君を守ると誓う

「すまない、少し時間はあるか?」

 才悟たち教育地区のライダーがジャスティスライドというクラスとなってしばらくの事。
 執務室で仕事をしていた凛花の元に、魅上才悟がひょっこりと顔を出した。
「どうしたの?」
 普段は仮面ライダー屋としてあちこち回っているか、トレーニングに精を出している彼。仮面カフェに水を飲みに来ることはあっても、執務室まで顔を出してくるのは珍しい。
 さてその才悟だが、いつものぼーっとした無表情ではなく、何かを決めたようなしっかりとしたそれだ。
「……この間、クラスの誓いをする時に出した部屋があるだろう」
「え、ああ、契約の間の事?」
「それだ」
 ライダーたちは契約の間でクラスの誓いを交わす。タワーエンブレムから始まり、マッドガイ、ジャスティスライド……もっと言うならスラムデイズ、ウィズダムシンクスもかつては行ったことだ。
 あれは出したと言うか飛んだと言うか。ともかく、そこはライダーたちにとって重要な部屋なのは間違いない。
「その部屋がどうしたの?」
「あれを使いたい」
「へ?」
 才悟の唐突な申し出に凛花は首を傾げる。あの部屋は特別なことがない限りは使わない。それこそ新しいライダーが現れない限り。
 自分が知らないうちに、クラスを必要とするライダーが増えたのだろうか。
 だが才悟はこっちのそんな困惑などお構いなしで、「出せるか?」と聞いてくる。
「出そうと思えば出せるけど、何をしたいの?」
 凛花の問いに対し、才悟はまっすぐな視線で答えた。
「誓いたいことがある」

 

 さて。
 契約の間を呼び出すのに場所はそれほど関係ないので、すぐに呼び出す。
 形見の石と才悟のカオスリングで呼び出された契約の間に、二人は足を踏み入れた。
 純白一色の部屋は、まさに誓いを交わすには相応しい。凛花は何となく教会を思い出した。
「で、何を誓うの?」
 改めて才悟の方を見ると、彼は唐突に凛花の前に跪いた。
「え、え、何」
 まるで騎士のような立ち振る舞いにあっけに取られてしまう。何故か真っ先に頭に浮かんだのは、「どこで覚えてきたんだろう」という疑問だった。
 そんな凛花の動揺など知らずに、才悟はカオスリングを嵌めた手で彼女の手を取る。

「オレは……魅上才悟は、この命を懸けてキミを守ると誓う」

 それは。
 彼の全てを縛る契約だった。

 人間としての魅上才悟、仮面ライダーとしての魅上才悟、その両方をたった一人の少女に捧げる。
 凛花はぶるりと身体を震わせた。
 美しい契約だと思う。だが、それは自分と才悟だけで済むのなら、だ。
 だが実際の彼はジャスティスライドというクラスに所属している。その縛りは……四人が同じ平和への誓いを胸に共にあり続けること。

 自分一人と仲間三人を天秤にかけて、彼はためらうことなく自分を選んだのだ。

 嬉しさと同時に生まれる感情……恐怖。
 そんな恐怖を打ち消すように、あえてリングを嵌めていない手を取った。
「魅上くん、それはやめましょう。誓っちゃいけない」
「何故だ?」
 当然のことながら彼が真顔で聞き返してくる。
「もし仮にその契約を結んだとして」
 凛花はそんな彼の手を強く握りながら、その目を見つめて続ける。
「私を守るために、貴方は些細な事でも命をかけるようになる。でも、それで私の命を完全に守り切れるとは限らない。
 事故や病気、そんなので私は死ぬかもしれない。その可能性は考えた?」
 才悟の顔が見る見るうちに曇る。戦い以外の何かで自分の命が失われる。その可能性があるのが人生だ。
 顔を見る限り、その可能性に対して彼は何も考えていなかったのかも知れない。抜けていると言うか何というか。
「貴方に何かあれば、他の三人がライダーでいられなくなる。絆がそんなことで崩れるのを、私は見たくないわ」
「そんなことは……」
「思い出して。貴方たちに課せられたものを」
「……」
 沈黙。
 才悟は彼らを友達と言わないが、失いたくないかけがえのないものだと認識している、と凛花は考えている。それを投げ捨てるような契約を、結ばせたくはなかった。

 それが自分ではなく仲間三人を選ぶ選択になろうとも、凛花にとって才悟は大事な存在だった。

「でも、オレは」
「貴方の気持ちはとても嬉しいわ。だからこそ、誓わないで」
 私に貴方を看取らせないで。
 言外にそんな思いを込め、頑張って笑顔を作った。
「……解った」
 立ち上がって静かにうなずく才悟に、凛花はこっそりと安堵の息をつく。と。

「それでも、オレはこの命をかけてキミを守りたい。それも駄目なのか?」

「……!」
 才悟の再度の「誓い」に、顔が赤くなるのが自分でも解る。
 まるで愛の告白のような真摯な「誓い」。まっすぐで揺るぎそうにない視線を受け、凛花はさっきよりもパニックを起こしそうになる。
「あ、あの、そ、それって、私のこと」
 駄目だ。これ以上進んだら、エージェントとライダーとの関係が壊れかねない。心の底に沈めて封印していた「気持ち」が、奥からこみあげようとしている。
 才悟の方は少し目を丸くしていた。
「キミのことは大事に思っている。エージェントとしてではなく、一人の人間として」
「……そう、よね」
 暗にそういう関係を望んでいないと言われた気がして、凛花は胸をなでおろす。心の底ではがっかりしたような、悲しいような気持ちが浮かぶが、それは強引にねじ伏せた。
「ありがとう。嬉しいわ」
 代わりに心からの感謝を述べると、才悟の表情が明るい方に和らいだ。
 ……それにしても。
 いつも以上に才悟の言葉に振り回されてる気がするのは、何故だろう。
 才悟の突拍子のない言動はいつも通りのはずなのだが、それが輪をかけて強烈に感じる。
 この空気に感化されたからだろうか。
(まあ、当の本人はきっといつも通りなんでしょうけど)
 それを伝えたところで、何故だ、どうしてそう思った、よく解らない……いつも通りの返事がくるのが目に浮かぶ。
 黙っておこうと思って改めて彼を見た瞬間、気づいた。気づいてしまった。

 目元が赤く、その目が少しだけ揺れ動いている。

 恥じらっているのか、それとも動揺しているのか。珍しく彼は表情を大きく変えていた。
 そんな彼が一瞬愛おしく感じ……すぐに首を横に振る。エージェントとしてのプライドにかけて、そう簡単に揺らぐわけにはいかないのだ。
 だが、それでも。
(……ほんと、私のばか)
 ときめく自分を否定できないのも、確かだった。

 嗚呼、結局。
 自分はこの純真無垢な昆虫好きの仮面ライダーに振り回されるのだ、と凛花はため息をついた。