ボクらの太陽 Another・Children・Encounter22「ネバーダイ」

 

 気がつくと、サバタは月の楽園にいた。
「馬鹿な!?」
 つい言葉になって出てしまう。あの後、なんとか体からわきあがる何かを抑えてゆっくり眠ったはずだ。暗黒転移を使った覚えはない。
 ヴァナルガンドに操られる前のあの夢とは違い、今は確かな現実感があった。つまり、本当にこの月の楽園に来てしまったと言う事だ。
「結局、因縁は断ち切れないと言う事か……!?」
 月に眠る破壊の獣と、最愛の女性。それが呼んだとするのなら、結局自分は過去に縛られるだけなのか。未来の娘を信じられずに、無駄な足掻きをした結果がこれだと言うのか。
「くそっっ!!」
 苛立ちのあまり、瓦礫を蹴り飛ばす。硬い瓦礫はそれでびくともしなかったが、少なくとも気は晴れた。
 とにかく、ここから脱出したほうがいい。だらだらととどまっていると、絶対にヴァナルガンドの思念に捕らわれてあの時の繰り返しだ。
 適当に道なき道を歩いていると、ふっと誰かの影が横切った気がする。
「……?」
 気になって視線で追うと、影は確かに存在し、どこかに導こうと立っている。
 影は見た事のない少女の姿をしている。自分の知り合いでもないし、幻影で見たレビとも全く違う。どちらかと言うと、雰囲気はカーミラに似ていた。
 おそらく罠だ。このままついて行けば、間違いなくヴァナルガンドの元に連れて行かれてそのパーツとさせられるだろう。
 サバタはその影に背を向け、まっすぐここから出られる道へと向かう。罠に引っかかってやるほどお人よしではないし、引っかかって得られるものは何もない。そう思っていた。
 だが。

 ――逃げるんだ。

 影の発した言葉に、サバタは振り向いた。
 彼女はまだ同じ場所にたたずんでいて、サバタがこっちに来るのを待っているようだ。

 ――もう一度、過去と同じ事をする事で、貴方は何かをつかもうとは思わない?

「笑わせるな」
 挑発の言葉を鼻で笑う。
 何を考えているかは知らないが、ほいほいとヴァナルガンドの元に行く気はまるっきりない。人を馬鹿にするのも大概にしろ、と怒鳴りつけてやりたくなった時。

 ――レビも、同じ目にあってるわよ。

 その一言で、完全に足が止まった。
 自分の娘も、同じようにヴァナルガンドのような絶対的存在に食われかけている。それはつまり、彼女も自分と同じ運命を歩かされていると言う事だ。
 一体誰が? 何のために?
 誰が自分とジャンゴに無理やりつながりを持たせ、その娘たちにも同じ運命を歩かせようとしているのか?
「運命……」
 サバタはぼそりとその言葉をつぶやいた。
 無理やりにでも強引に事を運ぼうとする者が、都合よくするためにつけた逃げの言葉。まさに今の自分たちの境遇にぴったりの言葉。
 その運命とやらに流され、結局また自分は……。
 サバタは、首を何度も横に振った。諦めと吹っ切れのある顔で、影のほうをにらむ。
「……ちっ、そこまで言うなら行ってやる」
 もう同じ言葉や同じ後悔で振り回されるのはまっぴらだ。例え同じことの繰り返しでも、自分が納得のできる事をして抗いたい。
 サバタは今来た道を引き返し、まっすぐにヴァナルガンドの元へと急いだ。

 太陽樹がざわめく。
 すべき事は終わった、と言わんばかりに、いくつもの葉を落とした。

「……ん?」
 いつの間にか寝ていたらしい。ブリュンヒルデはゆっくりと体を起こした。
 何故かがんがん痛む頭を叩きながら、さっきまでやっていた事を思い出す。自分は確か……。
(原種の欠片?)
 何故かそのキーワードが脳裏に浮かんだ。
 レポートの読みすぎなのかもしれないが、それだけではないような気がする。何かさっきその原種の欠片の鍵にさせられた誰かと、話していた気がした。
 暗黒少年サバタ……。
 かつて月光仔の血を色濃く受け継いだがために闇に堕とされ、闇と共に生きた先代の月下美人。強い力を持つゆえに、常に狙われたという宿命の双子の片割れ。
 しかし何故今になって、その名前を思い出したのだろう。情報に寄れば月下美人の座は今は空席となっていて、サバタの娘であるレビが候補に挙がっているはず。
 そのレビも今は失踪している。彼女と何か関連があるのだろうか。
「うーん…」
 ぽりぽりと髪をかいていると、ふとあることを思い出し、急いでレポートを取り出す。

