彼のジャンパー - 2/2

「参った」
 ジャンパーのフードをかぶりながら、魅上才悟はそう独り言ちた。
 彼がそう言うのも無理はない。今彼を襲っているのは天気予報をほぼ無視したゲリラ豪雨。バケツをひっくり返したかのような雨は、才悟の服や体を容赦なく濡らしていく。
 確か出かける前、伊織陽真が「折り畳み持って行った方がいいんじゃないか」とアドバイスしていた気がする。そのアドバイスを無視した結果がこれだ。
 何故無視したのかは忘れた。確か降水確率が理由だったと思う。
 ともかく。ともかくだ。
 今こうして濡れているのは、そんな自分の考えの甘さからきているものだ。今度はちゃんと折り畳み傘を携帯しようと心に決め、才悟は雨宿りできる場所を探して走った。
 探してみると意外と見当たらないもので、しばらくは雨宿りできそうな場所を探して走り回った。そろそろ家に帰る方がいいか…と思っていたところ、やっといい場所を見つけた。
 と、同時に、見覚えのある人影も見つけた。
 どうも同じように雨に降られて雨宿りしているらしい。手に持ったハンカチで何かをぬぐっている。そっち目指して走っていると、人影……エージェントの少女が才悟に声をかけてきた。
「魅上くん?」
「やっぱりキミか」
 見覚えのある影が本当に見知った人間でほっとする。才悟は隣に立って額に張り付いた汗や雨粒をぬぐった。
「ライダー屋の仕事だったの?」
 彼女が聞いてきたので頷くことで答える。今日の仕事は一日限定のパンを入手すること。その仕事が終わって帰る、という時にゲリラ豪雨に見舞われたのだ。
 改めて空を見るが、まだ分厚い雲が全体を覆っている。あと10分は振り続けるだろう。
「雨の匂いにもっと早く気づいていれば、建物の中に避難できたんだが」
「あら、魅上くんも雨の匂いが解るタイプなのね」
 雨の匂いは独特だ。だからそれで何となく来るのが解るのだが、あいにくジャスティスライドの仲間に言ってもいまいち解らないようだった。自分だけの特徴なのかと思っていたのだが、彼女もその匂いが解るようだ。
 キミも解るのか、と顔を彼女の方に向けた瞬間、才悟は今の彼女の状況を見てしまった。
 びっしょりと濡れた白いシャツはぴったりと彼女の身体に張り付き、柔らかな曲線を見せつけている。そして何より、胸のあたりにうっすらと見える水色の
「ッ!!」
 見てはいけないものを見てしまった。
 頭を振ってそれを忘れようとするが、一度目に入ってしまったものをすぐに消すと言う器用な芸はできない。
 その代わり、着ていたジャンパーを脱いで彼女に渡す。
「これを羽織れ」
「え」
「いいから」
 被せるように着せると、さっき見てしまったものがほとんど見えなくなる。体のラインも解らなくなり、やっと落ち着いて彼女を見れるようになった。
 雨に濡れた少女は、いつもとは違う雰囲気を漂わせている。きょとんとした顔と合わせて、どこか妖しい何かを感じてしまった。
「い、家まで走る」
 彼女から逃げ出すようにその場を離れた。

 

 家に帰ると、才悟は陽真に「今すぐシャワー浴びて暖まってこいよ」と言われて浴室に放り込まれた。
 暖かいシャワーを浴びると、冷えた身体が暖まっていく。暖かな水を浴びていくにつれ、先ほど見てしまったものが頭に浮かんでしまう。
(何なんだ、この気持ち……)
 守りたいと思っている少女に対して感じてしまった、いつもとは違う何か。それが今の才悟を動けなくしていた。
 恥ずかしいとは少し違う、胸の奥が疼くようなこの気持ち。この気持ちは何なのだろう。
 今のんきにTVでも見ているであろう同居人に話せば解るのだろうか。だけど、話すのは恥ずかしい。
 悶々とした気持ちを抱え、才悟は思わず座り込んでしまった。

「才悟、ジャンパーは?」
「あの子に貸した」
「そうか~。明日返してもらおうな」
「……ああ」