ボクらの太陽 Another・Children・Encounter20「I need you…」

 かすかに空気が動く音で、眼が覚めた。
「ん、んん……」
 目をこすろうとしたが、手首が鈍く痛むだけで手は全然動かない。一体どうなってるんだと思いながら目を開けると、見慣れない景色が広がっていた。
「え!? ええ!?」
 慌てて回りを確認しようとするが、体は前のめりになるだけでさっきと同じように全然動いてくれない。一体どうなってるんだ、と落ち着いて見回すと、自分は吊るされている事にようやく気がついた。
 縛り上げられた腕から吊るされているので、ぶらぶらと揺れることはできるが、それで事態が好転できるほど都合のよい部屋の間取りではない。そもそも暗くて何も見えない。
 武器は手元にない。衣服やマフラーに傷はなし。乱暴された形跡もないようだ。何かを調べられた形跡もない。
 窓がないので、今の時間も確認できない。気絶してから一体、どのくらい時間が過ぎたのだろう。眠気がないので深夜と言うわけではなさそうだが。
 それにしても、何から何までまるっきりわからない。自分はあそこで倒れてから、誘拐されたのだろうか。
 囮のつもりで行動したのだから、ここから犯人やその目的などを調べたいのだが、こう何も見えない何もわからない状況だと何をすればいいのかわからない。
「……おてんこさまがいればなぁ」
 ついボヤキが口に出た。
 することが何も思いつかないので適当にいろんなことを考えていると、急に父のことが不安になってきた。
 誘拐犯を追う前に少しだけ話してくれた「原種の欠片」のこと。サン・ミゲルと月の不安定な封印。父はそれを恐れていた。
 サン・ミゲルには先に従姉が帰ったが、彼女は「原種の欠片」のことを知っているのだろうか。知っていたとしても、封印のことまで頭が回っているか。
 自分に比べてしっかりした性格ではあるが、肝心なところで抜けてる従姉だ。ドジを踏んで、イモータルの手に落ちている可能性もある。
(自分も人の事言えないけどね)
 囮として行動したのはいいが、いざ捕まってみて何の行動も起こせない辺り、自分も従姉のことはあまり心配できないかもしれない。シャレルはこっそりため息をついた。
 と。暗がりが揺らめいた気がする。
 シャレルが目を凝らそうとした時、その辺りからぼっと明かりがついた。暗闇に慣れていた目が、急な明かりで少し焼かれてしまった。
 瞬きして視界を回復させていると、こつこつと靴の音が聞こえてきた。
「やぁ、僕は冷血参謀オヴォミナム。ようこそ、僕の太陽の鳥」
 男――オヴォミナムがにやりと笑う。
 その笑いに、シャレルは背筋が寒くなった。

 

 

 

「太陽の鳥?」
 冷や汗を我慢して問いかけると、オヴォミナムはシャレルの顎をつかんで引き寄せた。
「君のことだよ。太陽に祝福された僕の美しい鳥、マリアの娘シャレル」
 急接近する顔と顔。それでようやく、シャレルは相手の容姿をよく観察することができた。白い肌、白銀の髪、整った顔立ちと、紛れもなく絶世の美少年ではある。
 だがその顔に浮かぶ笑みは、上から見下ろしただけの好意からなる笑みだった。全ては自分の筋書き通りに事が運ぶ。そう信じた目と、見下した笑み。シャレルはぞっとした。
 思いっきり蹴りを入れたいが、それを予測してかオヴォミナムは左手でしっかりと押さえている。細い手から想像できないほどの圧力で、こっちの足を固定していた。
 ……ふと、とんでもない考えが頭に浮かんだ。
「もしかして、失踪事件ってボクを誘うために起こしたわけじゃないよね?」
 シャレルの二回目の問いに、オヴォミナムは満面の笑顔を見せた。それだけで、シャレルは事の真相を読んでしまう。
 オヴォミナムは自分を捕まえるために、片っ端から同年代の少女をさらったのだ。その少女たちの行方ははっきりとはしていないが、彼の様子からするにもうこの世にはいない。
 真相がはっきりした以上、彼をそのまま放っておくわけには行かない。失踪事件の犯人であり、自分が倒すべきイモータルなのだ。
 感情はそのまま素直に表情や目に宿ったらしく、オヴォミナムは大げさに手を振って自分から離れた。
「おお、怖い怖い。でもその顔もなかなか素敵じゃないか」
「嬉しくない!」
 ストレートに拒絶すると、オヴォミナムはひょいっと肩をすくめる。
「それでもいいさ。今はそうでも、やがては僕の愛に応えるようになる」
 そんなわけあるかい、と言おうとしたが、それより先にオヴォミナムが手を叩いて何かを呼んだ。すぐにさっと闇を掻き分けて、白い何かが現れる。
 目を凝らす必要もなく、その正体はわかった。それは培養カプセルだ。
 白い筒の中で、一人の少女の型が無表情のまま眠っている。その少女は――恐ろしいまでにシャレルに似ていた。
 カプセルに向けていた視線をオヴォミナムの方を向くと、彼はまたあの笑みで答える。
「綺麗だろう? 君の新しい体として用意した『器』さ。その体の中に眠る力を支え、強めることのできる素晴らしいモノだよ」
 どういう技術で出来上がったのかは知らないが、材料だけは瞬時に察した。
「……そういう事か」
「そういう事さ」
 怒りで視界が真っ赤に染まる。
 いつ自分を見初めたのかは知らないが、彼は自分を手に入れるためだけに何人もの人間を犠牲にしてきたのだ。しかも、自分と同じぐらいの年の少女たちばかりを。
 視界までぐらぐらしてきたが、ここで怒りに任せるのはよくない。いっそヴァンパイアになって切り裂いてやろうか、とは思うが、相手は自分がヴァンパイアになれることを知っているはずだ。
 とにかく落ち着け、シャレル。相手の挑発にだけは乗るな。
 相手をにらみながらも、シャレルはとにかく自制に努め続けた。