『案外、原種の欠片は月の一族が大きく関係しているのかもしれない。全てを操り、導く力…それは全てをむさぼる原種の欠片と似ている部分もあるからだ』

「やられた…」
 ブリュンヒルデの顔に、一筋の冷や汗が流れる。
 レビやサバタとの関連は『月下美人』に集中している。つまり、彼女らをまた原種の欠片のパーツにするのもいるかもしれないのだ。
 そしてその企みを実行に移したのが、おそらくオヴォミナムだ。サバタのことを思い出したのは、ヴァナルガンドの後継者とされた事があったから。
 ヨルムンガンドをたたき起こすのか、それともそれから生まれた怪物を出すのか。そこまでは解らないが…。
「原種の欠片に気づいたみたいだね、ワルキューレ」
 唐突にかけられた声で、ようやくブリュンヒルデは周りが敵だらけだということに気がついた。自分のぼけっぷりを心の中で罵倒しながら、軍勢を引き連れたオヴォミナムの方を向く。
「これのおかげよ。いいレポート作ったわね」
「お褒めに預かり光栄。だけど、もうそのレポートは必要ない。ヨルムンガンド…スレードゲルミルはもう目覚めたからね」

 きしゃあああ……

 遠くで何かが鳴く声が聞こえる。
 おそらく、ヨルムンガンドのコピー――彼の言葉を借りるならスレードゲルミルか――が目覚めたのだろう。となると、レビはその制御コアとして取り込まれた。
 舌打ちして、ブリュンヒルデはその場から逃げ出した。オヴォミナムを倒したところで、レビが覚醒してスレードゲルミルが止まる可能性は低い。
(彼女を目覚めさせるとなると…鍵は二つ)
 父親のサバタと、従妹のシャレル=マリア。

「逃げちゃったか」
 転移して消えたブリュンヒルデを見て、オヴォミナムは仰々しくため息をつく。シャレルにも逃げられたし、今日は最悪だ。
「…でもまあ、実験には成功したしね。これでめでたく、ヨルムンガンドは僕の力になったわけだ」
 ヨルムンガンドにかけられた封印は弱っていたが、それでも封印を開放するほどではなかった。だが潜入は出来たので、そのエッセンスを盗んできたのだ。
 そして、目覚めたスレードゲルミルは取り込まれたレビをアンテナにして、自分のコントロール下にある。上手くいけば、オリジナルのヨルムンガンドを目覚めさせる事も出来るかもしれない。
 さすがにオリジナルまで操れるとは思えないが、目覚めた原種の欠片は本能に従って全てを破壊してくれる。自分は、それをどこかで見ていればいい。
 もちろん、その時は愛するシャレルも一緒だ。ふさわしい器に彼女の魂を入れた時、めでたく彼女と自分は結ばれる。シャレルも、自分の愛がわかってくれるはずだ。
「さて、動くとするかな」
 シャレルはここから出て探す事にしよう。何、どこにいたって彼女の事ならすぐにわかる。
 自分は、彼女を愛しているのだから。

 自分の名前。
 自分の力。
 自分の生い立ち。
 どれもが違う。それなのに、何故似せられる。
 何故全てが自分と弟に似るように設定される。
 似たものが続けば、自分はどうなる。
 自分の意思は、どこに行く?

 いまだに、月下美人は目覚められない…。

 

 その動きに、一番に気づいたのはリッキーだった。
「待て、シャレル!」
「ほえ?」
 ついとぼけた声で反応するが、リッキーの表情は崩れない。ずっとある一点を集中して見ていた。
 視線の先が気になるので、おてんこさまと一緒にそっちの方を見る。街からあまり離れているわけではないので、森林などの自然は全然見えないが…。
 ふと、ある一点で視点がとまった。リッキーと同じ場所である。
「…動いているのか?」
 おてんこさまが、この景色の違和感の正体をつかむ。確かに、立ち込めているのは砂煙だろうか。

 

 

