デート指南 - 2/3

 颯と別れて才悟の元に戻ると、彼はメモ帳に何かを書き込んでいた。
 読んでみたくなる衝動に駆られるが、それはマナー違反なのでやめておく。それよりも、次にどこに行くかだ。
「次はどこに行くんだ?」
 才悟にも問われ、まず時計を見てみる。時間は11時を回ったところ。どこか出かけるよりも食事の方が良さそうだ。
 ライダーフォンで調べてみると、幸い近くに値段もリーズナブルなレストランがあるらしい。「昼ご飯は私が決めていい?」と聞くと、才悟は無言で頷いてまたメモを取った。
「この時間帯に昼食を取ればいいんだな」
「ま、まあ、そろそろ混みだすからね……」
 レストランに入れば、読み通りすぐに席に案内される。席に座ると、店員が「ランチメニューはこちらになっております」とラミネート加工された紙を差し出した。どうやら本日の日替わりランチはオムハヤシライスらしい。
「食べる?」
 そう問えば、才悟は無言で頷いた。
 注文してしばらく待てば、オムハヤシライスが2人分届く。一口食べればコクのある旨味が口の中に広がる絶品だが、何故かいまいち美味しく感じられない。
 才悟の方を見てみれば、彼も同じように感じているのかたまに首をかしげている。
 何か話題を、と思うが、何も思いつかない。またさっき見た映画の品評会でもするか? それとも次どこに行くかの相談か?
 一人うんうん唸っていると、窓が何か叩きつけてる音が耳に飛び込んできた。外を見てみると、いつの間にか激しい雨が降っている。ゲリラ豪雨のようだ。
「どうする?」
 才悟が気になったらしく聞いてきた。一応傘は持ってきたが、わざわざ濡れてまで歩き回る必要はないだろう。それを話すと、才悟も納得したようにうなずいた。
 ただ問題は、雨宿り狙いや昼食を食べようと来客者が増えることだ。そろそろ時間制限も来るはず。
(まあ追い出しに入ったら大人しく外に出ればいいか)
 瞬時にそれを決めて、コーヒーを追加注文した。

 そうやってコーヒーで粘って30分ほど。ゲリラ豪雨が止んだので会計して外に出た。
 とは言えまだ外は雨が止んだばかり。雨が作った水たまりはあちこちに残っており、靴を濡らさないように歩くのは少し気を使った。
「魅上くん、足元気を付けてね」
「……ああ」
 才悟の顔を見るといつもの無表情のように見えるが、どうもおかしい。困っているような、悲しんでいるような、とにかくマイナスの感情が大きい感じだ。ここに紫苑がいれば、もっと解ったのだろうけれど。
 いったい何に対してマイナスの感情を抱いているのだろうか。思い返せば食事の時からこんな感じだった気がする。オムハヤシライスが美味しくなかったのか、それとも自分だけコーヒーを飲んだのが不公平に感じたのか。
(……もしかして、颯さんとじゃれてたのを見て、勘違いしたとか?)
 その考えはすぐに否定した。颯の抱き着き癖は才悟も知るところだし、嫉妬は彼にとって遠い感情のはずだからだ。
 では、何故……と考えていると、周りがおろそかになっていたらしい。
「危ない!」
 才悟の声が聞こえたかと思うと、自分を突き飛ばす勢いでさっと割り込んできた。
 いったい何だ、と思ったのもつかの間、車が通る音と大きく水が跳ねる音、同時に大きな水しぶきが飛んできた。庇われたんだ、と気づいた瞬間、その庇った相手がどうなったかを悟る。
「魅上くん!」
 自分を庇って頭から水を被った才悟に駆け寄る。このままでは風邪をひくので、替えの服を買うため彼を連れて近くの服屋に飛び込んだ。

 ジャンパーにトレーナー、ジーパンとシンプルで動きやすい物を選んで才悟に着せる。濡れた服は、服屋が用意してくれた袋に入れて持ち歩くことにした。
「すまない」
「ううん。ぼさっとしてた自分が悪いから」
「……いや、そっちじゃない」
「え」
 改めて才悟の顔を見ると、明らかに落ち込んでいた。眼差しに力がなく、ふとすれば泣き出しそうな揺らぎを見せている。
「オレにはデートは無理なようだ」
「え」
 唐突な才悟の諦めに、目を丸くしてしまった。普段なら何故何故モードになりつつも、最後までやり遂げるのに。
 そんなこっちの動揺などつゆ知らず、才悟はぽつりぽつりと話していく。
「キミが必死になっていろいろ教えてくれているのに、オレにはいまいち解らない。それどころか、学ぶのを忘れて楽しんでしまっていた。キミに悪いことをしているようで、嫌だった。何より」
「何より?」
「キミに無理をさせているようで、つらかった」
 がん、と頭をハンマーで思いっきり殴られたような衝撃を受けた。才悟の声がつらそうなのがさらに追い打ちをかける。
 そこまで来て、ようやく颯の最後の言葉の意味を理解する。デートじゃない、それ以前の問題ではないか。
 才悟に恥をかかせないように、才悟の相手が困らないようにと考えるだけで、今2人でいるという大事なことを考えていなかった。
「これも全部オレが未熟なせいだな。すまなかった」
「ち、違うわ。魅上くんが悪いわけじゃないのよ」
 深々と頭を下げる才悟に対し、ぶんぶんと首を横に振る。そうだ、彼は悪くない。と言うか、誰も悪くないのだ。多分。
「ごめんなさい、私も本当は魅上くんと同じこと考えてたの。デートを教えることを忘れて、デートを楽しみたいって事ばかり」
「え」
「だいたい私、教えられるほどデートってしたことないのよ。だから、魅上くんが真剣に学ぶほどの事は言ってないわ」
「そんなことはない。キミからは色んな事を教わった」
「そうなの?」
「ああ。キミは本当に物知りだ」
 才悟が真面目な顔で言うので、ついつい吹き出してしまう。彼も最初戸惑っていたようだが、やがて表情を柔らかく緩めた。
 瞳を覗き込むと、先ほどの揺らぎは消えている。もう、大丈夫なようだ。
「そろそろ行きましょうか」
「ああ」
 どこへ、とは言わないし聞かれない。2人で行く先も決めずに歩いて、気になった場所を覗けばいい。
 それがこの2人にとってのデートなのだから。