おめでとう

 ぺらり。
 カレンダーをめくる。

「あら」
「どうなさいました」
 凛花の言葉にレオンが反応した。ただ、カレンダーの方に視線を向けているのは凛花だけだ。
「いや、もうすぐみんなと会って一年なのねって思って」
「ああ……」
 一年前、博物館に訪れ、ライダーアカデミーに迷い込んだ。――そして、運命の出会いをした。
 父やレオンが知っていた以上、いずれはあった出会いなのかも知れない。だが、あの時あの森での出会いは、自分の人生全てを変えた運命の出会いだと今も思っている。
「あれからいろいろあったわね」
 ジャスティスライド、マッドガイ、スラムデイズ、ウィズダムシンクス、タワーエンブレム、ギャンビッツイン。個性的なクラス……ライダーたち。
 つらい事大変な事もあったが、思い出すのは面白かった事や楽しかった事ばかり。それだけ濃密な一年だったのだろう。
「ご主人様も、立派になられました」
 今だに残る傷を撫でつつもレオンが懐かしむ。コスモス財閥の最新技術なら傷跡を消すことも容易なのだが、彼は自分への戒めと言ってそれを拒んでいる。
「お祝いしないとね」
「ええ。できれば皆様を集められればよろしいのですが」
 レオンがため息を付く。全員のスケジュールを考えれば、大掛かりなお祝いはほぼ無理だろう。さてどうするか。
 少し考えようと思っていると、レオンがご主人様、と戒める。そうだ、今は平日で仮面カフェの仕事中なのだ。今は目の前の仕事に集中すべきだ。

 ぺらり。
 カレンダーをめくる。

 時間が経つのは早いもので、気づけば記念の日まで一週間となっていた。
「どうしよう……」
 お祝いの何かを準備しようと思っているのに、その準備の内容がいまだに思いつかない。いつもならレオンが相談に乗ってくれるのだが、最近は妙に忙しくしていて話しかけるタイミングがなかった。
 そもそも自身も財閥の仕事なども重なって、落ち着いて相談する時間もないのだ。実際今日も財閥と取引している会社に顔を出すので精一杯で、記念のお祝いについて話す余裕がなかった。
「こういう時に限って……」
 イライラが募るが、だからと言ってサボるわけにもいかない。だから愚痴はギリギリのところで抑え、代わりにため息を付く。
 ともかく。ともかくだ。
 ぶつぶつ文句を言ってる暇があるなら、目の前の仕事に集中。そんな事の積み重ねで自分は生きてきたはずだ。凛花は自分の頬を叩き、バッグから手帳を開く。今日の予定はとりあえず終了のようだ。
 仮面カフェに戻ろうかと思ったが、凛花はふと思い立って家路につく。
 途中で手芸の店に寄り、材料になりそうな物を買い込む。イメージはできているが何で作ればいいのか解らないので、店員に相談したら、そう言う事ならとお勧めを選んでくれた。
 家に帰ると、テーブルに手芸店で買った材料を広げる。今回の材料の一つは長いので、破らないよう注意しながら裁縫を始めた。

 ぺらり。
 カレンダーをめくる。

「……情けないわね……」
 ベッドに臥せながら、凛花はぼそりと呟いた。
 昼は財閥の仕事または仮面カフェの仕事、夜はプレゼント製作に費やしていたら、知らないうちに身体に無理をさせていたらしい。凛花は朝から高熱を出していた。
 普段なら黙々と薬を飲んで寝ているところだが、今日に限っては無理をしてでも起きていたかった。何故なら、今日が記念の日だから。
 のそのそと起き上がってベッドから出ようとすると、とんとんと誰かがドアをノックしてきた。慌ててベッドの中に潜り込み、どうぞと返事をする。
「ご主人様、入りますよ」
 入ってきたのはレオンだった。食事の時間にしては早い気がする……と思いながら起き上がると、レオンはさっと花束を出した。

「ご主人様、エージェント一周年、おめでとうございます!」

「……え?」
 唐突なお祝いの言葉に、凛花は目を丸くする。
 確かに今日はエージェントになって一周年の日だが、お祝いするのではなくてされる? 自分が?
 目を丸くして自分を指さすと、レオンはにっこりと笑う。
「ええ。ライダーの皆様も、いつも頑張るご主人様をお祝いしたいとおっしゃっていらして。こうしてたくさんのプレゼントを贈ってこられました」
 そう言ってレオンが紙袋をサイドテーブルの上に乗せる。優しい香りのする香水、綺麗な衣類や高価なバッグなどが紙袋の中から出てくる。中には自画像など明らかに誰が贈り主か一目瞭然な物もあり、バラエティ豊かなプレゼントの数々だった。
「みんな、私のために……」
「ええ。私が今日の事をお話すると、皆さま喜んで用意すると言ってくださいましたよ」
 プレゼントの内容も嬉しいが、その気持ちも嬉しくて泣きそうになる。が。
「待って、私としてはみんなをお祝いしようと思ってたのに」
「それも重々承知です。ですが、我々としてはご主人様を労いたいと思いました」
「……」
 参った。
 お祝いすることは考えていても、お祝いされることは全く考えていなかった。しかもここまでたくさんの贈り物をもらうとは。そうなると、こうして倒れたことがなおさら申し訳ない。
 泣き出しそうになっていると、レオンがさっとハンカチを差し出してくれた。素直に受け取って涙をふき取る。
「こんなにお祝いされたのって初めて」
「ふふ、これからは毎年お祝いされますよ」
 そう言われると、気が引き締まる気がする。これらのプレゼントに見合った働きをしないといけない。改めてそう思った。
「頑張らないといけないわね」
「ええ、それにはまず風邪を治さないといけないですね」
「そうね……」
 蘇る情けなさ。彼らのためにも早く治そうと布団に潜り込んだ。

