ボクらの太陽 Another・Children・Encounter9「ディア・マイ・ドーター」

 部屋内は薄暗かったが、シャレルが一歩踏み出すと明かりがついた。人が入ると、自動的に明かりがつく仕組みになっているらしい。
 辺りを警戒していると、ちょうど目の前に何かうずくまっている人を見つけた。黒一色の中に、一つだけ銀色のものがきらきらと光っている。
 無論、シャレルには見覚えのある人物だった。
「……姉様!?」
 黒衣に藍色の髪、頭に挿した銀色の羽根。
 紛れもなく、彼女はシャレルの従姉レビ=リリスだった。
 息があるのを確認したシャレルは、急いで姉を抱き起こそうとするが、その手がぴたりと止まる。
「シャレル?」
 代わりにおてんこさまが意識のないレビに近づいた時、空間がどんよりと歪んだ。同時に、扉が全部閉まり、部屋は完全に隔離される。
 歪み切った空間を正そうと、シャレルはガン・デル・ソルを撃つが、太陽弾が放たれる瞬間にそれはあっさりと掻き消えた。
(空間歪曲が強すぎる!?)
 一種の結界がここまで強くなっているのは、ひとえに闇の力だ。そしてその発生源は。
「姉様!」
 ゆらりとレビが立ち上がった。その立ち上がり方は異常で、どう見ても彼女の思考が別の何かに取って代わられているのがよく解る。
 彼女の目は……黒い。
「ぬおっ!!」
 おてんこさまが弾かれた。そのままシャレルに後を託すのか、ふっと姿が消える。
 消えてくれたことで逆にやりやすくなった。シャレルはガン・デル・ソルを収めて剣を抜いた。

 その時、目の前に見えたのは現実とはかけ離れた光景だった。
 オレンジ色の髪の少女と、藍色の髪の少女が争っている光景。場所はよく解らないが、何となくだが見覚えのある場所だった。
「何、これ…?」
 逃げるように目を閉じても、目の前の光景は薄れない。それどころか、余計なものが見えなくなったので、ますます鮮明によく映った。
 オレンジの髪の子は剣をふるって、藍色の髪の子の攻撃を弾き返している。その少女に、ジャンゴはおぼろげながら見覚えがあった。
(夢の中の子だ……!)
 おてんこさまがいなくなった日に見た、夢の中の少女。その少女が戦っているのだ。
 相手は誰だか解らないが、少女の戦いぶりを見るに、どうも少女と何か関係があるらしい。活発に動くオレンジの髪の少女と比べて、彼女はあまり動かずに正確な射撃をしてくる。
 と、その藍色の髪の少女が持っている銃にジャンゴは声を上げそうになった。漆黒と赤を基調とした、子供の手には大きすぎるデザイン。
(ガン・デル・ヘル!?)
 暗黒銃は、藍色の髪の少女の手にも大きすぎるらしい。それでも片手でグリップを握り、オレンジの髪の少女を圧倒していく。腕に巻いている青い布は、月光のマフラーによく似ていた。
 そしてオレンジの髪の少女の腰にあるのは――太陽銃ガン・デル・ソル。攻撃を避けるたびに、身にまとっている真紅のマフラーが鮮やかにたなびいた。
「これ、まるで…」
 脳裏に蘇る、暗黒城での兄との死闘。何も知らなかった自分と、全てを知っていた兄との戦い。
 オレンジの髪の少女も、何も知らずに藍色の髪の少女と戦っているのだろうか。それとも、全てを知った上で、あえて戦っているというのだろうか。
「冗談じゃない」
 何も知らずに戦う事の残酷さは、自分がよく知っている。相手が何なのかは知らないが、もし彼女たちが自分たちと全く同じ状況に立たされているというのなら、止めなくてはいけない。
 幸いリタは安静を取って眠っている。ジャンゴは少しずれた彼女の毛布を直してやってから、外に出た。
 頭を何度も振って、目の前の光景を現実の物にして、まずサバタを探しにいった。もしかしたらサバタもこの幻視を見ているかもしれない。
(兄さんだったら、あの藍色の髪の子をどう思うのかな)
 暗黒銃を持ち、月光のマフラーを腕に巻いている黒衣の少女。オレンジの髪の子がどこか自分と似ているように、藍色の髪の子も兄に似ていた。
 あまりにも似すぎた二人の少女の戦いは、暗黒城での自分たちの戦いに重なってしまう。第三者の目から見ると、その戦いはあまりにも哀れすぎた。
 戦っている本人たちは命がけだし、それを良しと思っているのかもしれない。だがジャンゴから見ると、『何も知らない』戦いは哀れでしかなかった。
 止める方法はないのか。
 この幻視を見せられているのは、ただ単に何も出来ないという苦痛を与えるためだけなのか。
 自然とふらつく足取りでサン・ミゲルを彷徨っていると、元凶の一つとも言える太陽樹の前まで来ていた。近寄りたくない、と思うが、足は何故かそっちの方へと向う。
 太陽樹には、なんとサバタがぐったりと寄りかかっていた。その衰弱振りからするに、おそらく兄も自分と同じ幻視を見ているに違いない。
 頭を抱えている兄の隣にどっかりと座り込み、ジャンゴは膝を抱える形でぐったりとしてしまう。
「……あの子たち、一体何なんだろう」
「未来の娘」
 自然とこぼれ出た問いに、サバタがぼそりと答えた。あまり考えたことのない答えに、ジャンゴは身体を起こして兄の方を見てしまう。
 しかし、そう考えると確かにつじつまはあう。太陽銃と暗黒銃、真紅のマフラーと月光のマフラー。彼女たちが自分たちの血を引く存在なら、持っていてもおかしくないアイテムの数々。
 とは言え、答えをもらったとしてもジャンゴの顔は浮かなかった。もしあの子達が自分や兄の娘なら、彼女たちもまた、自分たちと同じ道を歩かされてしまう。
 せめて自分たちとは違った道を歩いて欲しいのに、運命とは自分勝手にシナリオを造りたがるとでも言うのか。
 所詮、運命という流れに自分たちは無力だというのか。

