1月26日に

 雪が降ってから3日は経った。
 あれだけ積もっていた雪も徐々に溶け、今では道の端に申し訳程度に置かれているぐらいだ。ここ中央公園も、雪は端に寄せられていて土が入り混じった山となっている。
 そんな雪の山の近くに、見覚えのある影を見かけた。
「魅上くん」
 声をかけると、見覚えのある影――魅上才悟がこっちを向く。
「エージェント」
 振り向いた才悟の顔に、いつもの凛とした空気がない。それどころか、どこか落ち込んだ空気が感じられた。よく見ると、顔もしょんぼりとしているように見える。
「どうしたの?」
 優しく声をかけ直すと、才悟がしょんぼりとした顔のまま「雪だるま1号が……」とぽつりとつぶやいた。
 雪だるま1号。才悟の誕生日の日に降った雪で、才悟自身が作った雪だるま。初めて自分で作った雪だるまで、それはもう大事にしていたのを知っていた。
「雪だるま1号が?」
「溶けてしまった……」
「ああ……」
 無理もない。3日前は雪が積もったが、次の日から晴れが続いていた。気温も少し上がったことで、雪が溶けていったのだ。現に、自分もここに来るまでいくつかの雪だるまの成れの果てを見てきた。
 才悟が言うには、作った後も雪を付け足したり、冷蔵庫の中に入れたりして長持ちするよう努力したのだが、今朝とうとう完全に形にならないくらいに溶けてしまったらしい。時間の流れには抗えなかったようだ。
 それでも才悟は諦めきれず、外に出て雪だるま1号の補強になりそうな雪を探しに来た、と告げた。
「でも、いい雪が見つからない。みんなこんな感じで固まってるものばかりだ」
「仕方ないわよ。雪が降ってからもう3日は経ってるもの」
「それは、解ってる」
 解っていても、諦めきれなかった。
 そうつぶやく才悟の目には、守り切れなかったという悲しみが滲み出ていた。それだけ、彼にとって雪だるま1号が大事だったのだろう。
 初めて作った雪だるま。小さくて、愛おしいと思ったモノ。小さな、「いのち」。
「残念だったわね」
 そっとその背中を撫でる。
「でもそれだけ大事にされてたこと、雪だるま1号は解ってくれてるわよ。だから、雪だるま1号は幸せだったの。あなたと一緒にね」
「オレと、一緒に?」
「ええ。それに、写真には残っているもの」
 そう言って、陽真が送って来た写真を見せる。ジャスティスライドと雪だるまが写った雪の日の思い出。そこには、才悟が作った雪だるま1号もちゃんと入っていた。
 当時の自分や雪だるま1号を見て、息をのむ才悟。紫苑だったら泣くんだろうなあと思いながら、そっと雪だるま1号に触れた。
「写真ならね、こうやってなくなったものをまた見ることができるわ」
「なくなったものを、見る……」
 才悟の視線が雪だるま1号に釘付けになる。もうその視線に悲しみはなく、代わりに懐かしむそれになっていた。
 その視線が、ついと動く。
「みんな、濡れてるな」
「そうね。雪合戦、凄かったの?」
「ああ、みんな張り切っていた。特に蒲生慈玄が固い雪玉を作ろうと必死になっていた」
「うふふ、蒲生くんらしいわね」

