歩くチョコレート

・Q

 Qが『それ』を見つけたのは本当に偶然だった。
「何これ」
 エメラルドグリーンの紙袋。中には白い箱が入っている。開けてみたい衝動に駆られるものの、ヤバい物だったら目も当てられない。いたずらは自分が安全な場所でやってこそだからだ。
 一応自分の予想では物騒な物ではないのだが、それでも予想は予想。開けるには少しだけ勇気がいる。
 周りを見てみる。静流はウィスキーボンボンのおかげですっかりいい気分だし、ルーイは似たようなチョコがけチップを検索している。この紙袋に気づいたのは、今のところ自分だけだ。
 スラムデイズは今、仮面カフェでエージェントの少女がくれたチョコを平らげている。バレンタインの今日、彼女はライダー全員にそれぞれ相応しいチョコを用意してくれたのだ。
 ちなみについ先ほどまでランスが自分の身体を使っていたのだが、グミ型チョコと聞いて必死になって取り返した。そしてグミ型チョコを堪能していた今、紙袋に気が付いたわけだ。
「どうしよっかな~」
 ぽつりとつぶやくが、それを拾う者はいない。のんきな奴らだなと心の中でぼやいた。
 さて、どうするか。
 気づいているのは自分だけ。
 この状態で開けるか、開けずに放置するか。開けずに放置しておくのが一番なのだろうが、それは自分のプライドが許さなかった。かといって開けて一悶着あるのも面倒くさい。
 一番楽なのは、誰かに話す事。当然それは速攻で破棄した。どうせ二人とも開けずに放っておけと言うに決まっているのだ。それはつまらなさ過ぎる。
「どうしよっかな~」
 同じ言葉をもう一度呟く。すると、今度はルーイがこっちの方に顔を向けた。気づいたかな、と思ったのだが、彼から出てきた言葉は「そろそろ帰るか」だった。
「えー、もう帰るの?」
「いても意味ねーだろ。もらえるもんはもらった」
「まあそりゃそうだけどさ」
「そうだねぇ、このままいたら、俺お代わり頼んで酔い潰れちゃうよ~」
 静流があくびをしつつルーイに賛同する。
 確かに、静流がまだ意識を保っているうちに帰る方が賢明だろう。酔い潰れた酔っ払いを介抱するのは嫌だし、おぶって帰るのはもっと嫌だ。
「しょうがないなぁ」
 この流れで紙袋に触れるのは面倒だと判断し、一旦視線を逸らす。二人の様子をうかがうが、まだ気づいていないようだ。何かを仕掛けるなら、今しかない。
 出ていこうとする二人を見てから、「あ、ボクちょっとトイレ」とそっと離れる。当然、その手には紙袋を持って、だ。