「……手は、ある」

 またサバタのぼそっとした一言に、ジャンゴはそっちの方を向いてしまった。
「どういう事?」
「聞こえないのか?」
 質問に質問で返され、首をかしげながらも神経を集中する。いまだ目の前に広がる『未来の娘たち』の戦いを一時追いやり、とにかく何かを感じようと、感覚を研ぎ澄ませた。

 ――……こえる? 声が。 見える? 姿が。

 確かに聞こえた。前にガン・デル・ソルを求めた、知らない誰かの声が。
 あの時はよく解らなかったが、声は幼くて男か女か微妙にわかりにくかった。太陽樹の声かと思ったが、どうやらそれは違うようだ。
 むしろ、今幻視の中で戦っている少女の方にぴったりな感じがする。サルのように身軽で、人をかく乱させるかのような動きをする活発な少女は、こんな感じの…。
「……まさか!!」
 たどり着いた結論に、ジャンゴは飛び跳ねるように立ち上がってしまった。
 太陽樹を改めて見ると、その枯れ具合はどこか不自然で、エネルギーを吸い取られているように感じられる。だがそれは、エネルギーを吸い取られているのではなく…。

 突然、レビが苦しみだした。
「姉様?」
 シャレルが恐る恐る――警戒は崩さずに――従姉の元に近づく。切り結んでいた時にはあまりよく見れなかったが、レビに何となく違和感があった。
 レビは背中を丸めて苦しんでいる。その背中が、何故か膨れていた。
 同時に感じる暗い波動。
「これか!」
 ようやくシャレルは、従姉の違和感に気がついた。彼女は植えつけられた何かに支配されて、シャレルを襲っているのだ。
 膨れ上がる波動に、シャレルは大きく退いてしまう。『レビ』はそれを見逃さず、暗黒銃を彼女に向けて撃った。
 それらはぎりぎりでかわすが、『レビ』の猛攻は止まらない。指を鳴らして黒十字架を呼ぶと、態勢を立て直そうとしているシャレルめがけて投げつけた。
「ひええ、か、勘弁して!!」
 時たまやらかす姉妹喧嘩では、黒十字架まで呼び出す事はしない。持っている剣で応戦するが、砕けた剣のかけらが飛び散り、シャレルを傷つけた。
 浅い切り傷が意識を奪い、やがて『レビ』の猛攻に耐え切れなかったシャレルが大きく吹っ飛んだ。
「がっ!!」
 地面に大きく叩きつけられ、視界が真っ赤に染まる。薄く笑う『従姉』と、今の自分。赤い視界では、何もかもがどす黒く見えてしまいそうだ。
 従姉の目の色、自分のマフラーの色、炎の色、……血の色。
 赤は視界だけでなく、シャレルの思考すら赤く染め上げる。そして。
「……す…」
 今度はゆらりとシャレルが立ち上がる。肌が色を落としていき、迷いを生み出す深緑と血の色そのものの赤へと目の色が切り換わった。
 かつん。漆黒のブーツが床を叩く。
「きゃはっ……」
 口が鋭い牙を覗かせる笑みを形作った。そんな時。

「……甘く見るな……」

 か細い声が、シャレルの意識を赤から解放した。
 いつしかレビの背中に羽の生えた黒い虫のような物が取り付いていて、今にも襲い掛からんとしている。そんな黒い虫をレビはがっしりと掴んでいた。
 レビを乗っ取ろうとする黒い虫と、それを阻止せんとしている彼女が無言で争いあう。事情を知らないシャレルはどうすることもなく、ただ手を握り締めてその攻防を見ていた。
 やがて。
「うぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 気合一閃、レビが強引に取り付いていた虫を引き剥がした。ぶちっと引きちぎった音が鳴ったかと思うと、片手でその虫を地面に叩きつけた。
 レビがふらっとしたのを見て、慌ててシャレルは虫に剣をつきたてる。虫はしばらくじたばたとしていたが、力を失うと同時に灰になって消えていった。
 後に残るは疲労した従姉のみ。
 慌てて近寄ろうとした時、シャレルの脳裏にいきなり声が飛び込んできた。

 ――…いたよ! 声を、聞いたよ!

 シャレルとジャンゴ。
 娘と父の意識が繋がった瞬間だった。