キミが好き。
それに気づいた時、湧き上がったのは嬉しさと恥ずかしさと暖かさと
――不安。
魅上才悟が風呂から上がると、同居人の伊織陽真がドラマを見ていた。最近始まったもので、大学生の男4人と事情があって学校に通わない女1人が織りなす擬似家族もの……らしい。
「男4人に女1人ってのがおれたちっぽいよな」
おれたち。つまりジャスティスライドとエージェントの少女の組み合わせだ。どうやら陽真は、主人公たちと自分を被らせて見ているらしい。なるほど、照らし合わせてみれば、ドラマの彼らと自分たちは似ているのかも知れない。
まあ今の自分には興味はない。そう思って自室に戻ろうとすると
『俺、あの子といると心が暖かくなるんだ。もっと一緒にいて笑いたい。この気持ちは何なんだ?』
テレビから聞こえた声に、足を止められた。
そっちの方を見ると、眼鏡をかけた如何にもながり勉キャラの青年が、野球のユニフォームを着た青年にそう問いかけていた。
ユニフォームの青年は少し考えた末、眼鏡の青年に対して『それは恋だな』ときっぱりと返答する。
『恋……? 恋ってそういうものなのか?』
『これだとは言えねえけどさ、お前が言ってる特徴って恋に近いんだよ』
「伊織陽真」
興味深そうにドラマを見ているその背中に声をかけると、「なんだー?」と上の空な応答が返ってくる。
「恋をすると、好きな人と一緒にいて心が暖かくなったり、一緒に笑いたいと思うようになるのか」
「そうなんじゃないか? おれは経験した記憶がないから何とも言えないけどさ」
「そうか」
思い出す。心が暖かくなり、もっと一緒にいて笑いたいと思いたくなる。そんな相手に、一人心当たりがある。と言うことは。
「……どうやらオレは恋をしているらしい」
そう独り言ちた。
直後、陽真が飲んでいた牛乳を派手に吹きだしたのを、誰も知らない。
翌日。才悟はカオストーン調査の待ち合わせのために、仮面カフェに来ていた。
ドアベルを鳴らして仮面カフェの中に入る。ピークタイムは過ぎているので、店でゆっくりしている人は少ない。
「いらっしゃいませ」
猫の仮面をつけた少女が、こっちを見てあいさつする。小声で自分の名前を言ったのを、才悟は聞き逃さなかった。
席に着くと
「はい、お冷」
自分の嗜好を把握済みな彼女が、さっと水を持ってくる。一口飲めば、変わらないいつもの味。
「うまい」
いつもと変わらぬ感想を言えば、相手も「ありがとう」といつもと変わらぬ笑顔を返してくる。
胸が、どきりとした。
(まただ)
恋だと自覚すると、彼女の行動一つ一つが気になってしまって仕方がない。その笑顔が自分以外の存在に向けられるものだと解っていても、ときめくのを抑えきれない。
だが、どうすればいい?
そもそも自分と彼女はライダーとエージェントと言う関係。そこに恋という特別な感情は不必要なはずだ。
だとしたら、もし自分が彼女に好きだと言ったら、その関係が終わってしまうのではないか?
そんなことを考えていると、ドアベルと共に「ちわーす!」と明るい声が響いてきた。視線を向けると、そこには仕事着姿の阿形松之助。
「追加注文の魚、持ってきました~!」
誰にでも明るく朗らかに挨拶する松之助は、既に常連も知る顔だ。老若男女問わず人気者の彼を見て、手を振る者もいる。
「阿形さん、お疲れ様です!」
エージェントの少女も笑顔で松之助に駆け寄る。これもいつもと変わらない日常なのだが、今日は少しだけ違った。
「あの二人、仲がいいわよねぇ」
「ほんと、お付き合いしてるんじゃないかしら」
(……!)
常連の女性の無責任な会話を、拾ってしまった。
自分たちの関係を知らないゆえの発言だと解っていても、胸が締め付けられる。知らないうちに、握っていた拳に力が入ってしまう。
改めて彼女と松之助を見ると、二人は笑顔のまま会話をし続けている。おそらく届いた魚についての話なのだろうが、本当にそうなのか近づいて聞きたくなってしまう。
駄目だ。ここにいたら薄暗い感情に飲み込まれそうになってしまう。ヒーローたる者、常に冷静たれ、正しくあれ、だ。
水を飲みほしてから、仮面カフェの外に出た。
外に出て少しすると、「魅上くん!」と呼び止められた。
「何も食べずに出ていくから、気になっちゃったんだけど……」
「すまない」
才悟としては食事ができる余裕がなくなったから出て行ったのだが、相手から見れば不審な行動に見えたのかも知れない。一言謝罪する。
……が、その先の言葉が出てこない。
元々会話は苦手だったが、今日は特に言葉が出てこない。何と言い訳すればいい? 何故こうなったか解らないのに?
