彼女にとって魅上才悟は兄であり、弟である。
年齢的には兄なのだが、性格的に危なっかしく、何かと世話を焼きたくなってしまう。そういう点では、弟ともいえる。
……少なくとも、少女にとって才悟はそんな存在だった。
「ほら、魅上くん。袖が汚れるわよ」
現に今も、ハンバーグを食べながらも袖を汚しそうな才悟を止める。言われて気づいた才悟は腕を上げて、ソースから袖を守った。
今二人は調査の休憩の一環として食事をしている。たまには別のを食べたい、と才悟がチャレンジしたのはハンバーグ。自分はカルボナーラを選び、お互いにちょこっと食べたりし合った。
「美味しい?」
「ああ」
食事中、会話したのはそのくらい。少ないとは思うが、汚らしく食べられるよりかはいい。
美味しく平らげた後、二人は外に出た。
今回の調査場所は虹顔市ではなく、その隣の市だ。
カオストーンは虹顔市でたくさん見つかるが、他の市で発見されないと言うわけではない。そこで才悟を連れてやってきたのだ。
食事を済ませて、またカオストーン捜索に戻る。いつも通り、自分が聞き込み担当で、才悟が調査担当だ。
場所が変わってもやることは変わらない。そう思っていたのだが。
「……なんだか視線を感じる」
才悟がぼそりと呟く。
確かに。道行く少女たちが、才悟を一瞬見ていくのだ。ある者はそのまま視線を元に戻して歩くが、ある者たちはこっそり指を指してきゃっきゃと囁きあっている。どうも才悟の見た目の良さが気になっているようだ。
ウィズダムシンクスや神威為士、高塔戴天のような華やかさはないものの、才悟もまた整った顔立ちの青年だ。そんな青年がいきなり現れたらどうなるか。
幸い、隣に自分がいることがいいガードになっているらしい。声をかけてくる者は誰もいなかった。
「場所を移動しましょうか」
「ああ」
出した結論は、移動。才悟を連れて、もっと人の少ない場所に行くことにした。
とは言え、あまり来ている場所ではないので遠くまでは行けない。適当に人が少なさそうな場所を目指して歩いた。
さっきよりかは人が少ない場所に着くと、調査を再開する。聞き込みの難易度は高くなったが、誰もいないわけではないので困らない。才悟も辺りに目を光らせて丁寧に探して回った。
調査を続けることしばし、無事にカオストーンが見つかった。
「遠出した甲斐があったな」
「ええ。カオスイズムも出なかったし」
目的を果たせたことで口も緩む。せっかく来たからもう少し見て回ろうか。何かお土産でも買って帰ろうか。そんなことを話していると。
「そこのお兄さん、ちょっといいかな?」
スーツを着崩した男性が、才悟に視線を向けつつ馴れ馴れしく話しかけてきた。この雰囲気を漂わせている男は見たことがある。恐らくスカウトだろう。
関わると面倒なことになりかねないので早く離れたいが、才悟は反応してしまった。
「オレに何か用か?」
「うんうん用だよ! 実は君のような顔と体つきがいい子を探しててね、もし良かったら事務所で話聞いて行かない?」
「それは依頼なのか?」
「依頼? 依頼なら話聞いてくれる?」
「依頼なら話を聞くが……」
まずい。
何も知らない才悟は、このままほいほいとスカウトマンの後を付いて行きかねない。そうなると、さらに面倒なことになるのが目に見えている。
こうなったら無理にでも引きはがすしかない。そう判断して、半ば強引に話に割り込んだ。
「あの、お兄ちゃんを勝手に連れていかれると困るんです!」
お兄ちゃんと呼ばれた才悟が目を丸くしているが、今は彼の方に意識を向けている暇はない。
「え、妹さん? だったら妹さんも一緒に」
「ごめんなさい、そう言うのは親とも話し合ってから決めたいんです。今私たちしかいないから、そう言うのは遠慮してください!」
相手に口を挟ませないように、半ばまくしたてる勢いで話を断ち切る。親、の一言に少しだけひるんだのを見て、才悟を引っ張った。
