――ねえ、どうして私にはパパとママがいないの?
小さい頃、リタは一緒に住んでいた祖母にそう聞いたことがある。
その時は「そのうちね」とはぐらかされた。それからリタが5歳ほどになる頃、祖母は太陽樹を見せてくれた。
『あの樹はね、リタのお父さんとお母さんなんだよ』
あれから5年以上は経つが、未だにリタはその時の言葉の意味が分からない。
リタは早朝、太陽樹の元に行った。
祖母と一緒に見た太陽樹は、伯爵の襲撃によりイストラカンに移され、今は新しい太陽樹が花を咲かせている。
太陽樹に手を当ててみると、今まで貯められた太陽の光とその力が脈々と息づいているのがよく分かる。
……同時に、この樹の元となったイモータルの波動もかすかに感じられた。確か、ドゥラスロールとか言ったか。
(私のお父さんとお母さんも、同じように太陽樹さまの元になったんだろうか)
だとしたら、一体何があったのだろう。
生まれたばかりの娘を一人にする決意を抱かせる“何か”が、その時あったのだろうか。
(私は、私自身をまだよく知らない)
心に小さい頃から引っかかっている“何か”。それが分かった時、自分の見えない部分が補われるはず。リタはそう信じていた。
ジャンゴは殻を取り払って、成長した。今度は自分の番だ。
――別に彼に合わせなくてもいいのに。
すぅすぅと乾いた風と共に、誰かの声が聞こえる。一ヶ月前に――ジャンゴとの中がこじれていた時には特に――よく聞いた声だった。
「合わせてなんかいません」
声を押し黙らせるように強く言い放つ。きっかけは確かにあの喧嘩だが、彼に合わせたつもりは全然ない。あくまで自分で決めたことだ。
もっと自分自身が分かっていれば、もっと彼の気持ちを理解して上げられたかもしれない。それが哀しくて、悔しかったのだ。
朝日はいつしか地平線を離れている。
リタは太陽樹に一度頭を下げてから、その場を離れた。
サン・ミゲルを出たリタは、まずイストラカンにある太陽樹に向かうことにした。あの樹は元はサン・ミゲルにあったもの。確実な手がかりはなくとも、何かはある。リタはそう確信していた。
伯爵にさらわれてイストラカンに来たので、リタは詳しい道筋はあまり知らない。おてんこさまから餞別代わりの地図を貰ったものの、正直上手く行けるかどうかは自信はない。
ジャンゴか誰かを付いて行かせようとしたおてんこさまの気持ちが、今頃になって痛いほど分かってしまった。が、今更回れ右するわけにはいかない。
「うん。行ってみれば分かる。明日もまた日は昇るし、いつも心に太陽を!」
ジャンゴと自分の口癖をつぶやきながら、リタは地図とにらめっこしながら進み始める。
前向きでいれば運は上がるもの。元々方向感覚は悪いほうではないのも幸いして、数時間後には霧の城近くの『出会いの道』まで来ていた。
かすかに見える霧の城は、住む者がいないということで静かに廃墟への道を歩んでいる。
「ジャンゴさまとおてんこさまはここで出会ったのね…」
『出会いの道』で運命の出会いを果たしたジャンゴとおてんこさま。ジャンゴにとって自分との出会いはどうだったのだろう、と考えようとして首を振る。
(いけない。これじゃ前と同じになってしまうかも)
ジャンゴがどう思っているかで悩んでいたら、前と同じ袋小路に迷ってしまう。それでは意味がない。
リタは地図をしまう。ここからはイストラカン。さまざまな地形がゆがんで共存している場所なのだ。油断しながら歩けるものではない。
血錆の館の隣を通れば、太陽樹はすぐそこだ。さすがにそこら辺は迷わずに行けた。
太陽樹はリタが離れる時とほとんど変わらずにいた。太陽の光を浴びて、ピンク色の花が咲き誇っている。
ただ、太陽プラントが丁寧に整備されているあたり、自分以外の誰かがここを守っているということだ。
一体誰が、と考えることはない。おそらくイストラカン浄化の話はかなり広がっているはず。リタがサン・ミゲルに帰った後に、別の巫女がここに来て太陽樹の世話をしているのだろう。
(……よくよく考えたら、大問題な事しでかしてるじゃない)
本来なら誰か別の巫女が来てから、場所を譲る形でサン・ミゲルに行けばよかったのに、ジャンゴ会いたさにすぐに飛び出したのだ。
恋は盲目、という言葉はあの時の自分によく似合うとリタは本気で思った。
(馬鹿だわ、私ってば)
もう自分の不祥事は仲間に知れ渡っているだろう。イモータルに捕まり、太陽樹をほったらかしにした最低の巫女――今はそう思われているはず。
最悪の場合、巫女の資格を剥奪されるかもしれない。
(そうなったら、もうみんなに合わせる顔がない)
例えみんなが許してくれても、自分が許せない。自分自身で居場所をなくしてしまう。
そうなればもうどうしていいのか分からない。
出かけの勢いはどこへやら、リタはすっかり意気消沈して座り込んでしまった。太陽樹の根元で不貞寝とばかりに寝転がる。
木漏れ日を浴びていると、昔の頃を色々と思い出してくる。いつしかリタはうとうとと眠っていた。
日が眩しい。嫌なくらいに眩しい。
日差しがきついと、喪服で歩くのが辛くなってくる。
(……あの日も、そのくらい晴れてた)
集まった大人たちは、それぞれいくつかのグループとなって色々と話し合っていた。あの人は老人だからだとか、残った孫娘はどうするんだとか、他にも色々。
(噂されるのが怖かった。まるで自分を責めてるみたいで)
そんな大人たちから逃げ出し、たどり着いたのは太陽樹だった。
(気がついたらそこで泣いていた。お葬式が終わるまでずっと)
――太陽樹さまは好き?
そう誰かが問いかけてきた。大好きだった祖母によく似た声の誰かが。
リタが素直にうなずくと、その誰かは頭をなでてくれた。
(だったら、私達の元にいらっしゃいって)
そうだ。
それから私は大地の巫女になるべく、ずっと学んできた。もう二度と大切なものを失いたくなくて、徒手空拳をこっそり覚えた。
それから……
「リタ! ねえリタってば!!」
誰かの声で、リタはようやく夢から覚めた。