 ぺらり。
 カレンダーをめくる。

 たくさんのプレゼントをもらった記念日から一日が過ぎた。
 解熱剤とたっぷりの睡眠で熱は下がったものの、レオンから「まだ安静にしていてください」と言われて大人しく寝ていた。しかしなまじ熱が下がっている状態で寝ていると、夜寝られないのではとも思ってしまう。仕方ないので、こっそりとプレゼント製作に勤しんでいた。
「……これでいいかしら」
 出来た物を一旦見直して、サイズなどを確認する。ふうと安堵の息をついていると、誰かがノックしてきた。前にもあったなと思いつつも、作ったプレゼントをさっと片付ける。
 どうぞ、と声をかけると、中に入ってきたのは魅上才悟だった。
「見舞いに来た。大丈夫か?」
「え、ええ。熱は下がったわ」
「そうか。良かった」
 しばらくはお互い喋らない。才悟がべらべら喋るキャラでもないし、自分も話のネタがないので黙ってしまうのだ。
 だが、この沈黙は心地いい。相手が傍にいる。それが解るだけでも嬉しかった。
「昨日はごめんなさい。みんながお祝いしてくれたのに、その私が倒れるなんて」
「そんな事はない。無理をしていたなんて知らなかったオレ達も悪い」
「む、無理は……」
 していないとは言えなかった。財閥の仕事などが被ってる中、ひたすらプレゼントを作っていたのだ。
 どうしようか、と考えていると、才悟の目がとある一点で止まった。視線の先は……隠しきれなかったプレゼントの端っこ。
「これは?」
「あ……!」
 才悟がつまんで引っ張ると、するするとそれ――マフラーが出てきた。夏でも巻けるよう通気性のいい布で作ったエメラルドグリーンのマフラー。端にはジャスティスライドのロゴマークが縫い付けられており、才悟のために作ったものだ。
 もう誤魔化せないと悟った凛花は、ぽつりぽつりと説明する。
「み、みんなに会えて一年経つから、何かお祝いの品を送ろうと思って作ってたの。でもばたばたしてたから、まだ一人分しか作れてないのよ」
「このマフラーを?」
「バイクと言えばマフラーかなって思って……」
 宗雲や戴天のようなスーツの人間もいるが、凛花の中ではバイクに似合うアクセサリーと言えばマフラーだった。なので、全員のパーソナルカラーとクラスのロゴマークを組み合わせたマフラーを作っていたのだ。
 しかし思いついたのがつい最近なのと、ここ最近の多忙故に作れたのは才悟の分だけという体たらくだった。
「本当はみんなの分も作るつもりなの。だけどまだ魅上くんのだけしか作れてなくて……」
 秘密にしてね、と言うと才悟は真面目な顔で頷く。そしてマフラーを手に取ると、「これをオレにくれないか」と聞いてきた。
「キミからのプレゼント、是非とも欲しい」
「でも、後でジャスティスライドのみんなにも上げるつもりなんだけど」
「今欲しい。何故だか解らないが、キミから最初にもらえると言うのは凄く嬉しい」
「うーん……」
 そんなものなのだろうか。よく解らない。
 だが実際才悟は手に取ったマフラーを前に目を輝かせているし、この状態でもうしばらく待ちなさいと言うのは酷だろう。凛花はため息を一つついた。
「いいわ、それはあげる。一年間ありがとう」
「……!」
 才悟の目が丸くなる。凛花の顔とマフラーを交互に見、やがて嬉しそうに「恩に着る」と返事して巻き始めた。エメラルドグリーンのマフラーは、いつもの服の色と似ているものの、似合わないと言うことはなさそうだ。
「ぴったりだ」
「そう、良かった」
 才悟の嬉しそうな顔に、凛花はほっと安堵の息をついた。

「……なぁ」
「何?」
「入りづらくないか?」
「お前が全員で見舞いに行くって言ったんだろうが」
「まさか才悟がおれ達よりも先に行ってるとは思わなかったんだよぉ!」