「既読」

 クリスマスは仕事だと最初から言っていたが、何もできないと言うわけではない。凜花はそうタカをくくっていた。
 しかし現実は厳しく、コスモス財閥主催のパーティーに対し凜花ができる事は座っている事だけだ。
 暇だからと言ってライダーフォンを見るわけにもいかず、かといって用事を作って抜け出すわけにもいかない。忠実な執事ががっちりとついているため、何もできずにただ微笑んで座っているだけしかできない状態だ。
 とは言え……。
「レオン、どうしよう」
「どうしよう、とは?」
「トイレ」
 レオンが絶句する。パーティー前にはちゃんとトイレは済ませていたものの、開始の乾杯とその後ちょくちょくノンアルコールカクテルを飲んでいたので、尿意が押し寄せてきているのだ。
 おむつなんて便利な物は履いていない以上、我慢してくれと言われても困る。レオンもレオンで我慢してくれとは言えない状態なので、「仕方ありませんね」と許可を出してくれた。
「おや総帥、どうなされました?」
「少々ドレスを直しに……」
 誤魔化しの愛想笑いを振りまきながら、凜花はそそくさと会場を後にした。幸い、会場からトイレまでの距離はそう遠くない。
 個室の一つに入り込み、トイレを済ませる。さっきまで座っていた椅子よりもだいぶ固いのに、今までで一番落ち着いた気がした。
 ふと、時間が気になった。
 バッグからライダーフォンを取り出し、待ち受け画面を見る。そこにあるのは「20:35」の文字。凜花は未成年なので21時に上がらせてもらえるのだが、それよりも気にしたのは。
(魅上くん、寝ちゃってるかな)
 ジャスティスライドでパーティーをやると言っていた魅上才悟の事。今年こそサンタに会いたいと言っていたが、おそらくいつもの眠気に耐えきれずに寝てしまっている事だろう。それでも。
(ちょっとだけなら、いいわよね)
 ライダーラインを開き、才悟にメッセージを送る。

『もう寝ちゃってるかしら? メリークリスマス』

 長い間人(特にレオン)を待たせるわけにはいかないので、味気も何もないメッセージ。だが、送らずにはいられなかった。多分、既読が付くのは明日の朝だなと思いつつ、凜花はライダーフォンをバッグに仕舞ってトイレを出た。
 パーティー会場に戻ると、レオンが「少し遅いですよ」とちくりと言ってくる。ドレスに慣れてないんだから、と返したが、これは後でお小言かなと内心ため息を付いた。
 そして21時。
 約束通り、凜花はパーティーから帰れるようになった。名残惜しそうな笑顔を浮かべて手を振ると、他の参加者も愛想笑いで手を振ってくれる。その中でレオンを連れ、凜花はパーティー会場を出た。
 既に建物入り口前でスタンバイしていた車に乗り込むと、凜花は大きく息をついた。
「はぁ~~~~、やっと終わった……」
「ご主人様、はしたないですよ」
「しょうがないじゃない。疲れたんだもの」
 コスモス財閥次期総帥となってからもう2年近く。それでもこのような堅苦しいパーティーは慣れないし、何より疲れる。はしたないと言われても、ため息ぐらいは許してもらいたいものである。
 とは言え、何時までもぐだっとしているわけにはいかない。凜花は頬を叩いて姿勢を直す。
「戴天さんや雨竜くんなら家に帰るまでしっかりしてるんでしょうね」
 そうぼそりと呟くと、当然ですよとレオンが小言を始める。普段はこっちをおちょくって遊んでいるのに、こういう時はやれしっかりしろとか次期総帥として相応しい態度をとか言ってくるので始末に負えない。とはいえ、内容的には納得せざるを得ないものばかりなので、何も言わずにお小言を聞き続けた。

 タワマン前で降ろしてもらい、そのまま家に帰る。
 ドレスを脱いでキャミソール一枚になると、先ほどの疲れがまた襲ってきた。ベッドに寝転がりたくなるのをこらえ、いつもの寝間着姿になる。ドレスはハンガーに吊るしておいた。明日クリーニングに出そうと思う。
 置き去りになってたバッグからライダーフォンを取り出すと、何人からかクリスマスの挨拶が入っていた。それを一つずつ読んでいるうち、ある事を思い出す。
「魅上くんは……?」
 やっぱり寝てるだろうなと思いつつ、彼の個人ラインを開く。
 当然だがクリスマスの挨拶は入っていなかった。やっぱり寝ちゃってるか、と思っていたのだが、ある一点に目が行った。

『既読』

「……!」
 既読。つまり読んでくれた。
 最初から起きていたのか、それとも途中で目が覚めたのかは解らない。だが才悟は、自分のクリスマスメッセージをちゃんと読んでくれたのだ。
 当日に会えなくても、言葉を交わした気がしてくる。実際に会えなくても、こうしてメッセージだけでも、ちゃんと心は通じ合うのだ。
 たった二文字の言葉なのに、こんなに嬉しくなるなんて思わなかった。
(魅上くん、どんな顔をして見たのかしら)
 そんな事を考えながら、ライダーフォンをテーブルに置く。
 サンタは来なくても、あの二文字だけで充分なクリスマスプレゼントを貰えた。そんな気がした。

 翌日。
 内装を年末ひいては正月風にしていると、からんからんとドアベルを鳴らして才悟が入って来た。
「あら、魅上くん。おはよう」
「おはよう」
 朝の挨拶を交わし合う。多分注文は水だろうなと思いながらカウンターに引っ込もうとすると、その手を掴まれた。
「? ど、どうしたの?」
「すまなかった」
 唐突な謝罪。訳が分からずに首をかしげていると、「昨日のことだ」と才悟が付け加えた。
「昨日?」
「挨拶を返せなかった事だ」
「……ああ!」
 昨日のクリスマスの夜、何人かがメッセージを送ってくれたのだが、才悟はそれを送れなかったのを悔やんでいたようだ。だから朝早くに来て、こうして謝りに来たと言う事か。だが。
「別に気にしてないわよ」
 凜花が微笑むと、才悟はもごもごと何か言おうとする。それを空いてる手で止めて、凜花は言葉を続けた。
「夜のメッセージ、読んでくれたんでしょう?」
「……ああ。途中で目が覚めたら、キミからメッセージが入っていた。読むので手一杯で、何も返せなかったが」
「それでいいのよ。読んでくれただけでも、私は嬉しかったわ」
 テンプレ通りの挨拶がなくても、気の利いたメッセージがなくても構わなかった。読んでくれた、という事実だけでも嬉しかったのだ。
 既読の二文字がどれだけ凜花の心に明かりにともしたか、才悟は知らない。
「ありがとう」
 改めてお礼を言うと、才悟は「オレは何もしていないが」と不思議そうな顔をした。そんな顔も愛おしくて、可愛がりたくなってしまう。
 と、凜花はちょっと思いついた。
「クリスマスの挨拶ができなかったのが気になってるなら、今から挨拶してもいいんじゃない?」
「え?」
 才悟が目を丸くする。自分も我ながら何を言ってるんだと思うが、せっかくなのだから改めて挨拶をかわしたい。何故なら、クリスマスに会えなかったのだから。
 凜花が手を取りなおすと、才悟は目を丸くしたまま手を握り返す。互いの手のぬくもりを感じながら、口を開いた。

「メリークリスマス」
「メリークリスマス」

 二人は手を握り合いながら、一日遅れのクリスマスを祝うのであった。