「暗黒ローン突然の閉鎖と「ラビアンローズ」なる剣についての調査報告書」
・調査開始のきっかけ
長年太陽バンクと共に愛されてきた「暗黒ローン」であるが、ある日突然の閉鎖を宣言。
閉鎖の理由については「一部の客による借金踏み倒し」の一点張りで、その原因となった「一部の客」については全く返答しなかった。
我々はこの原因を探るべく暗黒ローン関係者に取材を試みたものの、インタビューすら完全拒否の状態でここから情報を得ることは不可能と判断した。
そこで方針を変え、暗黒ローンを利用していた者のリストを作成し、利用回数の多い……所謂「常連」をピックアップ。彼らに取材を試みた。
この判断は間違ってなかったようで、何人もの常連から「一部の客」についての素性がある程度判明した。「一部の客」はサン・ミゲル出身者とのこと。
その客が借金を返済しなかったことにより、暗黒ローン関係者の間にトラブルが発生。沈静化が無理と判断した暗黒ローンが閉鎖を決断したようである。
しかし、長年の歴史を誇る暗黒ローンが客トラブル一つでここまでの決断をするのであろうか?
我々はこの新たな疑問を解明すべく、サン・ミゲルへ赴き取材を試みる事にした。
※なお無用のトラブルを避けるべく、人物名は全てイニシャルのみ表記する
・少女L(道具屋店主)へのインタビュー記録
「最初はびっくりしました。まさかDさまがAちゃんと付き合うためにわざと借金しているなんて……到底信じられませんでした」
――その噂はどこから?
「……そういえばどこからでしょう? 私も人づてから聞いたので、噂の元は知りません。
ただ、当時はDさまはしょっちゅう暗黒ローンを使用していたようなので、全くの根も葉もないデマとも思えませんでした」
――Dさん本人には聞いたのですか?
「聞いてません。聞くのが怖くて……」
――そうですか。では、噂の真相を確かめることはできなかったと?
「そうですね。でも、Sさま(D少年の兄)が『そんなわけないだろう』と断言なさるし、他の皆様も笑ってましたから、あえて考えないようにしたんです。ですが……」
――「ですが」?
「Dさまが持っていたあの剣……ラビアンローズ、だったかしら? あの剣は、何か引っかかるものがありましたね。恐ろしい、何かが……」
ここでラビアンローズなる武器の名前が出てくる。話からするに剣のようだが、話を聞くに普通の剣ではなさそうだ。
・少年Sへのインタビュー記録
「弟とAが付き合っているような噂は聞いた事がある。あまりにも馬鹿げているから本気では聞いてなかったが」
――根拠はあるのですか?
「俺も少なからず利用したことがあるが、関係者のAとYはそのような感情があるようには見えなかった。
奴らは会話できるように見えるが、実際は言われたことを返している程度だからな」
――なるほど。では噂の元を確かめる事もしなかったと?
「ああ。……というか、弟が頻繁に暗黒ローンを使っていた理由を知っていたのでな」
――それこそ、スタッフAとの交際が理由ではないと
「そうだ」
――なるほど……。では、ラビアンローズなる剣についてはご存知ですか?
「(渋い顔になる)あの剣か……。名前こそああだが、とてもじゃないがまともな剣ではなかった。なるべく早く手放せとは忠告したが……」
――まさか、呪いがかかっているとか?
「そうかも知れんな……。まあその手の分野は詳しくはない。詳しく聞きたいなら余所を当たれ」
「一部の客」の可能性が高い少年Dの兄である少年Sは、客トラブルの予想の一つである「痴情のもつれ」説を完全に否定した。
彼はその説の根拠である「少年Dが頻繁に暗黒ローンに通っていた」事に対し、その理由を知っていた。そのため、彼の行動に不審な点はないと判断したようだ。
ラビアンローズの情報は手に入らなかったが、少年Sへのインタビューは大きな手掛かりになるだろう。
・少女Zへのインタビュー記録
「あの噂? あー、あれな。ウチ、暗黒ローンの方で聞いたんや」
――え!? つまり、関係者に直接聞いたと?
「せやせや。実はな……あ、これオフレコで頼むで? ウチ、Yちゃんから相談受けたんねん。Aちゃんの様子がおかしいって」
――様子がおかしい、とは?