「お兄ちゃん、行こう!」
とにかくやたらめったらと走っていたら、気づかぬうちに駅にたどり着いていた。
念のために辺りを見回し、先ほどのスカウトマンがいないのを確認してから、手を離す。才悟の方はいまだに不思議そうな顔をしたままだ。
「いったい何なんだ」
本当に何も気づいていない――知らない才悟に、内心深々とため息をつく。あのまま放置していたら、本当に連れていかれた挙句、滅茶苦茶な契約をさせられていたに違いない。
「あのね、あれは芸能事務所か何かのスカウトよ。どういうところか解らない以上、ついて行くのは危険だわ」
「何故?」
「……じゃあ聞くけど、魅上くん、仮面ライダー屋と仮面ライダーと芸能タレント、全部こなせる自信ある?」
「……ない」
「でしょ? だからあの場で断るか、さっさと立ち去るのが正解なの」
「なるほど」
大分粗削りな説明だが、本人は納得してくれたようだ。ならもう問題はないと、改めて切符売り場に並んだ。
やけに人が多いのが少しだけ気になったが、とにかく虹顔市に戻るのが先と気にしないことにする。お土産は、またの機会にすることにした。
改札の人の多さは、駅のホームでも途絶えることはなかった。いったい何なんだと思ったが、何割かは浴衣を着ていたのでその理由を察する……と言うか、思い出す。
「……そう言えば今日、ここ祭りだったわね」
「そうだったな」
才悟もそれを思い出したらしく、眉根を寄せていた。祭り会場は最初に調査に出て、何の収穫もなく出たから忘れていたのだ。
祭り帰りの人は上り下り両方バランスよく分かれていて、少なくとも自分たちが乗る電車が空いていると言う都合のいいことはなさそうだ。
人が増え始めた。
「……」
才悟がさっと自分に近づき、手と手を繋ぐ。はぐれないようにと言う気づかいなのだろうが、急な行動なので危うく声を上げそうになった。
胸が高鳴るのを頑張って抑えつつ、電車を待つ。それほど待たずに電車が滑り込んできたので、離れないよう手を握り合ったまま乗り込んだ。
早速ぎゅうぎゅう詰めになる電車。苦しいのは嫌だなと思っていたら、才悟が自分を隅に押し込んだ。合わせて覆いかぶさるように立つので、必然的に才悟の腕の中にいるような形になった。
(……大きいなぁ……)
抱きしめられて改めて気づく、彼の大きさ。がっしりとした胸板に、力強さを感じる腕。自分にはないものだらけだ。
「大丈夫か?」
「う、うん」
いつもと変わらない目が、今は頼もしく、力強く感じる。
やっぱり彼は男で、自分より年上なんだな、と実感した。
虹顔市の中央駅で降りる。
幸いにも自分たちと同じようにここで降りる人がそれなりにいたので、流れに乗ってすんなりと降りることが出来た。降りる時に繋いでいた手を離すと、二人とも同じタイミングで安堵の息をついた。
「大変だったな」
「ええ、でももう大丈夫よ」
無事に虹顔市に戻ってこれたので、調査は終了になる。最後にカオストーンを確認し、別れることになった。
「……あ」
教育地区の方へ帰ろうとする才悟の背中を見て、ふと思い出す。
「さっき、何でああいうことしたの?」
ああいうこと、と言うのはホームからのことだ。
ホームではさっと手を繋ぎ、電車内では自分を守るように立ってくれた。嬉しかったしときめいたのは事実だが、あまりにも急な気がしたのだ。才悟ではないが、何故と聞きたくなってしまった。
一方問いを向けられた才悟は、一旦振り向いて答えた。
「オレは『お兄ちゃん』なんだろう?」
「……!」
意外な返答に、思わず目が丸くなってしまう。
その反応に満足したのか、才悟は再度背中を向けてその場から立ち去った。
あとに残されるのは、目を丸くしたままの自分のみ。
「……気に入ったのかな」
思わず、そうつぶやいてしまった。