 原種の欠片の復活をシャレルから聞いて、ジャンゴは急いで螺旋の塔まで走った。兄の行方は今も解らないが、今はそれどころではない。
 だが塔はいつもと変わらぬ安寧を保っており、とても原種の欠片の封印が解けたとは思えなかった。シャレルの時代で目覚めたのはヨルムンガンドらしいが、こっちでは違うようだ。
 となると、月にいるヴァナルガンドか。
 ジャンゴは急いでガレージに引き返して、バイクを引っ張り出す。月に行くには海賊島にある魔砲を使わないといけないからだ。
 バイクの状態を点検していると、扉が開いた。
 コーチかな、と思ったが、入ってきたのは見覚えのあるあの黒い少年だった。
「ダーイン!?」
 思わず剣を手にするが、よくよく見てみるとそのダーインは揺らぎがある。実体なのだろうが、なぜか現実味がなかった。
 もともと影の一族で影そのものの存在ではあるが、それにしてはあまりにも違和感がありすぎる。二度の浄化で、かなりのダメージを負ったのだろうが……。
 ジャンゴが戸惑っていると、ダーインは口を開いた。
『くっ…ふ、はは、ははは…。そういうことだったらしいな、ダークは……』
 口から漏れたのは余裕でも皮肉でもない。全てを悟り、自分の存在意義を知ってしまった者が持つ投げやりな態度が、そこにあった。
『僕も所詮は捨て駒…。しかも二回も同じような使い捨てだ……。まさに道化だな……。僕の君への想いすら、ダークは知っていたらしい……』
 何を言いたいのかは解らないが、ダーインはまたも利用されていたようである。結局、暗黒仔はすべからくダークの手駒以外の何物でもないらしい。
 哀れみはしない。もともと依存という名の愛をぶつけられ、そのためだけに父が犠牲となったのだ。当然の末路といえば、当然のことなのだ。
 こっちの感情がわかったのか、ダーインは悲しそうな顔をするがそれ以上何も言わない。あの時のように、醜いまでに生にこだわる事もしなかった。
『行け…月へ。そこに何がいるかは僕には解らないが、少なくともダークの企みの一つがあるんだろう。止められるかどうかは知らないけど、君は絶対行くしかない。サバタがいるからね…』
「なっ!?」
 ダーインの言葉に、ジャンゴは目を丸くしてしまった。
 何故彼がその事を知っているのかは解らないが、少なくともこの口ぶりからするに、月にサバタがいるのは確実だろう。という事は、ヴァナルガンド覚醒の可能性がある。
 バイクにまたがり、エンジンをふかそうとするが、その手をダーインに掴まれた。
「放せ…!」
『お兄さんの事になると目がマジになるね…。まあもう止める気はしない。ただ、僕の残った力を分け与えようと思ってね……』
 ダーインの姿が薄れていく。それと同時に、掴まれた手から彼の闇の力が流れ込んできた。
『かつてヨルムンガンドを封じた時、太陽と暗黒、そして月光の力を使ったと聞く。もしかしたら、この力も役に立つかもしれないよ……』
 ジャンゴに拒絶され、二度もダークに裏切られた今、もう世界の破滅などを望む気はないのだろう。まさに抜け殻となったダーインから力を受け取ると、ジャンゴはバイクを走らせた。
 彼に対して、かける言葉はない。このまま静かに滅びてくれ、と願うだけだった。

 スピードオーバーなまでにかっ飛ばしたため、魔砲の島にはたった一時間で着いた。
 急いで魔砲に乗り込み、月まで飛ぶ。
 サバタに何があったのか。それは解らないが、今は無事を祈るしかない。
(シャレルたちも、無事だといいけど……!)
 彼の願いは、太陽樹へと届いただろうか……?

 異変に気づいた三人は、急いでその場所を目指して走る。何が来るのか解らないが、まだ街に近くないこの場所で食い止めるしかない。
 その途中、シャレルは自分たち以外に近くを走っている何かに気づいた。
「ん!?」
 一番前を走っているからなのか、リッキーたちはそれに気づいていない。いつでもガン・デル・ソルを抜けるようにしていたが、それはいきなりやってきた。
 土をえぐる音と共に、衝撃波がシャレルを襲う。走っている途中だったので、バランスを崩しながらも何とか避けた。
 反撃、とガン・デル・ソルを撃つが、それは外れた。舌打ちしながら攻撃を続けようとするが。
「それはダメだよ、僕の愛しき人」
 正体を現したオヴォミナムの攻撃で、シャレルは大きく吹っ飛ぶ。
 ここまで騒いでも、なぜかおてんこさまたちは反応しない。リッキーすら前を見て走るだけで、後ろのシャレルには全然気を払っていなかった。
 一体どういうことだ、と思ったが、その疑問はすぐに解けた。
(結界か!)
 空気がにごったような、そんな違和感。これはオヴォミナムが張った強力な結界だ。だからリッキーたちは気づかずに、そのまま走り去ってしまった。
 どうやらこの結界は太陽の光も半分シャットアウトできるようで、オヴォミナムは自分を隠していたフードを少し上げた。
 ガン・デル・ソルを収め、剣を抜き放つ。太陽の力は半分しか届いていないが、それでも十分戦えるはずだ。
 オヴォミナムはすっかり応戦体制のシャレルを見て呆れたように肩をすくめるが、だっとすぐにこっちに向かってくる。隠された手に何かあると踏み、その手を引き出そうと剣を突き出した。
 霊力ではなく太陽の力がこもった一撃は、どんぴしゃではないが、しっかりと相手に決まる。血が吹き出ないのは、やはりアンデッドに近い存在だからか。
 シャレルから一撃を食らったオヴォミナムは、外に出している指をぱちんと鳴らして影から武器を射出させる。普通のソードや黒い手、衝撃波、そのタイプも様々だ。
 ひょいひょい飛び跳ねる事で影の面積を縮めて、攻撃の回数を減らすシャレル。その間、オヴォミナムに近づいては彼に攻撃を入れるのを忘れない。
 オヴォミナムは余裕の笑みでそれらをかわしていくが、やがて攻撃が当たっていく度に顔をゆがめ始めてきた。何せ太陽の力と霊力、二つの力で攻撃されているのだから、ダメージも相当のものだろう。
「止めだ!」
 半端ではあるが今まで得てきた太陽の力を全て剣にこめ、その一撃を食らわそうとするが。

