それはまだ、彼らがそれぞれクラスを作ったころの話。
「はいこれ、あなた達のニジナカードよ」
ジャスティスライドとマッドガイ、七人分の身分証明になるカード。それがようやく完成したので、凜花は彼らにそれぞれのカードを配る。本来なら彼らにもちゃんとした戸籍があるのだろうが、今は記憶喪失の身。仮の身分証明としてニジナカードを作ったのだ。
「助かったよ。記憶喪失と言う事でバイクの免許はごり押したけど、やっぱりちゃんとした身分証明になる物があると助かる」
そう言って自分の顔の部分を撫でるのは阿形松之助。マッドガイは神威為士を除く二人がバイトとして働いてるからか、こういう物があるといざと言う時に便利だろう。
「ぬぬぬ……どうも美しさが足りん」
写真の自分の顔に納得がいかないのか、為士が唸っている。証明写真を撮る時ももっと光をいれろとか、この角度から撮れとかうるさかったのだが、まだ足りなかったのだろうか。
一方ジャスティスライドはそれぞれ楽しそうに(特に伊織陽真が)見せあっている。彼らもまたバイクの免許証を持っているが、身分証明のカードは違うのだろう。そんな彼らを微笑ましく見ているうちに、魅上才悟だけが輪に入らずじっとカードを見ている事に気づいた。
「魅上くん、どうしたの?」
自分のカードをじっと見ている才悟に呼びかけるが、彼の視線はカードに釘付けだ。その目はいつものとは違うのだが、感情までは読み取れない。何も答えてくれないのかな……と思っていると、ようやく彼が口を開いた。
「これが、オレなんだな」
「え?」
「これが、オレの証明になるんだな」
最初どういう意味か解らなかったのだが、一緒にカードを覗き込んでみて、やっと何となく解ってきた気がする。
才悟には何もない。一ノ顔市という偽の記憶すらも植え付けられず、はっきりとしたデータはここで測ってきたもの以外は1月23日という誕生日ぐらいだ。その事を、才悟が全く気にしていないというわけがなかったのだ。
書かれてあるデータは、紛れもなく魅上才悟を形作っているモノであり、魅上才悟が魅上才悟である証。
だから凜花は微笑んで言う。
「そうよ。それが魅上くんの証明になるの。だから大事にしてね」
凜花の微笑みと自分のカード。二つを交互に見る才悟。それでようやく自分の中の感情が何なのかを理解したようだ。
「大事にする。こんな素晴らしい物を、オレは失くしたりしない」
そう言って才悟は丁寧にポケットにしまった。
それからしばらくは皆が皆、やるべき事に追われるような生活をしていた。
凜花も凜花でカオストーン探しにカフェ経営、財閥の仕事に追われ、ばたばたと一日が過ぎていった。
「はあ、今日もようやく終わったわね」
カフェ最後の客を見送ってから、凜花が深々とため息を付く。そんな彼女を見越してか、レオンがさっと凜花の前に水を差しだした。
差し出された水をがぶ飲みしていると、がらんがらんと派手な音を立ててカフェに人が入って来る。もう店じまいですよと言おうとした口は、音の主を見た事で止まってしまった。
「なあ、才悟ここに来なかったか!?」
音を立てて入って来たのは陽真だった。あまりの勢いに押され、凜花とレオンは無言で首を横に振る。それを見た陽真はがっくりと肩を落とした。
「ヤバいよ……もうこんな時間まで帰ってこないって、今まで一度もなかったよ」
「ええっ!?」
基本才悟は早寝早起きなので、夜遅くまで帰らないと言う事はまずない。すると何かあったのか……。
「魅上くん、何か言ってなかった?」
凜花の問いに対し、陽真はしばし悩んだが、すぐに顔を上げた。
「そう言えば才悟、カードを失くしたとか何とか言ってた!」
「え?」
カード。才悟がそこまで大事にしているカードと言えば……。
「もしかして、ニジナカード?」
「……それだ!」