「キミは、好きな人はいるのか」
考えに考えて、口を突いて出たのはその言葉だった。
当然だが少女は顔を赤くして「え、あ、あの、その」と戸惑いの言葉を返す。
「急にどうしたの?」
それはオレが聞きたい。才悟は心の中で自問自答した。
何故急に好きな人がいるのかを聞きたくなったのだろう。先ほどの会話が、心のどこかで引っかかっていたのだろうか。
彼女の方は赤い顔のまま「いないわけじゃ、ないけど」と付け加えた。
「いるのか」
「う、うん」
才悟の脳裏に松之助の姿が浮かび、先ほどの会話がリフレインする。仲がいいわねぇ、お付き合いしているんじゃないかしら……。
「そうか」
努めて平静に呟く。
「ねえ、急にどうしたの?」
再度同じ質問が来た。才悟は、ふとすれば相手を聞きたくなる衝動を抑え、もう一つの気になることを聞いた。
「もし、その好きな人と結ばれたとしたら、エージェントを辞めるのか?」
それは、嫉妬よりも大きな感情。
好きだと気づいた時から生まれていた不安だった。
恋だと自覚した以上、自分と結ばれてほしいと思う。だがその反面、エージェントとして自分たちを導いてくれなくなるのなら、恋人ではなくエージェントのままでいいとも思ってしまう。矛盾した感情。
自分は、結局どうしてほしいのだろう。いや、どうしてほしいと考えること自体わがままなのではないだろうか……。
「魅上くん」
思考迷路に陥りそうになるのを止めたのは、そのエージェントの少女の手と言葉だった。
「私は、エージェントを辞めないよ」
握られた手が暖かい。彼女の手が暖かいのか、それとも自分の手が熱いのか。
「本当は全員均等に大事にすべきだから、そういう関係になっちゃいけないんだろうけど、もしなったとしてもみんなが大事なのは変わらない。
それにカオスイズムもまだ倒せてないのに、自分だけ一抜けたなんて無責任じゃない?」
……確かに。
カオスイズムが暗躍している今、奴らを止められるのは仮面ライダーだけだし、それらを取りまとめて導く存在は必要不可欠だ。ある意味、世界の命運は彼女の手にかかっていると言っても過言ではない。
はっきりと断言する彼女に内心ほっとして……すぐにその思いを打ち消した。あまりにも自分勝手すぎる。
「だから安心して。私が誰を好きになったとしても、エージェントはそのまま続けるから」
そう言って微笑まれる。
「……そうか」
思わず見惚れてしまったので、才悟は恥ずかしさのあまりついそっぽを向いてしまった。変な勘繰りをされなければいいが。
「で、何で好きな人とか聞いてきたの?」
三度目の質問。
さすがにもう返答せずにはいられないと思うので、素直に言うことにした。
「さっき、キミと阿形松之助を見て、付き合っているんじゃないかと客が言っていた」
「え」
「だから聞いた。実際、そうなのか?」
「え、えーと……」
才悟の質問にうろたえる少女。ただ表情を見る限り、どうも突拍子もないところからの一発に戸惑っているようだった。勢いで松之助の関係まで聞いてしまったが、これはまずかったのだろうか。
彼女は困った顔のままぽつりぽつりと言う。
「そういう噂は知らなかったわ。と言うか、阿形さんとそんな関係になるのを考えたこともなかった」
「そうなのか?」
意外だった。彼女の予想外の答えに、また内心ほっとしてしまい……またすぐにその思いを打ち消す。あくまで考えたことがなかっただけで、今後どうなるかは解らない。過剰な期待はせず、常に冷静であるべきだ。
ぐ~……
ほっとしたからか、腹が元気良く鳴いてしまった。
つい腹を抑えると、彼女はくすくすと笑う。「やっぱりお腹空いてたのね」と言いながら、懐からサンドイッチを取り出してきた。卵のサンドイッチとハムとツナのサンドイッチ。
「お店の賄いものだけど、持ってきちゃったわ。一緒に食べましょう」
「……助かる」
卵の方を手に取り、一気に半分ほど食べる。
いつだったか食べたオムライスに負けないほどの美味しさが、口の中に広がった。
「……誰が好きなのかは、聞かないのね」
あっという間に卵サンドを平らげた才悟を見ながら、つい呟いてしまう。彼の耳に届いたかもしれないが、それはそれだ。
――好きな人はいるのか
そう聞かれた時、思わず倒れそうになってしまった。
そういうことには全く興味がなさそうな顔と態度をしているのに、急に詰め寄ってきて、挙句自分と阿形松之助の関係を疑ってきたりして。
(積極的なんだか興味ないんだか)
もうちょっと踏み込んだことを聞いてきたのなら、きっと。
(あなたが好きって言えたんでしょうね)
少女はため息を一つついて、想い人の背中を追った。