ボクらの太陽 Another・Children・Encounter7「リターン・オア・リバース?」

 日が沈めば月が出る。
 新月という例外はあるが、基本的に太陽と月は対を成すものである。だから、太陽仔と月光仔は常に一つと思われがちだ。
 だが、逆に何故皆そう思うのか。レビにとっては大きな疑問だった。
 太陽がなければ月には価値がないのか。月がなければ太陽に価値がないのか。
 昔、父にそう聞いた事がある。あの頃は何となく妹とセットにされるのが嫌で、常に一人で行動していたモノだ。
 父はしばらく考えた後、こう答えた。

 ――そうでもしなければ、地球の存在価値がないからだ。

 未だにレビはその言葉の意味が解らない。
 何故そこに地球が入るのだろうか。太陽と月の関係に、何があるというのか。
 太陽と月は常に一対のものであり、それに関わるモノは常に一つにさせられる。月は太陽の影に、太陽は月の力に。それは解る。だが、そこに地球が入る理由が解らない。
 そもそも、地球の価値とは何なのだろうか。
 この星は、太陽と月の恩恵を受けて生きている。つまり、この二つの星がなければ地球に命はなかった。そしてその地球に生まれた生命体が、今銀河意志の標的となっている。
 正直、地球が――人が何をやったのだろうか。地球が、何をやったというのだろうか。
 太陽と月に意味を求めるだけで、彼らが何をやったと言うのだろうか。

「何故、何かしなければならない?」

 唐突に聞こえた声で、レビははっと顔を上げた。
 もうあたり一面は暗く、闇一色に染まりかけているのだが、その闇の色よりも黒を持った人間がそこにいた。
 ――否、人間とは微妙に違う。だが、アンデッドやイモータルとも全く違った存在。そんな少年が目の前に立っている。
 見知らぬ存在ではない。アンデッドやイモータルではないが、人間とも言えない少年。
「フート」
 レビは、少年の名前を呼んだ。

 

 彼はかつて、アイアンアーマーという上級アンデッドだった。
 意思も持たないはずの彼が何故か「助けて」と声を出し、そしてその声を聞いたシャレルが彼を浄化して人間の形にした。
 それから彼はシャレルたち一家に引き取られ、そこで人として生活していた。太陽樹を育て、太陽の果実を収穫する方法も特別に教えてもらったらしい。
 過剰に偏食気味で、晴れの日に出歩く時も日傘を差さないとダメ。水も少し苦手と、人として生きるには少し不都合が多いが、それでも彼は生きていた。
 サン・ミゲルが襲撃された時、フートは戦えない民間人をかばいながら最後まで残っていたはず。妹たちが残っていたので、彼も残ったのだ。
 感情に乏しいフートは自分から行動する事はあまりない。「こういう時にはこうしろ」と教えられて、初めて行動するのだ。
 まるで人形だと思う。だが、時たま彼ははっとさせられる事を言う時がある。例えば、今のように。
「何故、何かをしなければならない?」
 フートはさっき言った言葉を、もう一度繰り返す。
 彼の言葉に邪気はない。ただ、純粋にそれが疑問だから尋ねてくるのだ。まるで小さい子供が無邪気に大人に聞くように、彼は聞いてくるだけなのだ。
 だが、その問い一つ一つに何の「意味」もないから、時に言葉に詰まる。自分の裏を読まれるのではないか、そういう恐怖に落ちそうになるのだ。
(……そういえば、妹と一緒じゃないのか?)
 救い手である彼女は、常にフートの友として――時には母親の立場として――接してきた。だからか、彼はひな鳥のように妹についてくることが多かった。
 サン・ミゲルで別れてから、そのままずっと妹について行っていたと思っていたが…。
「あいつはどうした?」
 さっきの問いには答えずにこっちが問い返すと、フートは首を横に振った。
「俺も、探してる」
 余計なボキャブラリーを入れない淡々とした話し方は、いつもと同じだ。言葉もまだ完全に覚え切れていないらしく、片言に近いくらいの話し方をするのだ。
 とにかく、一人仲間と会えたのはいい兆候だ。レビは「お前も来るか?」とフートを誘う。どこに行くか、何のために行くかは全く話してないが、フートはすぐにこくりとうなずいた。
 行く先は、おそらく妹が戦ったであろう最上階の主の間。とりあえず妹の行く先がある程度つかめれば、今後の対策も少しは練れるだろう。
 それと今まで魔法機などを調べた結果、その主の間に取り残された古代の情報があると見たのだ。
 ただの日記などの雑学かもしれないし、大きな魔法についての情報かもしれない。それでも調べてみる価値は少なからずあった。
 フートも妹を探しているし、この後別れるにしても情報は分かち合った方がいい。レビはそう思ってフートを連れ、最上階を目指していた。
「……なあ」
 途中、フートがぼそりと聞いてきた。
「さっきの質問、答えてない」
「…何の話だ?」
「『何かをしなければならないのか』ってこと」
 レビの足が、一瞬だけぴたりと止まる。
 そらすために話を変えたわけではないが、また同じ問いを繰り返されると、逃げ出してしまったという苦しみが沸いてきそうになった。
 どうやらフートは本気で答えを聞きたいらしく、真剣なまなざしでこっちを見ている。
 重い沈黙の後、ようやくレビはそれらしい答えを見つけて口を開いた。
「……何もしないという事は、逃げるに等しいからだ」
「逃げることも、『何かをする』ことにならないのか?」
「それは詭弁だな」
 さすがにその問いには苦笑交じりではあるが、すぐに答えることが出来た。逃げることも何かをすることになるのなら、皆が立ち向かうことを投げるだろう。それは、負けを認めるに等しい。
 生と死の戦いの中で、負けを認めるという事は死ぬのと同じだ。そして自分はまだ死にたくない。
 とりあえずその答えで納得してくれたのか、フートはもう何も聞かずにレビの後をついてくる。――その代わり、ぽつぽつと何かを口ずさみ始めた。
「ららー、らー、らー、ら、ら、ら、らー…」
 「ら」を言っているだけかと思いきや、薄いながらも音感を入れている立派な鼻歌。ただ、歌詞もないし、音程もレビが全く知らないものだった。
 彼のオリジナルなのだろうか。まあ適当に聞き流して先を進む。