凜花の出した答えに陽真が手を叩く。となると、落とした場所だ。心当たりはあるだろうか。
陽真に聞くと彼は首をかしげる。さすがに心当たりはないようだ。となると、才悟が今日行った場所を片っ端から探すしかない。
「探しに行きましょう」
上着を羽織りながら言うと、陽真とレオンが同時に止めてきたが、凜花は止まるつもりはない。飛び出した凜花を追い、陽真とレオンも仮面カフェを飛び出した。
もう夜遅く、女子が一人外を出るのは危険なのだが、それでも凜花に迷いもためらいもなかった。
さて飛び出したのはいいが、才悟がいる場所には皆目見当が付かない。思いつく場所と言えば、やはり中央公園だろうか。
「中央公園は探した?」
凜花が聞くと、陽真は首を横に振る。
「探しはしたけど、ざっと見て回った程度だよ。全部を見て回るなんてさすがに……」
「そう……」
陽真はそう言うが、才悟は間違いなく全部を見て回っている。そんな気がした。そう思っていると。
がさり
視界の端で何かが動いたような気がした。
そっちの方に視線を向けると、何かがもぞもぞと動いている。動物ではない。それよりも大きい何か。
「魅上くん?」
思わず呼び掛けてみると、その塊がごそりと動いた。そして「皇凜花?」と返してくる声。間違いなく、才悟だった。
「才悟!」
「魅上さま!」
後から追いついて来た陽真とレオンも合流し、才悟が目を丸くする。
「何故キミたちが……?」
「『何故』じゃないわよ! あなたが帰ってこないって聞いて心配したんだから!」
何も解っていない才悟の顔が憎たらしくも愛おしい。何かあったとは思っていなかったが、実際に顔を見ると安心で泣きそうになってしまう。そんな凜花の顔を見て、ようやく自分が皆を心配させたのだと気づいたらしい。才悟がしゅんとした顔になる。
「すまない。皆に迷惑をかけたようだ」
「ホントだよ……」
才悟の謝罪に、安堵からかがっくりと肩を落とす陽真。それも見て、才悟がさらに落ち込んだ顔になる。
「オレはただ、カードを落としたからずっと探していただけなんだ。あれは、オレにとって大事だから……」
「解ってるよ。だけど、それとこれとは話は別だ」
きっぱりと言う陽真に才悟はとうとう同じように肩を落とす。凜花の方は涙を拭きつつ、しょんぼりと落ち込む才悟の顔を覗き込んだ。
「ねえ魅上くん。どうしてそんなに必死になってカードを探してたの?」
凜花の優しい問いかけに対し、才悟はうつむいたままぽつりと「あれはオレそのものだから、大事なんだ」と答えた。いまいち意味が解らない凜花と陽真は顔を見合わせたので、才悟は顔を上げてさらに付け加える。
「あのカードはオレの証明だ。だから、オレそのもので大事なものなんだ」
才悟の言葉に凜花は一瞬陽真と顔を見合わせるが、すぐに才悟の方に視線を戻す。
「あのね、魅上くん。確かにあのカードは自信の証明になる大事な物だけど、魅上くんそのものじゃないのよ」
頭を撫でられながら諭され、才悟がはっと凜花の方を向く。その目は、ほんのちょっとだけ潤んでいた。泣くまでにはいかないが、泣きそうなぐらいにショックだったのだろうと思うと、胸が痛む。
「だから、あれは別に失くしたっていいの。今ここに魅上くんがいる。それでいいのよ」
「そう……なのか?」
才悟の言葉にこくりと頷く凜花。その後ろで、陽真が「失くしたら再発行してもらえるしな」と凜花の言葉を補強した。
凜花の慰めと陽真の説明で、ようやく自分がそこまで落ち込むことはないと悟ったのか、才悟の顔に少しずつ明るさが戻って来る。
「オレは、いるだけでもいいのか?」
はっきりと頷く二人。
その顔を見て、才悟はようやく穏やかな表情へと戻っていった。
ちなみに。
才悟が失くしたカードは公園の従業員から交番に届けられており、レオンがそれを引き取って才悟に返したそうな。