「はい、読み通り」

 哄笑と共に膨れ上がった闇のフィールドによって、その一撃は弾き飛ばされた。
 カウンターを取られ、身動きできないほどのダメージを受けるシャレル。そのシャレルに、オヴォミナムは近づいた。
 身体を起こされ、顔と顔が怖いくらいに近づきあう。
「何、する気だよ…!」
 せめてもの抵抗に声を張り上げようとするが、ダメージが声量を奪って上手くいかない。その間にも、自分とオヴォミナムの距離は近づいていく。
「なあに、痛くはないよ。でもちょっと苦しいかもね」
 その一言の後に、腹に何かが注入された。

 絶叫が後ろから聞こえ、さすがにおてんこさまたちも後ろで何か起きているのを察した。
「何事だ!?」
 おてんこさまが叫ぶのと同時に、箱が大きく開くような開放感と共に、一人の男が姿を現す。魔術師然とした、蟲惑的な魅力を持つ男。
 瞬時にイモータルだと察した。だが、そのイモータルの隣に立つ少女は……。
 赤と緑の瞳を持ち、女王蜂のような鋭い容貌の少女は。
「シャレル!?」
 髪の色も違ってはいたが、確かに彼女はシャレルだった。おてんこさまは知らないが、ヴァンパイアの血を持つジャンゴの娘であるシャレルのもう一つの姿、フォーリンメサイア。
『堕ちた救世主』の名を持つこのヴァンパイアは、戦闘力こそすさまじいが、その性格は残忍でシャレルの面影はほとんどない。それゆえ、彼女が封印していた隠し玉である。
 オヴォミナムはそれを知っていた。だから、彼女を自分に近づけるのと同時に、スレードゲルミルを抑えようとするリッキーたちの足止めとして目覚めさせたのだ。
 おてんこさまが恐る恐る近づこうとするが、それより先にシャレルが動く。地を蹴り、グローブに隠されていた鋭い針で彼を刺そうとする。
「待て!」
 武器に気づいたリッキーが錫杖を振りかざして、衝撃波を撃った。ちょうどシャレルとおてんこさまの間に着弾し、その距離は大きく離れた。
 企みが外れたシャレルは舌打ちし、その場で大きくターンして次の攻撃をしてくる。動きは鮮やかで、猛々しいダークジャンゴとは大違いだ。
 戦う術のないおてんこさまはさっと消え、残るはリッキーだけになる。と言っても、リッキーもシャレルと戦えるほど戦闘術に長けてはいない。
「おおおっ!?」
 こっちの反応よりも早く、シャレルが攻撃してくる。空気を切り裂くほどの回し蹴りに、リッキーは本当に肝が冷えた。
(どうする? このままでは本当にシャレルに殺されてしまう!)
 いかな精霊の一族とは言えど、肉体の死は避ける事が出来ない。そして今のシャレルには、自分を死に追いやる力を持っているのだ。
 リッキーはぐっと錫杖を持つ手に力をこめ、オヴォミナムは自分の予想通りに動いてくれるシャレルを見て微笑む。
 ――と、その空間に割り込む者がいた。

「ちょっとその戦い、ストップ!」

 一陣の風が吹いたかと思うと、その風が人の形を成す。
 緑のドレス(のようにリッキーは思えた)を着た、ペイルグリーンの長髪の少女。
 オヴォミナムはその少女を見て微笑みを消した。
「……ブリュンヒルデ」
「はい、その通り」
 少女――ワルキューレ・ブリュンヒルデはにっこりと笑った。