ボクらの太陽 Another・Children・Encounter21「もう一度、エンカウント」

 オヴォミナムが去ってから、もう一時間は経つ。
 当然、逃げ出さないようにと監視は付けられ、シャレルは逃げたくても逃げ出せない状況下にあった。
 それでも人間の本能と言うのはあなどれないもので、こんな状況でも睡魔はきちんと彼女の精神を蝕み、器用にもシャレルは吊り下げられながらも眠ってしまっていた。

 

 

 

 一時間は経っただろうか。
 監視役すら寝ているシャレルを見て気を抜き始めた頃、音すら立てずに扉が開いた。慌てて監視役は武器を構えようとするが、開けた相手は鎌の一閃ですぐに打ち倒してしまう。
 よほど疲れがたまっていたのか、この騒ぎでもシャレルは目覚めない。来訪者は吊り下げられた彼女に近づき、そっと揺らした。
「ん、んん……」
 揺らされたことでようやく目が覚めたシャレルは、起こしてくれた相手を見てぎょっとしてしまう。
「え、エフェス!?」
 そう。自分を起こしてくれた相手は、あの赤い鎧の少年だった。
 前に解らないことを言って自分に襲い掛かってきたので、無防備な今を狙ってやって来たのか。そう思って身構えると、エフェスは鎌を大きく掲げた。
 一閃。
「うわっ! ……ん?」
 ……切られたのは、シャレルを拘束する鎖だった。一瞬宙に浮いたかと思うと、すぐに落ちて派手にしりもちをついてしまう。
 つい反射的に尻に手を当ててから、完全に鎖が切れていることに気づいた。
 思い出したようにじんじんと痺れてがちがちになる腕を押さえながら、シャレルはふらりと立ち上がった。屈み込んで見ていたエフェスも、つられて立ち上がる。
「…まあ、助けてくれてありがとう。エフェス」
 一応お礼を言うと、エフェスはにっこりと微笑む。その笑みは、フートでは見られることのない笑みだった。

「あちゃー、あの子が助けちゃったか」
 様子を見ていたブリュンヒルデは、エフェスがシャレルを助けたのを見て、頭に手をやった。
 助けることで近づこうと思っていたのだが、これでは出ることが出来ない。まだしばらくは影から支えるべきなのだろうか。
 それにしても、あのエフェスと言う少年は何者なのだろうか。
 イモータルに近い外見をしているが、その波動はイモータルとは微妙に異なっている。また、彼女を助ける理由もよく解らなかった。
 シャレルの様子を見るに、ただの仲間とは思えない。人間と共存しているイモータルとは、あまりにも毛色が違いすぎる。ほとんどが謎な少年だった。
 とりあえず、シャレルをここから出すのは彼に任せたほうがいいかもしれない。何を考えているのかは読めないが、少なくとも彼女がここから出るまでは力を貸してくれるだろう。
 ブリュンヒルデはそう考え、その場から離れる。シャレルがここから出る算段は付いたから、次はオヴォミナムの目的を把握しなくてはならない。
 オヴォミナムの目的は、シャレルの捕獲だけだとは思えない。ダークに従うイモータルとして、生命種を滅ぼす何らかの手段は用意してあるだろう。ここは彼のアジトだ。手がかりは必ずある。
 片っ端から探すのは面倒だが、この際仕方がない。ブリュンヒルデはオヴォミナムの気配を探り、彼がいるすぐ近くの部屋へと転移した。
 彼の元に行けば、すぐにニーベルンゲンが動いていることがバレてしまう。自分の存在には気づかれただろうが、エフェスの存在がいいかく乱材料になっているであろう今がチャンスなのだ。
 ブリュンヒルデが転移した部屋は、雑然と物が詰まれてある部屋だった。ぱっと見た目はガラクタが散らかっているだけの部屋だが、よくよく見るとそれら全ては何かの材料である。
「なーるほど、あの子の材料ってわけか。ホント、つくづく変態よね」
 ドレスの材料であるシルクを手に取り、何回目かわからないため息をつく。
 惚れた女性のためにここまでやる根性は認めたいが、『ここまで』やることには頭を抱えたい。女性の気持ちを考えないナルシストというのは、一番付き合いたくないタイプだ。
 どうやらここはシャレルのためだけに準備した材料を置く場所らしく、彼の目的に繋がる部屋ではないようだ。
「……シャレルが来た以上、そう簡単にもう一つの目的の場所には行かないか」
 ちょっと考えなしだったか。ブリュンヒルデは仕方なく、オヴォミナムの所に行かないように注意しながら、別の部屋を探索し始めた。
 下の階を調べて、少しだけ彼の計画がわかってきた。どうやら、原種の欠片と係わり合いがあるようだ。
「『原種の欠片についての報告書』? こんなのがあったなんて…」
 書斎で見つけたレポートに、ブリュンヒルデはちょっと目を見開いてしまう。それはタイトル通り、原種の欠片について調査したものをまとめたものだった。
 原種の欠片は存在するだけのもの。知能はなく、硬い封印が施されている。ブリュンヒルデが知っているのはそれだけだった。
 興味もあるので、じっくりと読んでみる事にした。このレポートは長い間何人ものイモータルの手によって作成されたらしく、字や文章が何回も大きく変わっている。
 最初にあるのは誕生についてで、これは完全に伝承などからの応用となっていた。そこらはブリュンヒルデも知っていることなので、ざっと流し読みする。
 ふとその目が留まったのは、「原種の欠片から何を造れるのか。またその効果は」という報告欄だった。
 原種の欠片から何かを「造る」。
 「作る」ではなく、「造る」。
 ブリュンヒルデの目を引いたのはそこだった。
 あれは確かに生命種の源に近い存在だが、いまさら何を造ろうと言うのか。そして出来たそれを何に使うつもりなのか。
 ふーむ、としばらく考えるが、思いつくものは何もない。追求は諦めて、もうしばらく読み進めてみることにした。
 このレポートは、どうやら直接原種の欠片に接触しての結果報告らしく、何体ものアンデッドや吸血人形を犠牲にしたと書かれてある。
『闇の力だけでは封印できない、と言うのは確からしい。奴らは我々の闇をあっさりと吸収しながら、決してその闇に浸ることはないのだ』
 そう書かれてある先に、目を引く一説があった。
『案外、原種の欠片は月の一族が大きく関係しているのかもしれない。全てを操り、導く力…それは全てをむさぼる原種の欠片と似ている部分もあるからだ』
(魔の一族が月の一族を滅ぼした理由、ってのはそこにあるのかしら)
 レポートを書いたイモータルに感心しながら、その先を読み進める。内容の濃さもあって、時間を忘れてつい読みふけってしまった。
 結局。
 ブリュンヒルデが塔から出たのは、シャレルたちが脱出して二時間後のことだった。

