ボクらの太陽 Another・Children・Encounter8「ブラックキャッスル」

 太陽都市直通の魔方陣と同じく、ここの魔方陣も誰かに荒らされる事なく残っていた。
 封印のためのキーも全て解き、シャレルたちはすぐに暗黒城に乗り込んだ。
 黒き城は、三度目の血潮に染まる。最早、死せる者に安らぎを、という言葉はただの気休めへと変わっていた。所詮、過去の人の意思は今の人の意思にかき消されるモノなのかもしれない。

 

 降り立った場所は地下ではなく、城の入り口だった。どうやら魔砲使用時と魔方陣使用時では、降り立つ場所が最初から異なっているようだ。
 とりあえず最初から上に行けるようになっているので、シャレルたちはまっすぐ上を目指す。おてんこさまがついているので、道に迷ったりトラップに引っかかったりする事なく進めそうだ。
 先を急ぐ中、シャレルは封印キーであった四つのアンデッドダンジョンで戦ったアンデッドアーマーと吸血人形について考えていた。
 あのダンジョンで戦った敵はこのイストラカンで戦ったモノとは全く違っていた。人格や鎧の形とかもあるが、一番は彼らから発せられた気配だ。
 死とはまた違う、太陽と反する気配。どちらかというと、太陽を消し去るのではなく太陽を取り込もうとする、黒い気配。そんなものが彼らにはあった。
(別のイモータルが力を貸した?)
 人手不足に陥ったイモータルに、別の一族のイモータルが手を貸したのだろうが、それにしては奮発しすぎているような気がする。
 元々小競り合いをし続けているらしいイモータルが手を組んだのも驚きだったのだが、きちんと協力体制を敷いているのにも驚いた。彼らは足を引っ張り合うと思っていたのに。
 となると、この先はかなり強い敵が待っているかもしれない。今までずっと勝ってきたのだが、負けることもあるかもしれないのだ。
 一応、脱出のための転移の葉は用意してある。死にかけたらこれを使って一時退却するしかない。時間をかければかけるほど、色々と不都合が起きるが…。
(命あっての物種とも言うし…)
 おてんこさまも怒りはしないだろう。まあ一時退却だなんて、しなければしないで御の字なのだが。
「シャレル?」
 テンポが遅くなってたのか、おてんこさまが自分の方を向いた。ここでのんびりしている理由はない。シャレルは足を速めて先に進むことに集中した。しかし…。
 アンデッドを切り捨て、トラップは軽々とクリアしたが、パズルで見事足止めを食らった。ヒントはちゃんとあったが、シャレルの頭が上手くついていかなかったのだ。
 父のジャンゴもパズルには苦労したとおてんこさまが励ますが、何となくしょんぼりとした気持ちでシャレルは先を進む。
 そして、十二階。
 かつて自分の父のジャンゴと、その伯父サバタが激闘を繰り広げた戦士の間に、シャレルとおてんこさまはやって来た。

 ジャンゴから未来の可能性を聞き、サバタも独自に行動を開始していた。
 未来というのは常に不安定で、たった一つの行動が大きな波となって全てを狂わせることも稀ではない。少なくとも、今の行動一つで全てが変えられるのをサバタはよく知っていた。
(例えば、俺の代わりにジャンゴが連れさらわれていたら…)
 ヘル――ダークはどちらが月光仔の血を色濃く継いで生まれたかを正しく把握していただろうが、もしあの時さらわれていたのがジャンゴなら、また全ては大きく変わっただろう。
 たかが一つ。されど一つ。その一つが大きな波紋を生み、歪み、そして大きな流れを作り上げていく。その流れの中に、いくつもの出会いと別れがある。
 出会いと別れ全てに意味があるとは思えないが、意味のある出会いこそ「運命の出会い」というものなのだろう。少なくとも、自分は二回それを体験した。
 同じ血を持つ魂の半身たる弟と、自分の魂の形を確立させてくれた嘆きの魔女。
 彼らの出会いなくして、自分の存在はなかった。己の全てを投げ出してでも、守りたいと思える大切な二人。

 ――そのために、例えば何をする?

「なっ!?」
 唐突に頭に直接届いた声に、サバタは過敏に反応してしまった。
 聞いたこともない声なので最初はイモータルかと思ったのだが、それとは全く違った感じがある。むしろ、それらに敵対する暖かい感覚……。
 そこでようやく、今自分が太陽樹の近くにいることに気づいた。色々考え事をしながら歩いていたので、どこを歩いていたのかまでは気が回らなかった。
 導かれるように太陽樹の元に行くと、枯れ始めている樹がサバタを待っていた。さすがにこの異変にはサバタも驚き、慌てて近寄る。
 手を触れると、さっきサバタの頭の中に聞こえた声がまた届いてくる。

 ――お前は、守りたい者のために何をする? 守りたい者が増えたら、どうする?

