彼女がドレスに着替えたら

 その夜、コスモス財閥が抱えている屋敷でパーティーが行われていた。
 財政界のパーティーなので仮面ライダー屋はほとんど関係がない……と思いきや、レオンから直々に依頼が来た。曰く、高塔兄弟や主の持つカオストーンを狙ってくる可能性が有り得るので、対応をお願いしたいと言うことだった。
 そういうわけで、仮面ライダー屋はそれぞれの担当について周りの警備に回っている。慈玄は受付手伝い、紫苑は厨房の手伝い、才悟と陽真はウェイターである。
「こちらお下げします」
「ありがとう」
 才悟は仮面カフェのヘルプで慣れているので、ウェイターもそつなくこなしていた。中にはこっちに声をかけてくる者もいたが、それらは全て無視している。
 肝心のレオンの主人……エージェントは、常に人が来るのでそれらの相手をしているようだった。傍に高塔兄弟がいるので、余計な事をする者はいないだろう。
 パーティーの方は滞りなく進んでいる。カオスイズムはもちろん、有名どころを狙っての犯罪行為も起こっていない。
「才悟、どうだ?」
 同じウェイターの陽真がさりげなく近づいて聞いてくる。何の異常もないので、こっちは無言で首を横に振った。
「このまま何もないといいな」
「そうだな」
 才悟は話を切り上げようとするが、陽真が腕を掴んだ。
「?」
「さっきあの子見たけど、すっごい綺麗だぞ」
「??」
 何を言いたいのか解らず、首をかしげる。綺麗と言っても、ドレスに着替えたぐらいではないのか。
 才悟が首を傾げたままなのを見て、陽真はにやにやと笑いながらその場を離れる。そのにやにや笑いも才悟を不思議に思わせた。
 さて、歓談タイムが終わりに近づき、才悟は一旦下がるように言われた。
 時間を見ると八時過ぎ。普段ならもう寝ている時間だ。眠さをこらえていると、ライダーフォンが鳴った。メール受信音だ。
「?」
 メールアプリを開くと、新しいメールが一通。送信者は……藍上レオン。
「『お疲れ様です。〇〇号室にてお待ちください』……。どういうことだ?」
 指示のような文面で、少し違和感を覚える。だが送信者は間違いなくレオンのものだし、才悟のメールアドレスを知っている人間は少ない。その少ない人間の中に悪戯をする奴は一人いるが、彼は確かこのイベントの事を知らないはずだ。
 何かの罠だろうか。だとしたら、いったい誰が?
 少し考えて、才悟は指定された部屋に行くことにした。カオスリングは懐に仕舞っている。罠だとしたら、その罠ごと叩きのめせばいい。

 案内された部屋は客室の一つで、誰も使っていないようだった。
 辺りを見回すと、テーブルに水差しとコップが二つ。それからメモが置かれている。そのメモを手に取ると「お疲れ様です。仮面カフェの水をお持ちしましたので、どうぞお飲みください」と書かれてあった。
 警戒心を解かないままコップに水を注ぐ。一口飲めば、飲み慣れた味が口の中に広がる。確かに、仮面カフェの水だ。
 いったい何なんだ……と思いながらソファに座って水を飲んでいると、ドアノブががちゃがちゃと鳴った。
 誰だ、と再び警戒心を起こしつつ立ち上がると。

 ――ドレスで着飾った美しい少女が、部屋に入って来た。

 最初その人間が誰なのか解らなかった。しかし。
「レオンったら、ここに行けって何を考えてるのかしら」
 聞き覚えのある声で、その少女がエージェントだと解った。薄緑色のドレスに、飾り付けられた髪型。うっすらと化粧までしていて、いつもの彼女と全く違っている。本当に、自分の知る少女なのだろうか。
 彼女の方はと言うと、やっとこっちに気づいたらしい。「魅上くん!?」と驚きの声を上げた。
「え!? あ、ああ……」
 自分でも驚くくらい甲高い声が出た。