・神威為士

「ふう、いい汗をかいた」
 トレーニングルーム。
 為士はここでバーチャルバトルに精を出していたが、程よい所で終わらせることにした。
 もらったチョコは美味しく食べたのはいいが、その分体重が増えてしまった。急ぎ減量のためにバーチャルバトルをしていたのだ。
 美しい体系を保つには常日頃の努力が必要。それがチョコのドカ食い程度で狂ってしまうなど、あってはならない事だ。一瞬体積が増えることで、美しい自分をさらに大きく見せられるのでは、などと考えたりもしたが、結局のところ体重が増えると言う現実には耐えられず、減量を選んだ。
 ともあれ、増えた分の減量には成功した。ついでにバーチャルとは言え筋肉バカを殴り飛ばせたので、気持ちもすっきりした。
「これでインスピレーションも湧けば良かったのだがな」
 まあ、本来の目的は達成できたのでそれでいいだろう。せっかくだから大浴場で汗でも流そうと思い、変身を解除して大浴場へと向かう。
 美しさを保ちつつ歩くため、周りを一旦見回す。と。
「……?」
 廊下の腋に、気になる物を見かけた。
 エメラルドグリーンの紙袋。中を覗くと、白い箱が入っている。気になりはするが、自分宛の物ではないのならさほど興味はない。……のだが。
「何故、わざわざここに?」
 そう、ここはライダーステーション。一般の人間が立ち入ることは絶対にできない場所だ。そんな所に、誰が置いたのだろうか。
 とりあえず紙袋を持ち上げる。ざっと全体を見ると、端に軽く「S.Mへ」と書かれてあった。
「はて」
 イニシャルだろうか。末尾が「へ」なので、紙袋の主のイニシャルと言うより、紙袋の主が送りたい相手のイニシャルと考えても良いかも知れない。
 頭の中でライダーの名前とイニシャルを並べて、該当者を探す。思いついた相手は……一人いた。
「なるほど、そう言う事か」
 紙袋の主も送り先も察した。一番簡単なのはそのまま返すことだが、確か自分たち以外にもチョコを渡すと言っていた。となると、相当待つことになるだろう。さすがにそこまで待つ気はない。
 少し考えて、執事に渡すことにした。彼は上のカフェにいるだろうし、彼に渡しておけば必然的に紙袋の主の元に返るだろう。
 執事が紙袋の事を知らないとしても、彼は聡い。紙袋の色と端に書かれたイニシャルですぐに気づくはずだ。何せ、自分ですら気づいたのだから。
 紙袋を持ってカフェまで戻る。
 今、執事はいるだろうか。

・皇凛花

「ない……」
 仮面カフェの片隅で、エージェントの少女――皇凛花は冷や汗をかいていた。
 出かける時に端に寄せていたエメラルドグリーンの紙袋。それが無くなっているのだ。
「何で? 誰かが取っていくとは思えないのに」
 ライダーステーションに置かなかったのを悔やまれる。仮面カフェに置いておけば、置き引きの可能性もあったのに。
 一緒に渡すべきだったか? いやでも周りにからかわれるのは目に見えている。そんな中でもう一つチョコをどうぞ、なんて言えるほど面の皮は厚くなかった。
 そう、あの紙袋の中はチョコだ。正確にはチョコとは少し違うのだが。
 思えば昨日、デパートに寄ったのが良くなかった。そこのバレンタインフェアの「忘れ物はないですか?」という煽り文句に、つい「彼」の事を思い浮かべてしまったのだ。
 思い立ったら居ても経っても居られず、バレンタインフェアに飛び込んでしまった。そこでお菓子の材料を買い込むと、仮面カフェの厨房を借りて作り始めたのだ。チョコを作る事自体は最初から予定に入っていたので、レオンにそう疑われずに済んだ。
 しかし、お菓子作りは普通の料理とは少し違うもの。特に今回作った物は初めてだったので、長い試行錯誤の末、不格好な代物が出来上がってしまった。
 渡すか、渡さずに自分で食べるか。
 悩みに悩んだ。作っている間も「こんなのを作ってどうするんだ」と悩んだし、完成した後も「本当に渡すのか」と悩んだ。そして今も悩んでいる。
「お客様が持って行ったなら最悪だわ……」
 仮面カフェに来る客は全員そのような事はしないと思いたいが、実際にこうして紙袋はなくなっている。と言うことは、誰かが持って行ってしまったのだ。
「どうしよう……」
 自分がここを離れていた時間を計算し、誰がいたかを思い出す。確かあの時いたのは……スラムデイズ。
「もしかして、Qが悪戯目的で持って行った……!?」
 冷や汗が流れる。
 あの時は確かランスではなくQだった。彼なら自分への悪戯で隠すぐらい平気でやる。そんな男だ。
 だとしたら、今紙袋はスラムデイズのアジトにあるのだろうか。それならルーイか静流が電話で教えてくれそうな気もするのだが、よほど巧みに隠したか、それとももっと別の場所に隠したか。
 ともかく、本人に話を聞くしかない。その場所をズバリ教えてくれるとは思えないが、ヒントぐらいは言ってくれるはずだ。
 コール二回でお目当て……とは少し違う相手が出てきた。
『もしもし? 天堂だけど』
 Qではなくランスが出た。自分がいない間にまた入れ替わりが起こったらしい。お目当ての相手ではないが、彼は彼で頼りになりそうだと思い、話を続けることにした。
「ランス? あのね……」

