仮面の宴・舞台袖

 下町のカオストーン騒動から始まった事件は何とか丸く収まった。
 高塔兄弟の喧嘩も無事に仲直りし、戴天と雨竜は仲のいい社長と社長秘書としてここ――仮面カフェに来ている。
 ようやく落ち着いた……とエージェントの少女はほっと一息ついて、ウーロン茶を口にしていた。
 新しいライダークラス・ギャンビッツインが中心になり、皆が楽しそうに笑っている。それを見て、改めて心から安堵の息をついた。
 雨竜が自分のカオスワールドを傷つけていたら。駆が無理をし過ぎて倒れたら。戴天が自分に雨竜を託さなかったら。どれ一つ欠けていても、このような平穏は有り得なかった。綱渡りのような現実を超えられたこそ、今がある。

「大丈夫か?」

 いつもの仮面カフェの水を手に、才悟が隣に座って来た。
「大丈夫よ」
 ウーロン茶を片手に微笑むが、彼の表情はあまり変わらない。少し思いつめてるような顔で、自分の顔を覗き込んできた。
「な、何?」
「キミはいつもそう言うから、あまり当てにできない」
「……」
 心当たりがあり過ぎて、思わず黙り込んでしまう。しかし今は本当に大丈夫なのだから、信じてほしいものだ。
 とりあえずもう一度大丈夫と笑って言えば、ようやく才悟は納得したのか引き下がる。
「私は別に無理してるつもりはないわよ」
「それだといいんだが」
 ただ、周りが持ち込んでくる問題が大変なだけで。
 そう心の中で付け加えて、ウーロン茶を一口飲んだ。
 今回の騒動ではジャスティスライドはほとんど蚊帳の外だったため、自分が抱え込んだ問題は何一つ知られていないし気づかれてもいない。それでも、才悟は何となく自分が大変な思いをしていたと言うのを理解したらしい。心配そうな顔なのは変わらなかった。
「全部片付いたんだから、喜んで欲しいわ」
「……解ってる」
 才悟も水を飲む。
 そのまましばらくは、持っている飲み物を飲むだけの時間が過ぎる。後ろでは相変わらず駆やフラリオが中心になって、みんなが笑っていた。
 こと、とコップを置く音がした。
「キミが仮面ライダーのエージェントとして、すべきことをしているだけなのは頭では理解している」
「……」
「それでも、オレはキミが無理をするのを見たくない。辛いことを溜め込まないで欲しい」
 才悟の思いやりが、胸に刺さっていく。それでも、伝えられることには限界がある。何故なら、ライダーたちにも事情があるから。
 彼らの心を解きほぐし、安心して戦えるようにする。それもまたエージェントの仕事なのだから、無理をするのも仕方がない。
「あなたの気持ちは嬉しい」
 だからこそ、その気持ちを受け取ることが出来ない。
 才悟の優しさを踏みにじるような行為になるけれど、それもまたいつかは彼への思いやりになると信じたい。
「でも、やっぱり私はエージェントだから」
 誰か一人ではなく、みんなを支援したい。ライダーとエージェントと言う繋がりではなく、一人の人間として、虹顔市の一人として彼らと共にありたいのだ。
「解ってくれる?」
「……ああ」
 置かれたコップがまた才悟の手に戻る。
 その中の水が少なくなっているのに気付いてピッチャーを引き寄せたが、彼は無言で首を横に振る。仕方ないので、自分の空いたコップに水を注いだ。
 溶けた氷が軽く音を鳴らす。
 後ろで誰かが飲み物のお代わりを注文してきたので、一旦その場を離れた。

 戻ってくると、才悟はまだ一人で座っていた。
 誰とも話していないのではなく、単純に周りが別の何かに興味を移したタイミングだったようだ。
 つい癖でコップの方に視線を向けると、今は半分ぐらい注がれている。お代わりは必要ないな、と自分のコップを手に取った。
「そう言えば、魅上くん……ジャスティスライドは何をやってたの?」
「ああ、オレたちは……」
 才悟がぽつりぽつりと自身たちの事を話し始める。いつもの仮面ライダー屋の依頼からカオスワールドに繋がり、そして駆たちのごたごたにも繋がっていったという話。
 世間は思っているより狭い。自分たちに全く関係のない話が、転がっていくにつれてこちらも巻き込んだ大きな流れになる。そんなことをふと思った。
「そっちも大変だったのね」
「ああ」
 才悟がついと視線を動かしたので、つい自分もそっちの方を見る。そこには楽しそうにビールをあおる駆がいた。
「久城さんには、これからも振り回されそうだけど、その分頼りになりそうだわ」
「そうか」
 親友のフラリオと一緒に、いっぱいいっぱい迷惑をかけられるだろう。だけど、その分いっぱいいっぱい助けられるのだろう。そしていつかはみんなでカオスイズムを倒し、虹顔市ひいては世界を平和をもたらすのだろう。
 その時、きっと目の前のこの青年も……。
「やっぱり、オレは解らない。解りたくない」
 物思いにふけりそうになった思考を止めたのは、才悟のまっすぐな言葉と視線だった。
「それが正しい事なんだとしても、オレはキミの無理や無茶を黙って見ていることはできないようだ」
 気づけば、才悟の手は自分の手を包み込んでいる。暖かくて、穏やかなぬくもりを感じる手。
 最初に自分の手を取ってくれたそれと全く変わらない、魅上才悟の大きな手。
「魅上くん?」
「オレは最初に言った。困った時はオレに言え、と。今回は、何一つ言ってもらえなかったのが、少しだけ悲しかった」
「それは……」
「もちろん、言えないことだらけだったのも知っているし、解っている」
「……」
「それでも、オレに一言でも言ってくれたら、嬉しかった」
 嗚呼。
 彼の純粋な思いやりが、心の深いところに染みていくのが解る。
 思わずほろりと涙がこぼれそうになるが。

「ほっほーう……君たちはそう言う仲ですかぁ」
「これはこれは……アツアツですなぁ~」

「っ!!??」
 いつの間にやら、ギャンビッツインこと駆とフラリオがニヤニヤと笑いながら自分と才悟を見ていた。
「そ、そう言う仲ってどういう意味よ!」
「いやいや誤魔化さなくてもいいんだぜ~。若者の青春って感じでさぁ」
「あつあつ? この部屋の気温が気になるなら、執事に頼んで下げてもらうといい」
「おいおい。お前らがアツアツ過ぎるから、部屋の気温を下げても変わんねえって!」
「?? どういう意味だ?」
「魅上くん、真面目に受け取らないの!」
 からかう二人に対して真面目に受け取ろうとする才悟を引き留める。
 改めて気づいて周りを見てみると、我関せずなマイペースマンはともかく、他は暖かい目で見守っていたりくすくすと笑っている。全然気づかなかった。
 もう涙は引っ込み、けらけらと笑う駆たちを諫めようとする。が、当然海千山千な二人が叱責一つで止まるわけもなく、逆にはやし立てられてしまう。
「恋の悩みがあるんだったら相談に乗るぜ~? 何だったら恋愛成就のグッズも」
「もう、二人ともいい加減にしてちょうだい!」
「ひゃー怒った~」
「お助け~」
 追い掛け回すふりをしつつ、何気なく才悟の方を見ると、彼はただ目を丸くしているだけ。先ほどの憂いを帯びた色は、もうすでに消えていた。
 こういう流れにさせてくれた二人に感謝すべきか、それとも隙あらば茶化してくる二人を𠮟るべきか。
 とりあえずは後者を選び、少女はいまだにはやし立ててくる二人を再度諫めようと手を振り上げるのだった。