ツーショット

 タップ、スワイプ、スワイプ、タップ……。

 ライダーフォンを操作し、目的の写真を呼び出す。花見の時、凛花自身が撮った写真。
 凛花の視線は、執事レオンの前にいる男――魅上才悟だった。
「……」
 才悟の写真は少ない。写真を撮るきっかけがなかなかないし、才悟自身写真を撮られる行為を好いていないようなのだ。
 自分も同じだ。写真に撮られるのが苦手で、カメラを向けられるとすぐに逃げ回っていた。はっきりとした理由はないけれど、撮られると言う行為そのものが苦手だった。才悟もそうなのだろうか。
(そう言えば、みんな私も中に入れってせがんでたわね)
 やれ自分が撮る、やれ他の人に頼んで撮ってもらおうなど、色々言われたが、頑として拒否した。撮られるのは苦手なのもあったが、本当は。
(私が隣に並ぶのを怖がったんだけど)
 皆がそろって才悟の隣に並ばせようとするので、それを避けた。恥ずかしいのもあったが、何より自分が並ぶことで才悟の写りが悪くなるのでは……と思ってしまったのだ。
 もちろん、ただの妄想だ。しかし過去に何回か「お前は地味だから映えない」と言われた事のある身。その記憶が、誰かの隣に並ぶと言う事を恐れさせていた。
(魅上くんは気にするようなキャラじゃないってのは、よく解ってるのに)
 逆に何故と聞いてくるのが目に浮かぶ。それでも、過去の記憶は自分の足を引っ張ってくるのだ。
「ああもうっ」
 振り払うように頭を振っていると、指が滑って写真を消してしまう。バックアップは当然、ない。
「どうしよう……」
 思い出の写真を消してしまっただけでも問題なのに、自分がくさくさしていた結果というから何も言えない。
 写真が消えた跡を見ながら、深々とため息を付いた。

 少し考え、消してしまったことを素直に話してコピーを貰うことにした。
「ありゃりゃ、凛花ちゃんも色々あるんだね~」
 偶然にもタイミングよく颯が仮面カフェに来たので、彼に事情を話す。話を聞いた颯は目を丸くしつつも、自分が持っている写真を凛花の方に転送してくれた。
 手元に戻ってくる花見の写真。安どのため息を付きつつ見ていると、颯がくすくすと笑いながら提案してきた。
「せっかくなんだからさー、才悟の写真撮ればいいじゃん。ツーショットとか!」
「え」
 考えたこともなかった。
 この花見の写真でも十分満足しているつもりなのに、ツーショット写真。そんな高望みをしてもいいのだろうか。
 颯はこっちが驚いている事に驚いているようで、また目を丸くする。
「『え』って、才悟は写真撮られるの嫌がるとは思えないんだけどな。特に君となら喜んで撮られると思うよ?」
「そうかも知れないですけど」
 撮れるなら撮りたい。才悟がいいと言うのなら、本当にいいのだろう。だけど。
「……私が、撮られるのが苦手なんです」
「え」
 今度は颯が言葉に詰まる番だった。
「撮られるのが苦手って、写真嫌いなの?」
「写真そのものは嫌いではないんですが、昔地味だから映えないとか言われまして」
「何それ~」
 凛花の言葉に颯が呆れた顔になる。今なら自分も颯と同じ顔をするだろうが、言われた当時はそれは悩み、トラウマになってしまったのだ。颯もそれが解ってくれたか、それ以上深入りはしなかった。
 ともあれ、写真に撮られることが苦手なのは変わりない。ツーショット写真など夢のまた夢な気がしてきた。
 ふうとため息を付いていると、かしゃりとシャッター音が鳴る。視線を追えば、スマホを構えた颯が笑っている。
「なーんだ、撮れるじゃん」
「そりゃ不意打ちなら誰でも撮れますって」
 笑う颯に呆れる凛花。実際に撮られた写真は、ため息を付く情けないそれだった。素直にそれを言うと、颯は「そんな事ないのになー」と口を尖らせた。
「とにかくさ、写真写りが良くないってのはないよ。才悟と並んでも見劣りするとか、そんな事絶対ないからさ」
「……ありがとうございます」
 颯が全力で慰めているのが解るので、深々と頭を下げる。
 それにしても。消してしまった写真を貰うだけだったのに、ツーショット写真とか話が大きくなってしまった気がする。どうやって才悟と一緒に写真を撮ればいいのだろうか。
 彼の事だから、おそらく普通に頼めば撮らせてくれるだろう。だが、その普通に頼むという部分で、ハードルが高く感じる。
(どうすればいいのかしら……)
 悩んでいると、颯が「大丈夫?」と顔を覗き込んできた。
「もしかして、才悟にどうやってツーショット写真頼むか悩んでる?」
「!」
 紫苑じゃないのに心を読まれてしまった。見抜いた方は「顔に書いてあるよ~」とけらけらと笑う。
「そんなに真面目に考えなくていいって。普通に一緒に撮ろうよってお願いすればいいんだって」
「そうは言いますけど……」
「だったら僕が代わりにお願いしようか?」
「い、いえ、自分でお願いします!」
 そう言いながらライダーフォンを取り出す颯を急いで止める凛花。せっかく頼むのなら、自分自身で頼みたい。颯は最初大丈夫か不安そうな顔になったが、こっちが真摯に訴えると渋々ライダーフォンを仕舞った。
「まあ凛花ちゃんが自分で頑張るならいいけどさぁ……本当に大丈夫?」
「大丈夫ですから」
 本当は全然大丈夫ではないのだが、このままだと本当に才悟を呼ばれかねないので心の不安は無理やりねじ伏せた。