「ラビアンローズ見る前やったかな……? せやせや、雨続きだった頃の事や。『あの人をよく見るようになってから、Aは明らかにおかしくなった。ぶつぶつつぶやいたり、にやにやしだりたりとか』」
――あの人、とは、少年Dの事ですか?
「そそ。最近よう来るようになったから、何かあったんかと聞いたようやけど、本人苦笑いするぐらいで何も答えへんから何か怪しいって思うてたら、Aちゃんの方がおかしゅうなったと」
――関係者のYちゃんとAちゃんは、少年Dが暗黒ローンに通っていた理由を知らなかった、と。
「まあDが話さなかったんは単純に心配させないようにって気遣いだったようやけど、逆効果だったみたいや。Aちゃん、執念でラビアンローズ作ってDに贈ったんやわ」
――それが噂になったと?
「せやな。元はAちゃんの勘違いから来てたんや。せやけど、ラビアンローズ自体がちょいヤバな代物やし、Aちゃん自身もマジやったようやな」
――なるほど。では、そのラビアンローズについてご存知ですか?
「ラビアンローズ……『バラ色の人生』やな。贈った者の愛が強ければ強いほど、その剣は強ぅなる。せやけど、愛と妄執は紙一重。強すぎる愛は、愛する者以外拒絶するようになる」
――はあ
「要は、その剣は確かに強いんやけど、持ち主以外は触れる事もできへんのや。その持ち主も、延々と持ち続けてるとそれ以外持てないようになる。
Dはラビアンローズ以外の武器も持ってたから、厄介な武器でもあったんや」
――それが「呪い」ですか
「まーな。あ、Aちゃんと何があったんかは直接D本人に聞いた方がええで」
――ありがとうございました
少女Zへのインタビューで、色々判明してきた。まず、客トラブルの原因に痴情のもつれも一部原因があった事(D少年ではなく、スタッフAの方に恋愛感情があったようだ)。
そしてラビアンローズには一種の呪いがかかっており、持ち主以外は触れないし、持ち主も持ち続ければその剣以外武器を取れなくなるということだ。
おそらく剣は今も少年Dが持ち続けているだろうと思われる。
・少年D(ヴァンパイアハンター)へのインタビュー記録
「……多分、その『一部の客』は僕の事だと思う。AちゃんとYちゃんが変な事言い出して、それから色々大変なことになっちゃったんだ」
――そ、そうなんですか!?
「(頷く)〇月上旬は雨や曇り続きで、太陽エネルギーを貯めとくことが出来なくて。そんな時に、ヴァンパイア浄化の依頼が来てしまったんで、何とかやりくりしようとしたんだけど……」
――エネルギーが足りず、暗黒ローンを使わざるを得なかったと
「です。あの時ちゃんと説明しとけばよかったんだけど、必要以上に話してローンの方に迷惑かかったらと思っちゃって……」
――その時、スタッフは何を言ってましたか?
「それが僕もよく解らないんだ。何か『妹の心を弄んで』とか、『そういう事なんですか!?』とか、わけ解らない事ばっかり言ってたなあ」
――ふむ……。噂の事は知ってましたか?
「Zに聞かされたよ。『これLが聞いたら大変なことになるなぁ~?』って言われたけど、心当たりが全くないから『何が何だか解らない』としか言うしかなくてさ。解ってくれたから助かったけど」
――その時、ラビアンローズは見せましたか?
「見せたよ。Zは『ちょっとヤバいから、長い間持ってたらあかん』って言われたな。ラビアンローズ以外持てなくなるって聞いて、即手放すことを決めたんだ」
――え? 手放したんですか?
「うん。僕の武器はこっちだから(そう言って大きな銃を見せてくれた)、使えなくなるのはまずいと思って、暗黒ローンの方に返すことにしたんだ」
――暗黒ローンは返品を許可してくれたんですか?