『さっきあの子見たけど、すっごい綺麗だぞ』

 伊織陽真の言葉が脳内で蘇る。あの時はドレスに着替えたぐらいだろうと思っていたが、実際は全然違っていた。
 胸が高鳴る。自分でも顔が紅潮しているのが解る。そして何より、彼女から目が離せない。
「魅上くん?」
 再度呼びかけられて、ようやく彼女から目を逸らすことが出来た。
「あ、ああ。何だ?」
「何だって言われても……魅上くんはどうしてここに?」
 少女が首を傾げたまま問うてくる。その問いで、ようやく忘れていた警戒心を思い出した。
「オレは執事からメールをもらった。この部屋に行けと」
 ライダーフォンを出して件のメールを呼び出すと、彼女も「私もよ」と同じようにメールを呼び出した。そこにはほぼ同じ内容の文面がある。いったいどういうことだろう。他のメンバーなら解るのだろうか。
 相手の方は何となく解っているのか、頭を抱えていた。小声で「レオンの奴……」とぼやいている。
 それにしても。
 今の彼女を見ていると、胸がざわめく。どうしてもまっすぐ見つめることが出来ない。
 胸を押さえていると、彼女の方は水を一口飲んで大きく息をついていた。
「それにしてもこんなにおめかししたのって初めてだから、似合ってるかどうか不安だわ。馬子にも衣裳って気がする」
「え」
 才悟は思わずエージェントを見た。
 確かに彼女が普段着るような服とはかけ離れているが、似合っていないとは思わない。現に才悟は、こうして彼女を見るだけでも胸が高鳴っているのだ。
「やっぱりこういうのは綺麗な人じゃないと似合わないわよね」
「そんな事ない。今のキミはすごく綺麗だ」
 半ば反射的に言った言葉に、自分でも驚いた。
 言った方も驚いてるのだから、言われた方はさらに驚いている。ぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「綺麗? 本当に?」
 覗き込まれるように聞かれて、顔がますます赤くなるのが解る。もう何も言えずに黙って首を縦に振った。振りまくった。
「そのドレスも、髪型も、みんな似合ってる。だから、自信を持っていい」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
 才悟の勢いに押されたか、少女は少し困った顔になりつつも褒められたことは嬉しいらしく微笑んだ。その微笑みも魅力的で、才悟は思わず視線を逸らしそうになってしまった。
「みんな褒めてくれなかったのか?」
「ううん。レオンやお客様は全員綺麗だって言ってくれたわ。でも、本当にそうなのか自信がなくて……」
「そうなのか……」
 才悟は財政界の事情を全く知らないが、そういう所に生きる者たちは本音と建前で生きている事はさすがに知っている。自分が知っているのだから、彼女はもっと詳しく知っているだろう。
「でも魅上くんが綺麗だって言ってくれたから、少し自信が出てきたわ。本当にありがとう」
「い、いや、キミが少しでも元気になったのなら良かった」
 彼女が喜ぶのを見て、才悟はほっと胸をなでおろした。自分は見えていなかったが、彼女は彼女で相当大変だったのだろう。
 そんな彼女が、「それはそうと」と話を切り替えた。
「魅上くんもその服、とても似合ってるわよ。大人っぽいもの」
「え?」
 才悟は改めて自分の服を見る。
 ここは仮面カフェではないので場に見合った正装をと言われ、黒のベストとスラックスという少し動きにくい服装になっている。
 誰かに服装を言われたことがなかったので、似合うかどうか考えた事すらなかった。
「似合うのか?」
 改めて聞くと、彼女は微笑んで頷く。そして、また胸が高鳴った。
(服を褒められただけなのに、こんなに嬉しいと感じるとは思わなかった)
 もっと会話していたい。初めてそう思った。
 今まで会話に関してそれほど興味も意識も向けなかったが、今だけはこうして二人でもっと話していたいと思った。
 だが、時間はそれを許してくれない。ぴんぽん、と少女のライダーフォンが鳴り、楽しい時間の終わりを告げた。
「じゃあ、私は行くわ」
「ああ」
 観念して立ち上がった彼女を、才悟はドアまで見送った。