 何とか外に出ることに成功したシャレルは、おてんこさまと合流した。
「シャレル!!」
「無事だったか」
 おてんこさまが真っ先に駆け寄り、リッキーは目をこすりながらシャレルの元に駆け寄る。
「心配かけて悪かったね」
 照れ笑いしながら謝ると、二人はほっとため息をついた。心配していたのが、同時に今目の前にいるシャレルが偽者ではないかと疑っていたのだろう。
 まあ、あのオヴォミナムの事だ。自分そっくりの人形を差し向けて罠にはめる、なんてのも考えていそうではある。
 シャレルはこっそりとため息をついた。

 捕まってからの事を話すと、おてんこさまの眉はきりきりと上がり、リッキーは逆に眉根を寄せた。
 全く正反対の反応に少し興味を持ちながら、シャレルはエフェスの事もついで、と話した。
「あの迷い子が!?」
「迷い子?」
 エフェスのことを知らないリッキーが首をかしげる。ざっとかいつまんで説明すると、「ふむ」と興味深そうに顎をなでた。
 長い時を生きてきた彼も、そのエフェスについてはあまりよく解らないようだ。となると、彼はイモータルとは違う存在らしい。
 とりあえず彼のことは頭の片隅に追いやるとして、シャレルは強引に話をオヴォミナムの事に戻した。彼が失踪事件の犯人だと判明した。なら、彼を浄化しなくてはならない。
 イモータルの封印は、今は解かれているらしい。誰が解いたかはわからないが、攻め込むなら今がチャンスだ。
「オヴォミナムも、ボクがいなくなった事はもうわかってると思う。だから、混乱している今のうちに戻ったほうがいいよ」
「だが、お前の怪我は…」
「もう治ってるって」
 意中の相手が怪我をしているのは嫌だと思ったのか、戦いでのダメージはもうほとんどない。体の痺れなども、塔から抜け出すときにもう抜け切った。
 睡眠は充分と言うわけではないが、体力は回復している。攻め込むいいチャンスだ。
 元気を誇示するためにぶんぶんと手を振ってみせると、さすがにおてんこさまたちも納得したらしい。一瞬苦笑して、すぐに準備に取り掛かった。
 準備をしている途中、ふとシャレルはレビのことを思い出す。
 彼女はもうサン・ミゲルについたはずだ。だが、なぜか嫌な予感がする。何かがあったのではないか、と言う不安が胸の中から出て行ってくれなかった。
 オヴォミナムのターゲットは自分だった。だが、ダークの暗黒仔としてのターゲットにレビが入っていない、と言う保証はない。
 これから攻めに行くと言うのに、そんな後ろ向きな感情になってどうするとは思うが、一度芽生えた不安はそうそう消える事はない。シャレルは、ジャンゴとのリンクを繋いでみた。

 ――ん、どうしたんだ…?

