ホワイトデーまで後1日を切った。
ジャスティスライドは先月のバレンタインのお返しとして、深水紫苑たちの家でクッキーなどのお菓子を作っていた。
「これで完成か」
「お疲れ様、蒲生くん」
慈玄や陽真がそれぞれ焼き菓子を完成させる中、才悟はいまだせっせと何かを作っていた。
「魅上くん、大丈夫? そろそろオーブンに入れてもいいと思うよ?」
「解った」
才悟が作っていたのはケーキだった。お菓子作り初心者には向いてないスイーツだが、これを作りたいと言い張ったのだ。なので、紫苑が付きっきりでケーキ作りを手伝っている。
さて、ケーキの種は順調に混ざり合っているが、才悟の目にはそれが本当に順調なのかいまいち解らなかった。紫苑の呼びかけに返事したのはいいが、もうちょっと混ぜた方がいいのでは……と不安になる。
手を出したくなるのをこらえ、ケーキの種をオーブンに入れた。
「あとは焼きあがるのを待つだけだね」
「なるほど」
紫苑がそう言うので、才悟も大人しく待つ。やがて、オーブンから軽い音が鳴り、中の物が焼きあがったのを知らせた。
かぱ、と蓋を開けると、香ばしい匂いと共に焼きあがったパウンドケーキが出てきた。
「うん、いい感じだね」
「そのようだ」
適当に蒔いたチョコチップも、偏ったりせずに点在している。初めて作ったが、悪くない出来だと思う。
「お、そっちも出来上がったか」
いい匂いに釣られたのだろう。後ろでクッキーを袋に入れていた陽真が覗き込んできた。放っておいたらつまみ食いしそうな気がしたので、さっとケーキを取った。
ケーキを切り分け、端っこの部分で味見してみる。あの時ほどではないが、甘く美味しい味が口の中で広がった。
陽真と紫苑が視線を向けていたので、OKの意味を込めて頷く。
「これで全員お返しが作れたわけか」
慈玄が来て言う。その手には3つのクッキー入りの袋があった。
「蒲生くん、リボンもかけてくれたの?」
「ああ」
なるほど。よく見ると、オレンジ・パープル・ブルーのリボンがそれぞれにかけられている。陽真たちの分と言う事だろう。エメラルドグリーンのリボンを渡されたので、才悟はケーキの入った箱にさっとリボンをかけた。
「それにしても、何でケーキにするなんて言い出したんだ?」
本来ならジャスティスライド全員でクッキーを渡す予定だったのだが、才悟が急に自分だけパウンドケーキにすると言ったのだ。
我侭なのは先刻承知だ。だが、どうしてもパウンドケーキにしたい理由があった。それは。
「……あの人が、ケーキをくれたからだ」
エージェントの少女が個人的にくれたパウンドケーキ。あのケーキの味が忘れられなくて、自分でも作って贈りたいと思った。だからあえて自分はパウンドケーキを作ったのだ。
あいにくあの時の味とは程遠いが、パウンドケーキそのものは出来上がった。彼女が喜んでくれるといいのだが。
理由を聞いた3人は最初目を丸くしていたが、すぐに笑顔になった(慈玄だけいつもの仏頂面だが)。
「あの子、絶対に喜んでくれるぜ」
陽真がそう言って肩を組んできた。
どう反応すればいいのか解らないので、とりあえずいつもの表情で「そうか」とだけ返す。それを見た陽真はがくりとバランスを崩しかけたが、すぐに持ち直して笑ってきた。
3月14日。
その日はあいにくの曇り空だったが、才悟は特に気にしなかった。天気予報では「傘を持っていくと安心だ」と言っていたので、折り畳み傘もバッグに入れる。
中央公園にエージェントの少女を呼び出したので、そこに集合しようと家を出た時。
「カオストーンを寄越せ」
タイミング悪く、カオスイズムが襲撃をかけてきた。近くにカオストーンの反応はないので、おそらくライダーの持つカオストーンを直接狙ってきたのだろう。
相手は才悟達が手にしている袋や箱にカオストーンがあるとにらんだのか、銃のターゲットをそっちに向けた。
「冗談じゃない!」
陽真が荷物をこっちに渡して変身する。才悟も一旦荷物を置いて変身しようとするが。
「隙あり!」