 翌朝、サバタは行方不明になっていた。
 一体どこへ、と思う反面、やっぱりと思いながら、ジャンゴは砂漠の遺跡に向かう。ダーイン復活の手がかりを、ここから得ようと思ったのだ。
 娘とのリンクはなぜか切れている。あっちから切っているにしても、朝七時になっても回復しないのはなにかあったと思うべきだろう。
 未来での指針になることが、この時代にあればいいが。
 リタの容態も気になるし、自然とジャンゴの足は急ぎ足になった。砂漠もほとんど補給なしで越え、封印の間へと急ぐ。
「やっぱり…」
 ジャンゴの予想を裏切らず、楔にはやはり異常があった。
 割れている、とか取れているというわけではないが、その楔の色が少し変化している。部屋と調和した色だったのが、漆黒に染まっていた。
 本人も言っていた様に理由はわからないが、何らかの形で精神だけが復活し、その器にリタを選んだのだろう。心の隙を付いて操ったり取り付いたりするのは、イモータルの十八番技だ。
 そのダーインも不安定な復活だったからか、リタの捨て身の一撃でまた闇へと帰った。後は、原種の欠片の封印を強化する方法があれば…。
 ここまで考えて、ジャンゴは太陽樹の事を思い出した。
 娘とのリンクは切れたが、太陽樹同士のリンクは切れていないかもしれない。何らかの形で接触することが出来れば、少しはこの状況も好転するだろう。
 ジャンゴは変色した楔をしばらく放っておくことにして、太陽樹の元へと急いだ。

 オヴォミナムは自分の魔力を使って塔を作り、そこでさまざまな策を立てている。
 イモータルの封印がかけられているので、ギルドのエージェントは入りたくても入れない状況で、結局はそのまま放置するしかなかった。
 その塔の前に、一人の少女が立った。あのワルキューレ・ブリュンヒルデである。
「ま、お約束の封印よねぇ。でもよくもまあこんなに頑丈にしたこと」
 ブリュンヒルデは呆れたようにため息をつくと、こんこんと叩いて封印を解く。同じイモータルなので、面倒な手順を踏まずに封印を解けるのだ。
 そう、彼女はイモータルだった。だが、彼女は自分の主と同じようにダークに従う気も、人間と戦う気も全然ない。
 死や魔、影の一族には存在自体を黙殺され、夜の一族からは見向きもされていない、イモータルのはぐれ一族。それがブリュンヒルデ属する「冥の一族」だった。
 隠者ニーベルンゲンを長とし、それを父主と仰ぐ少女たち「ワルキューレ」。ブリュンヒルデはそのワルキューレの一番手であり、ニーベルンゲンの力を色濃く受けていた。
 長い時を父主と共に生きてきた彼女は、生と死についてそれほど深く考えたことはなかった。どのような生物も、生きる時は生きるし、死ぬ時は死ぬ。ただそれだけだ。
 重要なのは、その死を迎える瞬間にどう思うかだ。苦しみだけでなく、満足を感じられるのなら、それが一番なのではないのだろうか。
 不死者が人を嘲笑い、「死を超越した」と言うのをいつもブリュンヒルデは冷めた目で見ている。人間と死に方が違うだけで、彼らもまた生と死から逃げられるわけではない。
 人を嘲笑いながらも、消える瞬間は人よりも醜く生にすがり付こうと足掻くイモータルを、彼女は何人も見てきた。
 ニーベルンゲンもまた多くの不死者とは違い、不死者と生者に付いての違いはあまり無いと思っている。だから彼は、イモータルの一族とは遠く離れた所で仲間と共にひっそりと過ごしていたのだ。
 その彼が動いた理由。それは独自のルートで手に入れた、「生者、死者、不死者」と「ダークの直の降臨」という情報だった。
 さすがにここまできて、無関係を貫くわけには行かない。人間の力になる気は毛頭ないが、だからと言っていまさらイモータルの方に付く気もなかった。
 そんな中、マリアの娘シャレルの噂が飛び込み、ニーベルンゲンを大きく動かすことになった。今は彼女の力となることが、ブリュンヒルデの仕事だ。
 ……とはいえ、ブリュンヒルデ自身、シャレルに興味がないわけではない。主を動かしたのは何なのか、そしてそれは世界や自分たちにとってどう動くのか。興味津々である。
 だからシャレルが行方不明となったことを知った今、その彼女を救おうとこうして乗り込んできたのだ。
 さて。
 塔の中に入ったブリュンヒルデは、すぐにシャレルの波動を探り始める。この中にいる人間はおそらく彼女だけなので、探索はかなり楽だ。
 およそ一分もかからずに、彼女らしき波動を見つけることができた。同時に、彼女の近くにいるイモータルの波動も察し、大きくため息をつく。
「影の一族ね……。ダーインと同じで、ホント太陽の仔には目がないこと」
 ダーインが太陽仔のリンゴとジャンゴを狙っていたのは、冥の一族の間でも有名な話である。そのダーインと同じ遺志を持つオヴォミナムも、同じように太陽仔を狙ったようだ。
 そのままシャレルがオヴォミナムの「花嫁」にされるのは、あらゆる意味で避けたい。ブリュンヒルデはその勢いで、彼女らが捕まっている場所へと飛ぼうとしたが。

 視界の端に、赤い影が横切った。

「?」
 この塔に人間でも入ったか、と思ったが、人間の気配はシャレル以外ない。だが、イモータルにしては波動が特質過ぎる。
 何となく気になって、ブリュンヒルデは赤い影の後を尾け始めた。