「ミカミサイゴ」 - 2/2

「ねえ魅上くん。どうしたの?」
 カオスワールドに飛び込んでから、才悟の様子が何かおかしい。いつもの覇気がなく、落ち込んでいるようだった。特性とは言え、幻の才悟に騙されたことにショックを受けてるのか。
 そもそも、手を取られた時から彼の表情はどこか暗かった。複雑そうな、そして悲しそうな顔が、今も目の裏にこびりついている。
 重い沈黙に耐えきれず、口を開いた瞬間。

「……オレは、あんな風にできない」

 ふり絞るようなか細い声が、届いた。
 何が、と聞く前に、ぽつりぽつりと言葉が続く。
「幻のオレと並んで歩いてるキミは、笑顔だった。幻のオレも、笑ってキミの誘いを普通に受けていた。でもオレはあんな風にできない。キミを困らせて、笑顔にすることはできない」
 ここまで言われて、ようやくあの登校時の事を言っているのを理解する。
 正気に戻った今なら、あの「魅上才悟」に違和感を覚えただろう。だがそれは終わったから言えること。実際に自分は幻の「魅上才悟」を本物と信じて、笑っていたのだ。その時の彼の思いは如何なるばかりか。
 確かに才悟は、何かと何故と聞いてはこちらを困らせる。一般人なら知ってるであろう常識や情緒を、彼は知らない事として聞いてくる。

 そんな彼にとって、幻が生み出した「普通」を見せつけられるのは、あまりにも残酷な仕打ちだったのだ。

 アカデミーとは全く関係のない、「普通」の出会いをしたもしもに、思いを馳せる。その時の自分と才悟の関係は、幼馴染だろうか。それとも学校で知り合った先輩と後輩の関係だろうか。
 どれもリアリティがなかった。有り得るかも知れない今のはずなのに、どれもが嘘くさいと思えた。何故なら。
「それでも、私は今の貴方と一緒にいられる方がいいわ」
 正義感と戦闘力が人一倍強くて、何かと何故何故と聞いてきて、マイペースな魅上才悟だからこそ、今こうしていられるのだ。
「あの時私を助けてくれた貴方だからこそ、今があるの。私はそれでいい」
 出会った時の事を思い出す。ガオナに襲われ逃げ惑っていた時、声をかけて手を差し伸べてくれた才悟。
 「普通」なら有り得ない出会いなのに、そっちの方がリアリティを感じる。もしもの可能性の出会いよりも何倍も、何十倍も。
「そうなのか?」
 才悟はまだ信じ切れていないのか、目が揺らいでいた。そんな彼を元気づけるために、そうよ、とふんわりと微笑む。
「……そうか」
 こっちが笑いかけたことでようやく信じてくれたらしく、才悟はぐっと拳を握りしめた。良かった、と内心安堵の息をつく。
「もう大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。だが……」
「だが?」
 まだ何かあるのかとまた心の中で身構えていると。

「キミと幻のオレが仲良く歩いているのを見た時、胸がもやもやした」

「……!」
 唐突な告白に、心拍数が跳ね上がったのを自覚した。顔が赤くなるのも実感する。胸がもやもや、それは、つまり。
 ……しかし。
「オレは病気なのか?」
 続けて出た言葉にがっくりとうなだれそうになった。そうだった。才悟はこういう男だった。
 さてどうするか。教えて混乱するのが目に見えるし、何より彼はそれ――嫉妬を理解できるか否か。
「……もう少し大人になったら、教えてあげる」
 選んだのは、保留。今は解らないままの方が、彼を迷わせないと思ったのだ。いずれは誰かが教える問題。それが自分かジャスティスライドの誰かかは解らないけれど。
 だが当然、魅上才悟はそのような答えで満足するような男ではないわけで。
「何故だ? オレはもう18だ。大人と言ってもいい年のはずだが」
「大人はそうほいほい何故何故と聞きません」
「……何故? 解らないのだから聞いている。最近は伊織陽真たちもそういう感じで教えてくれなかったりするぞ、何故だ」
「ああもう!」
 すっかりいつものペースに戻った才悟。こっちが話を終わらせたいのにも関わらず、疑問をぶつけてくる。

 やっぱりそこは幻の「魅上才悟」の方が物分かり良かったなあ、とエージェントの少女はぼんやり思うのだった。