「ちょっと難しいけど……とは言ってたけど、最終的には受け取ってくれたよ。それ以降は、あの剣については何も知らない。暗黒ローンが突然閉鎖したのも、多分それが原因だとは思う」
少年Dへのインタビューは、かなり有意義なものだった。
まさか本人が元である「一部の客」であることを証言したし、その少年が何故暗黒ローンに通っていたのかも判明した。
どうやら少年の思わせぶりな態度が、スタッフAやYの暴走を招いたようだ。(ただ本人は全く気付いていない辺り、ひとえに少年Dは悪くないわけでもない。こればかりは少年Dの鈍感さが仇になったようだ)
ただもう一つのカギであるラビアンローズを手放していたのは予想外だった。暗黒ローンの突然の閉鎖との関係があると本人は推理しているが、確証はなく推理の範疇でしかない。
ここまでの情報をまとめていると、我々の元に暗黒ローンスタッフの1人が「匿名で、なおかつ調査内容を表沙汰にしない」という条件でインタビューに応じるとアプローチがあった。
最大のスクープになるかも知れないこの調査を封印するのは痛かったが、私はこの要求をのむことにした。
我々……いや私は、真相が知りたかったのだ。
・Y(暗黒ローンスタッフ)へのインタビュー記録
――まずは、インタビューに応じる理由をお願いします
「正直、私もよく解りません。ですが、貴方たちに話すことで、妹の……Aの考えが解るのではと思いました」
――D少年が頻繁に通ってくるようになって、様子がおかしくなったと聞きましたが
「そうです。彼の事は前から知ってましたが、〇月上旬は頻繁にローンを使っては借金を返していました。天候の悪さもありましたが、それでもおかしいと思いましたね」
――本人は依頼を遂行するためには仕方なかったと言っていましたが
「(驚く)そうなんですか。確かにDさまの職を考えれば辻褄は合いますね。でも妹はそう考えてなかったようです」
――自分に気があるから通うようになったのだ、と考えたとか?
「……ええ。驚きました。私たちは機械。そのように考えるようにはできていないはず。私はそう思っていましたし、妹にもそう言い聞かせました」
――納得したのでしょうか?
「その時は頷いたので、納得はしてくれただろうとは思いました。ですが、しばらくして『あの人をからかいたいから芝居に付き合ってほしい』と持ち掛けられました」
――D少年の反応はどうでしたか?
「とても驚いてましたね。私としては芝居でしたので、わざと大げさにしました。これに懲りて暗黒ローンを使わないようになってくれれば……とも思ってました。
私は、彼はローンに頼らない強い戦士になれるはずだと期待していましたから」
――ですが、彼女はそうは考えていなかった
「ええ。……いえ、本当は妹も芝居ということで吹っ切ろうとしたのかも知れません。でも徐々に引き下がれなくなったんでしょう。あの剣を作ってから」
――ラビアンローズですか。やはりあの剣はAが作ったのですね
「ええ。あの剣の作り方は暗黒ローンの方で封印されていたので、スタッフである私たちは知ることが出来ました。簡単に……とはいきませんでしたが」
――あの剣には一種の呪いがかかっていましたが、それは知っていたのですか?
「いえ、Dさまが持ち込んできた時に初めて知りました。私はそれを聞いて、剣を封印すべきだと主張しましたが、妹は断固反対しましたね」
――愛の証とも言えるものですからね。で、どうしたんですか?
「……破壊しました」
――え?
「妹を破壊して、彼女ごと剣を封印しました。もはやこうするしかなかったのですから」
インタビュー後、スタッフYは一枚のメモを私に渡して去って行った。
そのメモはスタッフAがD少年に恋い焦がれるようになった成り行きが書かれており、彼女がD少年に寄せる強い想いとラビアンローズへの期待がつづられていた。
おそらく暗黒ローンの突然の閉鎖はこうしたスタッフAの暴走と、その果てに生まれた禁断の剣を封印するためであろう。スタッフAの喪失は、我々が予想したよりも大きかったようだ。
しかし。
一介の魔法機械でしかなかったはずの彼女がこうして人間に恋をし、その想いを成就するために禁断の剣に手を伸ばす。まるで悲劇のような話である。
だが実際にそれは起きて、スタッフAは破壊されて剣と共に封印された。その想いがやがて浄化され、救われることを祈るばかりである。
最後に、彼女のメモにあった一節を載せて、この報告書の結びとしたい。
「悪いことをしているなんて全然思っていない。後悔なんてもってのほか。私が何だってかまわない。私はあの人のもので、あの人は私のもの。想いを縛る事なんて絶対に出来ない」