そのバイクが来たのは、朝六時前の事だった。
凜花は既に来訪を知っていたので、才悟がチャイムを鳴らす前にタワマン入り口で待っていた。
「お待たせ」
「いや、待っていない。キミは早いな」
バイクのキーを入れながら才悟が言う。実のところ、お誘いが嬉しくて、五時に目が覚めてしまったのは秘密だ。
ヘルメットをかぶろうとして、ふと思い出す。
「明けましておめでとう」
「ああ、明けましておめでとう」
二人そろってぺこりと頭を下げる。一応ライダーラインで全員に新年の挨拶は送っているのだが、実際に会うとやっぱりちゃんと言いたくなる。
さて、新年の挨拶もちゃんと済ませたので、凜花は持ってきたヘルメットを被り、才悟のバイクに乗り込む。
これから二人で、初日の出を見に行くのだ。
『初日の出を見に行かないか』
そう才悟から誘いを受けたのは、クリスマスも終わって年明けも見えてきたころだ。
『阿形松之助に、いい場所を教えてもらった。少し遠いが、綺麗な日の出が見れるらしい』
初詣の方はジャスティスライド全員で行くから、初日の出はキミと行きたい。
そう付け加えられて、凜花は二つ返事でその誘いを受けた。ジャスティスライドの仲間を優先してもいいはずなのに、自分の方を優先してくれた。それが何よりも嬉しかった。
『初日の出だから早くに出るが、キミは大丈夫か?』
『大丈夫よ。仮面カフェは大晦日早仕舞いするから』
『そうか。なら良かった』
こうして、凜花と才悟は初日の出を見に行く事になった。待ち合わせの時間が時間なので、年明けを見てすぐに眠った。そのおかげで、今こうして凜花は才悟の運転するバイクに乗せてもらっている。
まだ夜のとばりが下りている中、バイクはスピードを上げて走る。バイクの音しか聞こえない虹顔市が、とても新鮮に見える。
「大丈夫か?」
運転しながら才悟が問う。大丈夫よ、と笑って答えてからタンデムベルトを握る力を少しだけ強めた。
そうしてバイクに乗って数十分。目的地に着いたらしく、才悟がバイクを止めた。
「ここなの?」
「ああ。……もう人が集まっているな」
才悟が言うように、初日の出待ちの人が数名ほどいた。中にはカメラをセットして初日の出を撮ろうとしている者もいる。はぐれないよう、二人は自然と手を繋ぎ合った。
ふーっと吐く息は白く、寒さは肌を指す。厚着はしてきたが、それでも寒い。才悟も寒いのか、息で空いている手を暖めていた。
凜花はそんな才悟を見て、一旦手を放す。才悟が軽く驚いている中、バッグから水筒を取り出した。
「水道水を暖めたものだけど」
「恩に着る」
仮面カフェの水を持ってこれれば良かったのだが、どれだけ暖めても今の時間だとぬるくなってるだろうと思ったので、家の水道水を暖めたものを持ってきたのだ。
受け取った才悟はごくりとお湯を飲む。ふーっと落ち着いた息をついてから、飲み口を凜花の方に向けた。
「キミも飲むといい」
「え!? あ、そ、そうね」
一瞬間接キスを考えた自分が恥ずかしい。凜花は水筒を受け取って、飲み口を拭いてから一口飲んだ。
水道水を暖めたそれは、暖かい味がした。
遠くの水平線に色が付き始めた。それだけで、周りがおおっとざわめき出す。初日の出まであと少しだ。
「もうすぐだな」
「ええ」
自然と近づく二人。才悟が肩に手を置いてきたので、凜花はもたれかかるように寄り添った。
こうして大事な人と一緒にいられるだけで幸せな反面、この時間もそろそろ終わりだと思うと胸が苦しくなる。もうちょっとだけこのままでいたい、と願う自分が浅ましく感じて、思わず目を閉じてしまった。
目を閉じたのに気付いたか、才悟が眠いのかと問うてくる。
「ううん、起きてるわ。でも」
「でも?」
「上り切るまで、このままでいさせてくれる?」
ささやかだが切ない願いに対し、才悟はキミが望むなら、と肩に置いた手に少しだけ力を込めた。
世界が、夜の色から朝の色に変わっていく。初日の出だ。
「綺麗……」
凜花は思わずつぶやく。その言葉を聞いた才悟は、良かったとほーっとため息を付いた。
「この朝日を、キミと見れたのが嬉しい」
才悟の言葉が染み入る。と、当時に去年の事を思い出して思わず笑ってしまった。
「な、何故笑う?」
「ちょっと、去年の事を思い出しちゃって」
陽真から聞いた話だが、初日の出や新年は何故楽しいかなんて聞いたらしい。まだ「楽しい」とかの感情が育ち切っていなかった才悟が、今はこうして初日の出を自分に見せて嬉しいと言ってくれている。それが何よりも嬉しくて、何よりも愛おしい。
きっと才悟はきづいていないのだろうけれど、彼は皆から色んな物を吸収し、魂を育てている。もうピアスが野望のために生み出した道具ではなく、魅上才悟という一人の人間として彼はここにいるのだ。
「魅上くんは、私たちみんなの思いをちゃんと受け止めて、理解していってるのね」
「そうなのか?」
「ええ」
凜花が微笑むと、才悟は不思議そうに首をかしげるが、すぐに「キミが嬉しそうならそれでいいんだろう」と薄く微笑んだ。
新年初の太陽が、地平線を離れようとしていく。そろそろ帰った方がいいだろう。
だが二人はその場を離れず、しばらくこのままでいた。ほんの少しでも二人でいられる時間が欲しい。そう思ったのは、お互い同じだったようだ。
太陽が地平線を離れてしばらくしてから、家路につく。
そろそろ大半の人々が目を覚まし、虹顔市も新年で活気づくころだろう。ライダーフォンには、どっさりと謹賀新年のメッセージが入っているに違いない。
「早く帰らないと、初詣に出遅れちゃうわね」
「ああ。急いで帰ろう」
ヘルメットを被り、二人はバイクに乗る。凜花がちゃんと座ったのを確認してから、才悟はバイクを走らせ始めた。
行きと同じぐらい……否、少しだけ早めのスピードで、バイクは走る。「急いでいるの?」と問えば、キミを早く執事の元に送り届ける義務があると返って来た。仮面カフェは今日は休日なのだが、才悟の頭の中からすっぽ抜けているらしい。まあ新年早々ライダーステーションを使いたいというライダーがいるかも知れないから、仮面カフェで降ろしてもらうのは間違ってないのかも知れないが。
やがてバイクは仮面カフェの前に着く。二人きりの時間は、もう終わりだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
名残惜しさを短い挨拶でかき消し、凜花は仮面カフェのドアを開けようとして……一つ言い忘れていたことを思い出した。
「魅上くん!」
バイクにまたがった才悟を止める。不思議そうな顔でこっちを見る才悟に対し、凜花は微笑みながら言った。
「今年もよろしくね」
できれば、今年だけでなくこれからも、ずっと。
そんな思いを込めて言った言葉なのだが、才悟は理解しただろうか。……否、解らなくてもいい。言葉通りに受け取ったとしても、今年は「よろしく」してくれるのなら、それでいい。
才悟は一度目をぱちくりしたものの、すぐに同じように「今年もよろしく」と返してきた。いつもの表情かついつもの声色での挨拶だけれど、きっと中身は自分と同じぐらいの想いがあると思いたい。
バイクに乗って去って行く才悟の背中を見ながら、今年もこの気持ちが曇りませんようにと凜花は願った。