ツノアリツノツノのせいれい

 戦いで、ジャスティスライド全員が怪我をして帰ってきた。
 ステーションで治療できるほどの怪我なのが幸いだが、無視できるような状態ではなかった。
「おかえりなさい。お疲れ様」
「……」
 ぎりぎり勝って帰ってきたものの、4人とも無口のまま。それがエージェントである凛花にとってつらかった。
 暗に、お前のせいだと責められている気がした。何の怪我もせず、へらへらとしている自分を許さない……そう言われている気分だった。
 そう、自分は何もしていない。
 ライダーをサポートすると粋がっていても、結局戦いは彼ら任せ。データをどれだけ取っていても解らないことだらけ。フィジカルもメンタルもケアできていない。ただのお荷物。
 これではカオスイズムを倒すどころか、彼らから愛想を尽かされて見捨てられるだけではないか。

 何もできない。

(こんな時、父さんだったら)
 無意味なたらればだけが頭に浮かび、さらに自分の無力さを思い知らされる。
 凛花はふらふらと執務室へと戻っていった。

 やるべきことがある、で全てをシャットアウトしてから、何分経っただろうか。
 最初のうちはレオンが心配して何回か声をかけてきたが、それらを無視しているとやがて諦めたのかどこかへと立ち去った。とはいえ、気配を消すのが得意な彼の事、どこかで見ているのかも知れないが。
 ドアを背に座り込んでいると、このまま全員から見捨てられていくような感覚にとらわれる。
 そうだ、このまま見捨ててほしい。ライダーからも財閥からも見捨てられて、ただの役立たずな少女として評価してほしい。そうすれば、昔のように何も考えずに今日を生きるだけの生活に戻れる……。

 とん、とん

 堕ちるような思考を止めたのは、丁寧と言うよりやや間延びしたノックの音2回。
 誰も会いたくないので無視していたら、再度ノックされた。
「……誰?」
 仕方ないのでドアの向こうにいるであろう何者かに声をかけると、向こう側から声が返ってきた。

「……オレは、ツノアリツノツノだ」

 呆れのあまり絶句した。
 声色すら変えておらず、そのまんまな名前で呼びかけてくる超が付くほどの大根役者。明らかに魅上才悟だった。
 がっくりと頭を抱えつつも耳を澄ませると、かすかながらも羽音すら聞こえる。どうやら本物も連れてきたらしい。
(せめて声色ぐらい変えてほしいわ。……というか、本物連れてくる?)
 何故来たのかという質問よりも、頭に浮かんでくるのは突っ込み。ここまで演技力ゼロだと、逆に追い払う気力が萎えてしまった。
 仕方ないので、ドアの向こうにいる才悟――ツノアリツノツノに声をかける。
「……そのツノアリツノツノさんは、何しに来たの?」
「落ち込んでいるキミを励ましに来た」
 そこまで聞いて、ようやく才悟が下手すぎる演技?までしてここに来たのかを悟った。

 ――私はツノアリツノツノの精霊だ。
 ――悩める青年よ、悩みを聞くぞ。

 だいぶ前に、凛花は落ち込んでいる(ように見えた)才悟を見ていられなくて、いつだったか博物館で買ったツノアリツノツノのぬいぐるみを使って励ましたのだ。
 才悟もまた、同じように落ち込む自分を励ましたいと思ったのか、こうしてツノアリツノツノを使って話を聞こうとしているのだ。
「……」
 彼の真意は解った。だが、話していいのだろうか。
 貴方たちに見捨てられるのが怖い。それを口に出した瞬間、その未来が確定しそうな気がして。
「どうしたんだ?」
 悩んでいると、しびれを切らしたか少し急かされた。こうなったら、と凛花は覚悟を決めて、口を開く。
「ごめんなさい」
「?」
「足を引っ張ってばかりで」
「……? よく解らない」
 ドアの向こうで「ツノアリツノツノ」は本気で首をかしげているようだった。
 陽真や紫苑なら空気を読んでとぼけるかもしれないが、才悟は嘘をつかない性格。つまり、本気で解っていない。
「でも」
「オレは」
 凛花の言葉に被せるように、「ツノアリツノツノ」が言葉を続ける。

「キミが足を引っ張っていると思ったことは、一度もない」

 才悟は嘘をつかない、つけない性格。
 ……つまり、本当にそう思っているということに他ならない。

「聞いていないが、伊織陽真も、深水紫苑も、蒲生慈玄も、全員同じことを思ってると思う。
 何故、キミだけがそう思う? 足を引っ張ったと考えている?」

 それは、純粋な疑問だった。
 自責し続ける自分に対し、彼はその自責の原因を突き詰めようとしている。ただ気になるから、それだけの理由で。
 そんな彼の純粋さが、逆に重くてつらい。
「……ごめんなさい」
「何故謝る?」
「だって、何もできてないもの。何かしたいのに」
「十分していると思うが」
 また言葉に詰まってしまう。
 十分している、足を引っ張っていない。そう言われて、素直に喜んでいいのか解らないのだ。
 自分は、優しさに甘えていいのだろうか。
「……さっきの戦いの事か?」
 彼はようやくそこに思い至ったらしい。だがその声色は極めて普通で、相変わらず何故悩んでいるのか解らないと言った体だった。
「さっきも言った。オレはキミが足を引っ張っていると思ったことは一度もない。思い悩む必要は、ないはずだ」
「だけど、もっと私が上手くやれていれば」
「オレも『オレが上手くやれていれば』と思った。そして多分、他の奴らも思っている。それだけだ」

 だから、もう泣くな。

 その言葉は言われなかったけれど、確かに感じた。
 頬に手をやってみると、自分は泣いていた。今まで気づいてなかったが、才悟は気づいていたのだ。
 こするように手で涙を拭いとる。
「あ、ありがとう、ツノアリツノツノさん」
「……どういたしまして」
 返答が遅れたのは、こういう時に返す言葉を思い出すのに少し時間がかかったと言う証拠。何故なら彼は、コミュニケーションに慣れていないから。
 そんな彼が下手な演技をしてまで自分を励まそうとしてくれたことに、また涙が浮かんだ。
「本当に、ありがとう」

 ドアを開けると、もうそこには誰もいなかった。

 

 夜。
 凛花はベッドに飾っておいたツノアリツノツノのぬいぐるみに触れた。
「上手くやれていればと思った、か……」
 あの後、全員に向かってふてくされていたことに対して頭を下げて謝った。
 それに対してのジャスティスライドの答えは、「自分も自身が上手くやれていればと思っていた」。ツノアリツノツノ……魅上才悟の言う通り、皆が皆、自責で自身を追いつめていたのだ。
 蓋を開けてみれば何てことのない、お粗末な悩み。それでも皆が深刻に考えていて、一歩間違えれば亀裂が入っていたかも知れないほどの悩み。
 それを解きほぐしてくれたのは、間違いなく才悟の優しさのおかげだ。
 ……それにしても。

 ――オレはキミが足を引っ張っていると思ったことは、一度もない。

 才悟の言葉を思い出す度に、ドキドキする。胸がときめくのを止められない。
 誰よりも、彼に信じてもらえているのが嬉しい。だけど。
「……恋だけは、したくないのに」
 自分はエージェントだ。ライダーが才悟だけならいいが、実際には彼含めて18人もいる。誰1人特別扱いせず、均等に扱わないといけないのだ。
 しばらくはこの悩みにも向き合わないといけないらしい。凛花は深くため息をついた。