 ――……の、……う者………きを……

「え?」
 歌にまぎれて聞こえたかすかなうめきに、ふと振り向いた瞬間、レビの意識は消えた。

 さすがに死の一族の本拠地近くだからか、暗黒城付近になると敵が多くなってきた。
 夜になるとアンデッドも表に出て彷徨い始めるので、のんびりと寝ることもできない。結果、シャレルたちは日に日に疲労し、余裕がなくなってきた。
 今日もちょっと休みを取ろうとした洞穴で、マミーの大群を発見してライジングサンで焼き払った所だった。
「はぁ~、厳しいなぁ…」
「ジャンゴもこの位はやってのけたんだ。我慢しろ」
「最近それが口癖になってない?」
 自分の父親の名前を告げてから、おてんこさまの説教のパターンが大抵決まってきている。『ジャンゴはもっと~』、『ジャンゴもこのくらい~』。何かというと父の名前を挙げるようになってきたのだ。
 正直かなり鬱陶しいが、こういう時でないと父の活躍を聞くことが出来ないのもまた事実。母はともかく、父は自分の武勇伝を話すことがあまりなかったのだ。
 思い出したくない記憶がたくさんあるらしく、話したとしても人との出会いぐらい。戦いの時の話は、滅多に話してはくれなかった。
 だからこうして父の武勇伝を話してくれるおてんこさまは、かなり貴重だった。いなかった時もあるらしく、抜けている部分もあるが、その話はかなり勇気付けられた。
 ただ、それをかざして説教してくるのは正直勘弁だったが。
 ともかく、暗黒城まではあと一息だ。城の真下には移動用の魔方陣が設置されているとのことなので、そこまで行けば、後はイモータルまで一直線のはず。
 しばし休息をとってから、シャレルたちは洞穴を出て暗黒城直通の魔方陣へと向かった。

 看病のおかげで、昼ごろにはリタが目を覚ました。
「ん、ううん…」
「大丈夫か!?」
 ぼんやりと本を読んでいたジャンゴは、彼女の声にがたりと立ち上がる。
 リタは一瞬ここがどこかわからないようだったが、視界がハッキリしてくるにつれ、今までのことも思い出せたらしい。慌てて起き上がった。
「お、お店!」
 そのまま立ち上がろうとするのを、ジャンゴが肩を押さえることで止める。あの後、倒れたリタを道具屋に運び、悪いとは思うが店のドアには「本日休業」の札を下げたのだ。
 開店時間前に目が覚めるとは思えなかったし、ジャンゴは店番が出来ないので仕方のない処置だった。そしてジャンゴは、リタが目を覚ますまでずっと看病していたのだ。
 そう説明すると、リタはほっと一息をついた。
「どうもすみません」
「ううん。目の前で倒れたんだし、僕しか面倒見れないからね」
 あのまま倒れたままにさせていたら、間違いなく風邪を引く。そこまでジャンゴは薄情者ではなかった。
 それにしても。
 やはり倒れてしまったこともあって、リタの表情は暗い。おてんこさまの次はガン・デル・ソルがなくなり、太陽樹も異変が起きている。
 次は何が起きるのか、不安で仕方がないのだろう。
「大丈夫」と言い聞かせてはいるものの、それだけで不安全てが取り除けるほど彼女は楽観主義者ではない。もし自分がいなくなったら、もし何かが消えたらと考えるだけで倒れそうなのかもしれない。
 ここしばらくは店に通って、彼女の様子を見た方がいいなとジャンゴは思った。
「あの」
「へ?」
 いきなりリタが口を開いたので、ジャンゴは対応に遅れてしまった。
「どうしたんだ?」
「私、倒れる時に、太陽樹さまの声を聞いた気がするんです」
「え?」
 ジャンゴは完全に硬直してしまう。
 あの時、ガン・デル・ソルを求める声に自分は引き寄せられた。その声は、まさか太陽樹のモノだというのだろうか。だとしたら、何のために?
 おてんこさまをどこかに連れ去り、太陽銃を引き寄せた太陽樹は、何を考えているのだろうか。
 大地の巫女であるリタは、自分よりも太陽樹に近い場所にいる。もしかしたら、この事件の真髄も彼女なら解るかもしれない。
「何て言ってたんだ?」
 自分も聞いたという事はあえて伏せて、ジャンゴはリタに問う。
 リタは何故かこっちの顔を見て少し顔を伏せたが、やがて覚悟を決めたらしく、顔を上げてきっぱりと言った。

「『太陽の子と娘の意思を接続する時が来た」とおっしゃってました」