嗚呼、嗚呼

 これこそが――!

 サバタは天気についてそれほど好き嫌いはなかった。
 暗黒少年と言われているが、別に太陽の光や雨がダメージになると言うわけではない。夜目も効くから、明かりの有無で困る事もなかった。
 だから、雨が降っていてもサバタは特に気にせずに外に出た。行く当てはない。ただ、足の赴くままに歩くまま。

 風は、ない。
 雨は、降る。
 ただ、雨だけが降る。

 完全な本降り故、あっという間に服も髪も濡れてサバタの体を冷やしていく。それでも我関せずと歩いていたが、ふと頬に当たる空気の冷たさに足を止めた。
「……」
 風は、ない。
 雨は、降る。
「……」
 それでも。
 サバタの頬は、手は、髪は、感覚は、空気の流れ――風を感じた。

 風。
 死せる、風。

「っ!」
 かすかに感じた“何か”に引っ張られるように、サバタは大きく振り向く。

 ちらりと見えた、残影。
 赤い、影。

「あ……ああ……」
 知らないうちに口は開き、言葉にならない声が漏れる。
 嗚呼、嗚呼。
 どうして、振り返ってしまったのだろう。
 どうして、思い出してしまうのだろう。
 どうして、悲しみに満ちてしまうのだろう。

 風は、ない。
 雨は、降る。

 雨は、勢いがやむことも増すこともなく降り続ける。当然、傘も持たずに歩くサバタの顔にも、容赦なく降り注いでいる。
 顔を伝う雫は雨粒か、それとも涙か。今のサバタには判別することが出来なかった。
 何もかも解らないけれど、ふたつだけ、解る事がある。

 雨が降っている。
 月が、見えない。
 風も、吹いていない。

 嗚呼、嗚呼
 これこそが

 ――カーモスの、雨。

「雨は、嫌いだ……」
 月も見えず、風も吹かない。そんな降りしきる雨の中、サバタは初めて声を殺して泣いた。
 初めて、人を想って泣いた。