 写真を見ていくうちに思い出していく。誕生日や前日の思い出の数々。
 自分を含むみんなで必死になって、「好き」を探した日。雪が積もるのを期待した夜。雪だるまをイメージして作られたケーキの美味しさ。降り積もった雪の冷たさに、雪を使った遊びの数々。
 そして、初めて作った雪だるま。
「それそのものがなくなっても、思い出はなくならない。だから、こうやって写真や日記と言う形で留めておくの」
「そうなのか……」
 知らなかった。
 伊織陽真をはじめとした仲間たちが何かと写真を撮ろうと言っていたが、こうして記憶を留めておくために残そうとしていたからなのか。
 リアルの雪だるま1号は溶けて消えてしまったが、写真の中の雪だるま1号は最初に才悟が作った時そのままの形を残している。もう触ることはできないけれど、確かにそこにある。
「ありがとう」
 思わずスマホを持っている彼女の手ごと抱きしめる。空気は冷たく、寒いけれど、今胸の中はとても暖かく感じている。
「どういたしまして」
 引き寄せられた彼女の顔は少し赤かったが、いつもの笑顔で返す。才悟が守りたいと願う笑顔だ。
「ちょっと遅れたけど、いいプレゼントになったかしら」
「プレゼント?」
「誕生日にはプレゼントをもらうものよ」
 そう言えばそうだった。
 ……そしてようやく気付く。彼女をはじめとした仲間たちが、自分の「好き」に拘った理由。それは。
「みんなオレにプレゼントをしたかったから、『好き』を探していたのか」
 やっと気づいて手を叩くと、彼女は目を丸くして「気づいてなかったの?」と聞いてきた。
「ああ。みんなして何故と思っていた」
「あらら……」
 才悟の言葉に彼女がため息をつく。しかしすぐに「魅上くんらしいわね」と苦笑いに変わったが。
「すまない。解っていたならオレも欲しい物とか考えたんだが」
「いいのよ。みんな好きでやってたことだし、第一優先は魅上くんが喜ぶことだから」
「そうなのか、ならいいが」
 改めて、自分が祝われるという事を考える。
 自覚は全くないが、自分は一つ年を取った。そしてそれを喜んでくれる人たちがいる。それはきっと、喜ばしい事なのだ。
 そう思いながらもう一度雪だるま1号を見る。雪だるまはにっこり笑っていた。自分が作った時は、こんなに笑顔だっただろうか。
「どうしたの?」
 彼女が覗き込んだので、素直に雪だるま1号が笑ってると言った。すると。
「魅上くんが喜んでるからよ」
「オレが?」
「貴方が喜んでるから、周りが明るく見えるの。だから雪だるま1号も嬉しい顔に見えるんだと思うわ」
「そうか……」
 自分の心次第で見方が変わる。初めての経験だった。
 新鮮な気持ちで写真を見ていると、彼女がくすくすと笑う。
「本当に、スマホっていいわね。写真で過去を思い出すこともできるし……」
 そう言いながらライダーフォンを操作する少女。
「こんな素敵な動画も見れるんだもの」

 ――そこに映っていたのは愛おしそうに雪だるま1号を眺める才悟の姿。

「!?」
 いつの間に撮られていたのだろうか。ついつい頬ずりまでしていたところまで映っていた。
 くすくすと笑いながら見ている少女を見ていると、顔が熱くなる。何故か身体がむずむずして、彼女を見ていられなくなってしまう。
「そ、それは消してくれ」
「あら、何で? 可愛いじゃない」
「可愛いじゃない。消してくれ」
「どうしようかしら」
「エージェント!」
 取り上げようとしたら、すいっと逃げられる。優しそうな顔だが、その笑みは少し意地悪めいていた。

(恥ずかしがる魅上くんなんて新鮮)
 そんな事を思う。
 いつもすました顔で何事にも興味がないというような才悟が、身体中雪まみれにして雪だるまを愛でているのもだが、こうして恥ずかしがるのも初めて見た。
 きっと才悟はこれからどんどん「はじめて」を体験し、「はじめて」を色んな人に見せていくのだろう。
 そんな風に一つずつ磨かれていく魂が、魅上才悟そのものが、とても愛おしい。
「頼む、その動画は消してくれ」
「何で消してほしいのか言ってくれないと消しません」
「それは……解らない。だが消してほしい」
「それじゃ駄目ね。消せないわ」
「うっ……」
 本当はどれだけ懇願されても消すつもりはないが、彼を困らせてみるのも悪くない。
 心の中で舌を出しながら、懇願する彼にくすりと微笑んだ。