリアにとってリタはそういう少女だった。生まれた時に両親と別れ、イモータルの気まぐれによって祖母を失っている。そんな過去が彼女を作っていた。
「お前が自分をどう思おうと、お前の問題だよ。でもね、後ろの子はお前をそんなに悪い子だなんて思っちゃいないよ」
 リタは涙を引っ込めて首をかしげた。後ろの子?
「入っておいで」
 サリアの声で、ドアが開いて一人入ってきた。
 ジャンゴだった。

 ジャンゴもイモータル反応を追って、おてんこさまと共にこの神殿まで来ていたらしい。
 情報集めと挨拶を兼ねて巫女長室の前に来たのだが、どうも入りづらかったらしい。さっきの言葉でようやく入ることが出来たわけだ。
「あの…」
「話は聞いてる。お前がガン・デル・ソルの継承者であり、太陽少年だね」
「はい。……今はソル・デ・バイスのほうがメインですけど」
「懐かしいね。うちらの先祖が作ったらしい魔法機だ」
 ジャンゴが話している中、リタは顔を真っ赤にしてサリアとジャンゴを交互に見ていた。泣いていたのを見られたと思うと、恥ずかしい。
「まあ、こういう時は若い者に任せるよ。ジャンゴだったね、リタをよろしく」
「「えっ!?」」
 よく分からない理論展開に、リタとジャンゴは目を白黒させた。おてんこさまは意味が分かったらしく、サリアの前に出てきて話を始めている。
 取り残された二人は顔を見合わせた。
「行こうか……」
「ええ……」
 もう涙は完全に引っ込んでいた。

 リタとジャンゴは外に出た。同僚達の好奇の視線がちょっとだけ痛いが、とりあえず無視する。
「兄さんから聞いたけど、元気みたいだね」
「ええ。おかげさまで」
 愛想笑いを返す。それからは何の会話も無く、二人はただ無言で歩いた。
 何を言えばいいのだろう?
 二人の心の中には、その疑問がどっかりと乗っていた。心無い言葉の恐ろしさは二人が良く知っている。だから、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
 先に口を開いたのはジャンゴだった。
「…リタが旅に出る前の日に、僕が何言ったか覚えてる? 絶対に無茶するなって言ったよね」
「ええ……」
 ジャンゴの足が止まる。
「もう一つ、約束できる?」
「え?」
 リタもつられて足を止めた。

「事が終わったらサン・ミゲルに帰ってきて。何があっても」

 振り向いて見たジャンゴの顔は、不安そのものだった。