・魅上才悟

 家でくつろいでいる時、そのメールは来た。
『魅上さま、お忘れ物がありますので仮面カフェにお越しください』
 送信者は藍上レオンだった。
「?」
 首をかしげる。
 確かに今日は仮面カフェに寄った。今日はバレンタインなる日だからと、皇凛花からチョコを貰い、ジャスティスライドのみんなで美味しく食べた。
 だが、それだけだ。忘れ物をした記憶は全くない。
 送り先を間違えているのではないか。しかしとぼけたところがあるとはいえ、基本しっかりしているレオン。そんな彼が送り先を間違えることがあるだろうか。
「うーん……」
 時計を見る。十六時五分。日が伸びたとはいえ、外はそろそろ暗くなる時間だ。ちなみにルームメイトの伊織陽真は、夕飯の買い物に出ていて、今はいない。
「……行こう」
 悩んでいても仕方がない。
 本当に何か忘れ物していたのかも知れないし、嘘だとしても自分を呼びだすのには理由があるはずだ。そう判断し、才悟は帰ってくるであろう陽真に向けて「仮面カフェに行く」とメモを書いて、家を出た。

・藍上レオン

 神威為士からエメラルドグリーンの紙袋を受け取った時、すぐに中身が何なのかを悟った。まさに「ピンと来た」状態だった。
(ご主人様もそう言うのを隠さなくてもよろしいんですけどねぇ)
 ついつい笑いが漏れそうになるのをこらえつつ、魅上才悟にメールを送る。素直な彼の事。不思議がりつつも来てくれるだろう。その証拠に、メールを送って十分ぐらいで彼が息を切らしつつやって来た。
「魅上さま、いらっしゃいませ」
 笑みは心の中に仕舞って、才悟を出迎える。彼をカウンター席まで呼び寄せると、きょろきょろとしつつもこっちまで来てくれた。恐らく「忘れ物」を探しているのだろう。
「執事、オレが忘れ物をしたとメールにあったが」
 才悟は椅子に座ると、いつもの水を注文するよりも先にそれを聞いてきた。どうやら、よっぽど気になっていたらしい。
 こちらとしてはどうやってその話に持って行こうか考えていたので、そっちから話を切り出してくれるのは助かる。奥の方に置いておいたエメラルドグリーンの紙袋を出し、「こちらです」と言って才悟の前に置いた。
「……? これが、オレの忘れ物か?」
 首をかしげる才悟。当然だ。彼はこんな忘れ物はしていない。だが、これは確かに彼宛の物なのだから、忘れ物と言ってもいいだろう。
 しまっていた笑みを出しつつ、紙袋のある一点を指した。
「よくご覧になってください。『S.Mへ』とあるでしょう? 魅上さまのイニシャルと一致します」
「しかし、オレはこの紙袋を知らない。だから忘れ物じゃない」
「ええ、ええ。それはよーく存じ上げております。ですが、色と言い、イニシャルと言い、魅上さま宛の荷物と見ていいでしょう」
「そうなのか?」
「ええ。ささ、お受け取り下さい」
 才悟は不思議がりつつも、紙袋を受け取る。すぐに中にある白い箱に気づき、丁寧に取り出した。
 これは何だと目で訴えてきたが、何も答えずに、こちらも目で「開けてみてください」と訴える。才悟はその視線に促され、白い箱を開けた。
 ――中から出てきたのは、不格好なチョコチップ入りのパウンドケーキ。
 おやまあ、と苦笑を浮かべたくなるのをこらえつつ、才悟の方を見る。彼はまだこのパウンドケーキを自分の物だと認識していないのか、こっちとケーキを交互に見てくる。このままだと、食べずに帰りかねない。
「お召し上がりにならないのですか?」
 仕方ないのでせっつくと、ようやく才悟はカトラリーからフォークを出した。合わせて水を出すと、彼はまず一口水を飲む。
「いただきます」
 才悟は丁寧に手を合わせてから、パウンドケーキにフォークを刺した。

