PARTS・1

「……旅に出ると?」
「はい。サン・ミゲルの太陽樹さまも成木になられましたし、一度巫女長さまにご報告を」
 果物屋。
 珍しくおてんこさまとリタが長々と話し合っている。内容は今後のことらしい。
 エターナル騒動も一段落し、この間(『寂しい気持ち』参照)のグール大量襲撃の傷跡も癒えようとしている。
 平穏なこの時に、リタは旅に出ることに決めた。イストラカン事件から彼女はずっと太陽樹の世話で忙しく、なかなか暇が出来なかったのだ。
「ちょうどいい機会ですし」
 誕生日を迎えたことも言わなくては。
「それはそうだが…」
 おてんこさまは一人で行くことに躊躇しているようだ。リタが最強なのは知っているが、それでも一度彼女はイモータルにつかまっているのだ。
 心配するな、という方が無理である。
「ジャンゴと一緒に行ったほうがいいんじゃないのか? 仲直りしたんだろう?」
「いいんです。あの人に迷惑はかけられませんし」
 仲直りは出来たが、未だに二人の関係は「お友達」だ。……関係が「恋人」であっても、リタはジャンゴと共に行く気はなかったが。
 今回ばかりは、本当に誰にも迷惑をかけられなかった。

(私の問題なんです)

 リタは心の中でつぶやく。
 ジャンゴが前に自分の殻を壊して一つ成長したように、自分も欠けたモノを探して成長しなければならない。
 何のために? それはまだ分からない。

 夕方。
 早めに店を閉めたリタは、旅の支度を始めた。

 長い説得の末、渋々ではあるがおてんこさまは一人旅を認めた。
「早く帰ってくること」。これが条件である。まあ条件に出されなくとも、リタは用事が終わったらすぐに帰るつもりだ。
(その用事がいつ終わるかは分かりませんけどね)
 嘘は言っていないが、真実を語っていない。
 まるで詐欺のようなやり方に、リタは罪悪感を抱いた。

 とんとん

 ノックの音に反応し、ドアに飛びついた。
 リタが開ける前にドアが開く。
「あ、こんばんわ」
 ドアを開けたのはジャンゴだった。今までダンジョンに潜っていたらしく、真新しい擦り傷などが目立っている。
「ジャンゴさま!」
 リタはジャンゴを中に招いた。手当てしようと救急箱を出しかけるが、それより先にジャンゴが大地の実を手に取っていたので、こっそりとしまい直した。
 大地の実の代金を受け取りながら、リタは旅の支度を再開した。
「そういえばリタ、一人でどこか出かけるんだって?」
 おてんこさまから事情を聞いたらしい。ジャンゴが心配そうな顔でリタを見つめた。顔と目に、リタの心がどきりと鳴った。
「えっ、ええ。太陽樹さまのことで、巫女長さまにご報告しなくてはいけませんし」
 慌てて出した理屈に、ジャンゴは素直に納得した。
「そうか。大地の巫女ってリタだけじゃないんだね」
「そうですよ。この世紀末世界ですもの。太陽樹さまを守る役割を仰せつかった巫女は、私以外にもたくさんいます」
 ぼろが出ないように、上手く話を併せる。
 今出した理由は確かに理由の一つだが、本当の理由は別の所にある。誰かに――特にジャンゴに――知られるわけにはいかない。
 ジャンゴはリタの説明にふんふんと相槌を打っていたが、ふとあることに気づく。
「てことは、もしかしたら伯爵が捕まえた巫女がリタじゃない場合もあったんだ」
「そうですね…」
 リタもはじめて気づいたらしく、しみじみと相槌を打った。
 もし自分がジャンゴと出会っていなかったら――? その時は、太陽樹にその身をささげる一生を過ごしていたのだろうか。
 それとも、別の人との出会いで今とほとんど変わらない人生を過ごすのだろうか。それはそれで面白そうだったかもしれない、とリタは本気で思った。現実は、伯爵がリタを捕まえたので二人は出会ったのだが。
 しかし。
(でも、何故私だったのだろう?)
 リタは今でも疑問に思う。一人前と認められはしているが、まだ幼い自分をさらった理由が分からなかった。
 ただ『大地の巫女』という条件だったら、もっとそれらしいのがいたはず。襲撃時にサン・ミゲルにいた『大地の巫女』はリタだけじゃなかった。

(私である理由が、何かあったのかしら)

 リタの心の中に渦巻いているその疑問は、小さい頃からの『疑問』とつながり、今は欠けた何かとなっていた。

「ねえリタ、聞いてる?」
「えっ!?」
 どうやら自分の考えに没頭しすぎていたらしい。気がつくと、心配そうなジャンゴの顔がかなり近づいていた。
 急接近に顔に火がともり、ついついうつむいてしまう。それを見たジャンゴは「本当に一人で大丈夫?」ととうとう悲しそうな顔になった。
 慌てて笑顔でジャンゴの不安を取り除こうとする。
「大丈夫ですよ! 私が強いって事はジャンゴさまもご存知でしょう?」
「そりゃそうだけど……、リタ一回捕まった事あるじゃないか」
 おてんこさまと同じ心配をするジャンゴに、リタはついくすっと笑ってしまった。膨れ面になるジャンゴの鼻の頭を、つんと突っつく。
「油断はしません。最近はアンデッドも少ないですし、旅をするにはいい時期ですよ」
 リタの仕草に、今度はジャンゴの顔が赤くなる番だった。

「……絶対に無茶はしないでよ?」
 ジャンゴの心からの言葉に、リタは深くうなずいた。