 一体何者だとかの質問よりも先に、サバタは問われた言葉に考え込んでしまった。
 自分は、守りたい者のために何をしてやれるのか。守りたい者が増えてしまったら、自分はどうすることが出来るのか。
(こういう時、ジャンゴだったら即座に答えられたんだろうな)
 ジャンゴが羨ましく思える。弟の自分の感情をストレートに出せるところは、サバタにとっては眩しい一面でもあった。
 長い沈黙の後、何とか自分らしい言葉を見つけたサバタはあえて口に出して言う。
「俺は、戦うだけだ」
 太陽樹が、笑った気がした。

 交錯する時間。
 思いは過去から放たれ、今を越え、未来に繋がれる。
 それは生きている者なら誰でも知っている事実だ。

 気がつくと、自分は暗黒城にいた。
「なっ……!?」
 自分で飛んできた記憶もないのに、見覚えのある光景にレビは面食らってしまう。
(そうか、父上の記憶か)
 月下美人になるために修行の一つとして、父親の記憶とリンクしたことがある。簡単な魂の共鳴として、レビは父親の過去をのぞき見たのだ。
 やった事こそ正しかったのかもしれないが、記憶を見るという事はやはりかなりの苦痛を背負った。父はそれを「優しすぎる」と叱咤したが。
 それにしても、何故ここに飛んだのだろう。
 元々暗黒城には行くつもりだったが、こんなに早く行くはずではなかった。太陽都市で調べ物をして、それから暗黒城へと乗り込むつもりだったのだ。
 妹がそこにいるイモータルを倒してから、というわけではない。ただ調べ物をしていると、必然的に彼女とペースがあわなくなってしまうのだ。
 記憶をひっくり返しても、太陽都市で途切れている。ここまで歩いてきた記憶も無ければ、暗黒転移を使った覚えも無い。
(確か、太陽都市で調べ物をしようとして、それから…)
 レビの脳裏に、あの黒い少年が横切った。
「フート?」
 呼びかけてみても、彼の声は聞こえない。気配からして感じられないのだから当然といえば当然だが。
 仕方ないのでここにいる原因を突き止めるより先に、彼を探しに行こうとする。その時。

 ずっ

「っ!!」
 背中に、何かを植えつけられたような痛みを感じた。
 慌てて振り向くが、自分に何かを植え付けた者はすぐに消え去ってしまう。すぐに背中に植えつけられたものを取り除こうと力を集中させるが。

 ずぐん

 鼓動音。
 急にずっしりと何かのしかかったような重みを感じて、レビは膝をついてしまう。立ち上がろうとしても、力が背中から出てこようとするものに全部奪われ、指先一つ動くことができなかった。
「がっ……ぐ、うぅぅぁああああっっ!!!」
 凄まじい脱力感と割れるような痛みが、レビの口から苦痛の呻きを搾り出させる。一体どういうものなのかは解らないが、少なくとも出てきていいものとは思えなかった。
 視界が歪み、気が遠くなるのを何とか踏ん張って耐える。ここで意識を失ったら、何がどうなるか解らない。だが。
 何かが出ると思った瞬間、自分の背中にのしかかっていた何かが急に消えた。
「……え?」
 脱力感も苦痛も、今はない。
 何だったんだろうと思いながらもゆっくりと立ち上がる。一瞬めまいが襲ったが、それはいきなり立ち上がったことに対してのもので、別に異常はなかった。
 身体は軽い。それどころか、空も飛べるんじゃないかというくらいに力がみなぎっている。――怖いくらいに。
「うっ……」
 溢れ出るどころか自分の体を突き破りそうなほどの力の奔流に、レビの意識が押し流されそうになる。
 身体を丸めて自我意識を保とうとするが、力の流れがあまりにも激しすぎて、あっという間に自分の意思は流れの中に消え果てた。
 倒れる瞬間、レビは鼓動音が大きくなっているのを確かに聞いた。

 ばたっとレビが倒れたのを見て、一人の少年が姿を現す。
 扉を開けて来たのではなく、ふわりとその場に現れたのだ。転移でもなく、幽霊のようにただふわりと。
 白と黒のメッシュの髪を持った白い少年は、苦しそうな顔のレビの髪を何度も撫ぜて染み付きかけている汗を拭き取ってやる。その顔は、穏やかだがどこか辛さが滲んでいた。
 レビの背中を撫でて植えつけられた場所を探り当てると、ためらうことなくその手を沈める。ぶつかり合うこともなく、あっという間に手は彼女の背中の中に消えた。
 彼には実体がない。亡霊(ゲシュペンスト)だから、彼女を見守れる。彼女の傍に常にいられる。だが、亡霊なので彼女を真に救える事はできない。
 現にレビの中に巣食い始めた何かを抜き取る事ができず、少年はすぐにその手を出した。焼け焦げた痕があったが、息を吹きかけるとあっという間にそれは消えた。
『すまない……』
 いまだ苦しい顔をしているレビに向って、少年は深々と頭を下げる。
 何が彼女の中を巣食っているのかは解る。だが実体も持たず、僅かな霊力しか持たない自分には、これ以上レビの苦痛を和らげる事はできないのだ。
 傍にいられても、何も出来ないという苦痛。何も出来ないが、傍にいられる喜び。両極端の感情を胸の中に秘め、少年は何度もレビの髪を撫でた。
 と。誰かが階段を駆け上がる音が聞こえてきた。常人なら聞こえないくらいの小さい音だが、実体を持たない自分はそれを聞き取れたし、人の気配をよく感知できる。
 気配は、自分の知っている者だった。レビによく似ていて、自分が彼女を任せられると思った唯一の存在。

 シャレルが扉を開けた瞬間、亡霊(ゲシュペンスト)シーザリオは姿を消した。