 反応が遅いのは、本人に疲れがあるからか。
 こっちは元気ぴんぴんだが、相手の方はどうかは解らないんだなと変な事に感心しながら、シャレルはそっちの様子を聞く。
 しばしの沈黙の後、ジャンゴがゆっくりと口を開いた。

 ――兄さん…ああ、シャレルにとっては伯父だね。そのサバタが行方不明になったんだ。それで探してる。

「伯父さんが?」
 つい口に出してしまう。
 今、そのサバタの娘であるレビの心配をしていたところなのだ。ジャンゴの言葉で、何となく不安の理由が解った気がする。
 過去と今、二つの時代で同じ事が起きてるとは考えにくいが、少なくとも無関係で片付く問題ではないはず。
(姉様も、たぶん無事じゃない)
 おそらく、彼女もオヴォミナムの手に引っかかっているに違いない。奴は何も言っていなかったが、水面下で何らかの計画を立てているのだろう。
 こっちも一度つかまった事や、オヴォミナムのことを話してリンクを切った。
 予想以上に、事はやばいところまで進んでいるかもしれない。シャレルはガン・デル・ソルのグリップを握って窓から塔のある場所をにらんだ。

 ――『自分』がいらないなら、ちょうだい?

 いつか、誰かが言った声が響く。
 その時自分は確か、冗談じゃないと思った。
 でも、今になって考えてみると、確かにいらないのかもしれない。
 自分なんて解らないのだから。
 解らないものを、持っていたって意味がないはず……。

 虚空の中、二人の月下美人は彷徨う。

 

 ブリュンヒルデが読んだレポートは、オヴォミナムにとっては切り札の一つでもある。
 原種の欠片は、基本的に干渉は難しいが、手段さえあれば操る事が出来る。それは魔の一族である人形使いラタトスクが証明した事だ。
 彼は月下美人の力と己の特技で、月にいた破壊の獣ヴァナルガンドを操って見せた。それによる恐怖支配の野望はジャンゴに阻止されたが、「操れた」という事は大きな波紋を呼んだ。
 強大な力を持つ原種の欠片を完全に操る方法があれば、太陽仔など恐れるものではない。原種の欠片は死ぬ事はないのだから。
 数々のイモータルがその事に気づいてチャレンジしてみたが、結局は太陽仔排除のほうに気を取られて、その成果はロクなものではなかった。
 オヴォミナムはその失敗のエピソードも調べ上げ、シャレル捕縛と並行して原種の欠片の研究に取り組んでいた。必要とあらば、自分自身がその場所に赴いた事もある。
 執念に近いその研究の結果、彼はある理論に達した。

『原種の欠片のエッセンスを大量に取り入れた何かがあれば、原種の欠片を起こさずとも操れるのではないか』

 原種の欠片そのものを起こし、操るには、数々の前準備が必要であり、またそれが上手く功を労する可能性はきわめて低い。ヴァナルガンドはあくまで特別だったのだ。
 特長さえつかめば劣化コピーになるかもしれないが、強い力を持つ獣は作れる。だが相手は、存在するだけの生物。作り上げるのにも時間がかかった。
 そして今、それが八割がた完成した。
 存在するだけの生物なので、完成させるためには全ての要素を詰め込まなくてはならず、その制御には月下美人の力を要する事になったが、その月下美人も今は手の内にある。
 全ての要素は揃った。
 後は、目覚めさせるだけだ。
 原種の欠片のコピーとも言える、オヴォミナムの切り札。その名も「スレードゲルミル」と言う。

 ――原種の欠片のコピーを、かつて原種の欠片そのものだった男の娘に操らせるか。
    なら、少し劇に彩を与えるとしようか。

 誰かが嗤う声がする。
 そしてその声に反応して、誰かがひとつ手段を講じる。
 今はこうするしかない。自分にはあまりにも札がなさ過ぎる。
(まあ、何とかしてくれるだろう…)
 ふっとそう思う。
 彼らは自分がちょっと対抗策を与えただけで、ここまでやってくれたのだ。だから、今度も上手く動いてくれるはず。
 自分はそれを見守るだけだ。大義名分を掲げて。