カーテン越しからでも日の光が差し込んでいるのが解る。
「ん、んん……」
誘われるように、凛花は自分の布団の中で目を覚ます。そう、自分の布団の中でだ。
隣の布団では、才悟が目をこすりながら身体を起こしている。ズレた浴衣からちらりと見える胸元がまぶしい。
「おはよう」
「ん、おはよう」
よく寝れたか、と言うような挨拶は交わさない。それはお互いがよく知っているからだ。
端によけていたテーブルに置いていた時計を取る。現在早朝五時。朝食まで二時間以上はある。
「外に走りに行っていいか?」
才悟の問いに凛花は少し首をかしげる。虹顔市なら普通に見送ってもいいだろうが、ここは違う。迷子にならないだろうか。それに才悟のランニングは一時間どころか三時間以上は続くのが定番だ。
少し悩んだ末、「行くのはやめた方がいいわね」と告げた。
「虹顔市に戻ったら思う存分走ればいいもの」
「そうだな」
家に帰ることをさらりと告げると、才悟も当然のように頷く。
とはいえ残り二時間だらだらとしているのもつまらないので、もう一度風呂に入ることに決めた。
「お風呂、気持ち良かった?」
「ああ、ライダーステーションの大浴場とはまた違っていた」
「温泉だものね。露天風呂とかも初めてだったでしょう?」
「そうだな。とてもいい景色だった。何度でも入りたくなる」
「朝ごはん食べたらまた入ってもいいのよ?」
昨夜とは打って変わっての明るい言葉のやり取り。昨日見た従業員が自分たちを見て、軽く首をかしげていた。
男風呂女風呂の前で手を振って別れ、別々の風呂へと入っていく。
朝見る露天風呂からの景色は、とても美しく見えた。
チェックアウトを済ませて旅館を出ると、示し合わせたかのように凛花のスマホが鳴った。
出たくないなあと思いつつも通話をONにすると、『今どこにいるんですか!?』と悲鳴に近い声が飛び込んできた。
「れ、レオン、ごめんなさい……」
『ごめんなさいではないですよ! 昨日はあえて黙っていましたが、今日は帰ってきてもらいます!』
「う、うん。今から電車乗って帰る」
『絶対にですよ!』
金切声のレオンに頭を下げて(当然見えないのだが)、凛花は通話をOFFにする。
才悟の方を見ると、彼は目をしばたたかせていた。ちょっと帰るのがもったいない……と言ってるように見えるのは、こっちの欲目か。
「帰るのか」
「ええ」
お菓子でも買って帰りましょう、と提案すれば、彼も「そうだな」と賛同する。
それからは駅までの道のりを寄り添って帰る。行きと同じく言葉は少ないが、今は隣に彼がいることが解るだけで嬉しい。たった一晩でここまで変わる辺り、我ながら現金だと思う。
伝えたのはただ一つ。貴方たちは仲間だと言うことだけ。
ただ傍にいて、その手を握ってくれる。ここにいるよ、と告げられることのぬくもり。そこにいる、というだけで伝わるものがあると感じられた今、もう重みは感じない。
「キミが元気になったのなら、オレも嬉しい」
骨ばった手が、こっちの手に触れる。気づけば手を握り合い、安らぎとぬくもりを伝え合った。
最初のころから変わらない、力強く大きな手。この手のぬくもりを忘れないのなら、もう迷う理由はない。
「帰りましょうか」
私たちの虹顔市に、と付け加えれば、才悟の口元が柔らかく緩む。
明日……否、今日からまた日常が始まる。薄紙一枚の裏にある闇から人々を守る日常が。自分たちだけが知る戦いの日常が。
だからこそ、手を繋いでいられるのを大事にしたいし、愛おしく思える。それが当たり前の日常だと言える日が、いつか来ると信じられる。
凛花と才悟は手を繋いだまま、駅まで歩いて行った。