手放した瞬間、相手の銃が才悟の荷物を狙って火を吹いた。陽真の荷物……クッキーは何とか守ることが出来たが、才悟の荷物であるケーキは守り切れずに箱が破裂してしまった。
目の前で飛び散るパウンドケーキ。それを見た戦闘員が「ハズレか」とつぶやくのを、はっきりと捉えてしまった。
――何かが切れる音を、聞いた気がした。
「許さない!!」
手早くカオスリングを嵌めると、変身の勢いで敵陣に飛び込む。利き手で放ったパンチは、戦闘員の銃を粉々に砕いた。
「!?」
周りが驚愕する中、才悟はもう一歩踏み込んで回し蹴りに繋ぐ。空気すら切り裂くライズを伴ったそれは、戦闘員の胴体にクリーンヒットする。よろける相手に才悟はさらに踏み込んで蹴りをお見舞いした。
大きく吹っ飛ぶ戦闘員。それを見た隊長格が、「撤退だ!」と周りに呼びかけた。
「逃がすか!」
飛び出そうとする才悟。それを止めたのは変身を解いた陽真だった。
「何をする!」
「余計な追撃は寄せ! それよりやる事があるだろ!」
陽真のその一言で、カッとなっていた頭が急激に冷えていく。そうだ。今日自分がやる事は、カオスイズムを倒して回る事ではないはずだ。
才悟は改めて散乱したパウンドケーキに視線を向ける。ぐちゃぐちゃになったそれは、到底プレゼントできる代物ではない。
「こりゃひどいな……」
陽真も重い声で呟く。せっかく作ったケーキ。それが一瞬でただの残骸になってしまった。
それでも。
才悟はライダーフォンを出し、電話をする。コール2回で相手――深水紫苑が出た。
『どうしたの?』
「深水紫苑。オーブンを借りる」
『え?』
「もう一度ケーキを焼く」
『え?』
同じ言葉しか連呼しない紫苑に対し、才悟は言いたい事だけ言って電話を切る。呼び止める陽真を無視し、ケーキの材料を買いにスーパーに走っていった。
スーパーでケーキの材料を買い、そのまま深水紫苑たちの家へ急ぐ。持っている合鍵でドアを開けると、すぐにケーキ制作に取り掛かった。
一度作ったお菓子。作り方はもう既に頭に叩き込んでいる。なので同じのを作れる。才悟は簡単に思っていた。
……のだが、現実はお菓子のように甘くはない。
お菓子作りどころか料理は素人の才悟。レシピ通りに作っているつもりが、思うようにパウンドケーキが出来上がらない。素人特有のおぼつかなさに加え、焦りも混じっているので、どこかでミスを繰り返してしまうのだ。
それでも試行錯誤を繰り返すうちに、コツは徐々に掴んでくるもの。数時間後、ようやく昨日作ったのと同じぐらいの出来のケーキが出来上がった。
「……出来た」
ほっと安堵の息をつく。時計を見るともう夕方。しかも外は雨が降っていた。
才悟は出来上がったケーキを無造作にビニール袋に入れると、外に飛び出す。折り畳み傘を差し、何も考えずに中央公園を目指した。
普段からトレーニングしているおかげか、新記録で中央公園に着く。雨が降っているせいで人影はほとんどない。
それでも集合場所に行くと、そこには傘を差して人待ち状態の少女がいた。
「……エージェント」
信じられないものを見た声で呼びかけると、彼女はすぐにこっちに気づいて手を振ってくる。周りにジャスティスライドの仲間たちがいない辺り、彼らは先に帰ったのだろう。
「魅上くん、ケーキ出来た?」
「え」
「伊織くんと深水くんが教えてくれたの。ケーキ駄目になっちゃったから、作り直してるって」
だから待ってたの、と微笑む少女の手は冷え切っていた。いくら3月中旬とは言え、雨が降りしきる中で待つと言うのはそれだけ体温を奪っていったのだろう。
そこまでして自分を待っていたのだと思うと、胸の奥が熱くなる。心の底から、何かがこみあげてきそうになる。
……気づけば、才悟は少女を強く抱きしめていた。
「え、ちょ、ちょっと、魅上くん!?」
抱きしめられた彼女が慌てた声を上げるが、才悟の耳はそれを捉えなかった。ただただ彼女の冷えた身体を暖めたいという気持ちで、頭がいっぱいだった。
ホワイトデーもパウンドケーキの事も忘れ、才悟はただ少女を抱きしめ続けた。