・ランス天堂

 エメラルドグリーンの紙袋を無くしたから探してほしい、と皇凛花に頼まれた。
「多分Qが悪戯で隠したんだと思うんだけど、スラムデイズのアジトにはなくて」
「それは一大事だね」
 紙袋の中身が何なのかは解らないが、彼女の焦りっぷりを見るに相当大切な物が入っていたのだろう。
 まずは情報収集から。凛花を落ち着かせて、話を聞くことにした。本当は真っ先に紙袋について聞きたいのだが、自分の想像が正しければ聞かない方がいい物だろう。特に今日と言う日に限っては。
「とりあえず、Qから何かメッセージは来てるかい?」
 問われた彼女は慌ててライダーフォンを見るが、すぐに首を振る。実のところ、これは予想通りだった。
「Qの思考上、何か悪戯を仕掛けたなら、それなりに前振りがあるはずだ。それがないとしたら、これは悪戯じゃないだろう」
「じゃあ、持って行ったのはQじゃないって事?」
「いや、持って行ったのは多分あいつだ。君が店を離れたのはどのくらいだった?」
「マッドガイのみんなにチョコを渡しに行ってたから……ニ十分とちょっとってところかしら」
「その間、カフェにいたのはスラムデイズだ。ルーイや静流は紙袋を見つけても動かしたりしないだろうから、消去法でQになる」
「なるほど……」
 こっちの推理に彼女は納得した顔で手を叩く。とりあえず最初に持ち出した人間は予想できたが、紙袋の行方という最大の問題は放置されたままだ。残念だが、これに関しては確固とした証拠がないので、全て推測になってしまう。
 となると、まずは基本に戻るのが一番だ。つまり、仮面カフェに行く事。そう進言すると、凛花はこくりと頷いた。
 そうして仮面カフェに着くと、そこには藍上レオンと魅上才悟がいた。この時間帯に一人で来ているとは、なかなか珍しい。
 さて、その才悟は何かをもぐもぐと食べている。口の端についている食べかすと、近くにある食べかけの物を見るに、パンかケーキだろう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 レオンがこっち……と言うか隣の凛花に挨拶するが、彼女は返事をしない。と言うか、ある一点を見て固まっている。
「ランス天堂もいるのか」
 才悟が口の中の物を飲み込んでから、こっちに挨拶してくる。挨拶を返しつつ、才悟が食べている物――凛花の探し物について聞いてみることにした。
「何を食べてるんだい?」
「パウンドケーキだ」
「それはこのカフェのメニューかい?」
「いや、執事が出してきた紙袋の中にあった」
 ……後ろの凛花が何か言いたげだったけど、気にせずに続けた。
「それは、美味しかったのかな?」
「ああ、少し形は崩れていたが、とてもうまいパウンドケーキだった。……食べたいのか?」
「まさか」
 笑って拒否する。そのケーキは彼のために作られた物であって、自分が食べていい代物ではない。
 赤面してうつむきっぱなしの凛花に「良かったね」と囁いて、仮面カフェを後にする。
 この事件はもう解決したのだから。

・魅上才悟

 何故かうつむきっぱなしの皇凛花に、パウンドケーキを勧めた。
「美味しいぞ。食べないのか?」
「……ば、晩御飯もあるから、いらないわ」
「そうか」
 確かに。勧められたから食べてしまったが、確かに晩飯までそう時間はない。伊織陽真がこれを知ったら怒るだろうか。
 明日のトレーニングを考えていると、凛花が「それに」とぽつりとつぶやいた。
「魅上くんへのプレゼントなんだから、私が食べたら意味がないじゃない」
「そうか。そうだな」
 何かひっかかるような気がしたが、気にせずパウンドケーキを食べることに専念した。
 チョコチップ入りのパウンドケーキは、初めて食べる甘い味だった。

 ――魅上才悟が違和感の正体に気づくのは、寝る直前の事だった。