 それから数日経った。
 颯にはああ言ったものの、なかなかチャンスは巡ってこない。と言うより、才悟が仮面カフェに来ないのだ。
 仮面ライダー屋が繁盛しているという事でもあるが、会いたい時に会えないと言うのはなかなかつらいものがある。呼び出すことも考えたが、その理由が写真を撮りたいと言うだけでは弱い気がした。
 今日もそんな感じで悩んでいると、ドアベルがからんからんと鳴った。
「いらっしゃいませ……ってあら、魅上くん」
「ああ」
 入ってきたのは、現在目下悩みの種になっている魅上才悟その人。当然彼はその事を知らないので、いつもと変わらぬ態度で水を注文してきた。注文通りに水を出そうとするが、それより先にレオンが先に飛び出した。
「魅上さま、ここで会ったが百年目です! 今日こそ勝たせていただきますよ!」
 どうやらいつぞやの勝負をまだ引きずっているらしく、レオンは才悟の返事を待たずにカードをシャッフルし始める。自分は関係ないかな……と思っていたのだが、レオンはこっちの方にも向いて「ご主人様もやりますよね?」と聞いてきた。幸い、今いる客は才悟だけなので、凛花もレオンの勝負に参加することにした。
 勝負はブラックジャック。わざわざ才悟の得意分野で戦う必要があるのかと思うが、どうやらレオンは相手の得意分野にもちゃんと勝ちたいらしい。
「それに、ご主人様もついていますからね」
「……?」
 レオンの言葉に凛花は首をかしげる。自分はそれほどギャンブル系のゲームに強いつもりはないのだが。
 疑問はありつつもゲームは始まった。三人でカードをシャッフルしあい、カードを配り合う。凛花の手元のカードの総計は……15。微妙な数字だ。
(魅上くんたちは……)
 そっと二人の様子をうかがう。当然だが二人とも表情に揺らぎはなく、何を引いたのかは想像がつかない。
 自分が欲しい数を引く可能性を大雑把に計算し、もう一枚請求する。21を超える可能性もあるが、その時はその時だ。
 もう一枚カードが渡される。気になる数字は……5。ギリギリ超えずに済んだので、内心ほっと胸をなでおろした。
「それでは行きますよ。わたくしのカードは……23です」
「オレは19だ」
「私は20」
 お互いカードを見せ合う。どうやら凛花の独り勝ちのようだ。
「ご主人様、やりましたね!」
 レオンが自分の事のように大喜びする。自身は負けているのだが、あんまり関係ないらしい。調子に乗って「勝ったご主人様は何か一つ命令してください」とまで言ってきた。
「ちょっと、そんな事聞いてないんだけど」
「今言いました」
「……」
 しれっと言うレオンに絶句する凛花。才悟の方は目を丸くするだけで、何の反論もしない。この様子だと、自分が二人に何か「命令」しないと収まりがつかないようだ。
 逆手にとって命令権キャンセルでも言おうかと思ったその時、頭に一つ「命令」が浮かんだ。

「写真……撮ってくれないかしら」

「「?」」
 レオンと才悟が顔を見合わせる。特に事情を知っているレオンは目を丸くしている。
「写真撮られるの苦手だから、少しでも克服したいの。せっかくだから手伝ってほしくて」
「なるほど!」
「そうか」
 理由を説明すると二人とも納得してくれた。レオンの方はどこか感動しているような嬉しさがある。
 しかしこれは、半分本当だが半分は嘘だ。颯に言われた才悟とのツーショット写真。今ならいけるのではないかと思ったのだ。
「でしたら、ちゃんとした写真にするべきですね。今からカメラマンを」
「そ、そこまで大げさにしなくていいわよ!」
 レオンが大げさな事を言い出したので、慌てて止める。このままだと何かの記念写真張りに大掛かりなセットが組まれてしまう。それを聞いたレオンは何故かにやりと笑った。

「それでは、私がカメラマンになるので、ご主人様と魅上さまで撮りましょうか」

「……!」
 ハメられた。真っ先に凛花はそう思った。
 レオンがいきなり勝負に自分を巻き込んだのも、あからさまな数字で負けたのも、一つ命令しろというルールを言い出したのも、全部これのためだろう。
 才悟の方はいつもの無表情のままだ。ツーショットについて何の疑問も感じていないようで、眉一つ動かさない。
 とにかく、言い出したのは自分なのでもうキャンセルはできない。凛花は諦めのため息をついた。

 タップ、スワイプ、スワイプ、タップ。

 才悟はライダーフォンを操作し、目的の写真を呼び出す。ついさっき、VIPルームで撮ってもらったツーショット写真。
 そこにはやや緊張した顔の凛花と、いつもと同じ――ように見えるが緊張した顔の才悟が写っている。
「……」
 写真を撮ってもらったのは何回目だろうか。ジャスティスライドの仲間達との写真もあれば、この間のように花見で集まった時の写真もある。だが、こうして二人で撮ってもらったのは初めてだ。
 別に写真を撮る事にも撮られる事にも抵抗感はない。ただ両方ともその必要がないからしないだけだ。だが今回は。
(何故だろう、こうして見ているだけで心が弾んでくる)
 撮られた時も何故か緊張して疑問だったが、こうして撮られた写真を眺めているのも疑問が浮かぶ。何故こんなに心がざわつくのだろうか。
(また撮りたいと言ったら、あの人は受け入れてくれるだろうか)
 写真もまた思い出になる。そのような事をいつか言われたことがある。ならこうして彼女とたくさん写真を撮れば、それもまた彼女との思い出になるのだろうか。
 もしそうだとしたら、今度はもうちょっと緊張せずに普段の顔で写真を撮りたい。
 才悟はそっと写真の凛花の顔をなぞった。