「魅上くん、美味しい?」
「ああ」
「そ、そう」
「……」
何とも言えない空気が二人の間に圧し掛かる。
何とかしなくては、何とか言わなくてはと、脳内で慌てて言葉を探すも、何一つ浮かんでこない。
頭に浮かぶのはただ一つのフレーズ。
(どうしてこうなったのよ……)
事の始まりは唐突だった。
「エージェント、オレにデートを教えてくれ」
「……は?」
真顔の魅上才悟にそう頼み込まれ、つい同じような真顔で聞き直してしまった。魅上才悟とデート。あまりにも繋がりがなさ過ぎる。聞き間違いか、それとも新手のトレーニングの名前なのか。
混乱していると、話を聞きつけたか紫苑が「ごめんね、解らないよね」と説明をしてくれた。
「この間、僕たちがイベント運営手伝ったことあったよね。その時、イベントの賞品に『仮面ライダー屋の誰かとデートできる権利』なんてのがあって……」
「キャンセルできないの?」
「説明を受ける前に『できることは何でもやる』って言っちゃったからね……。それを盾にごり押しされちゃった」
「……」
こういう時、スラムデイズなどの先輩ライダーなら舌先三寸で上手く断れるのだろうが、ジャスティスライドはまだまだ人生経験を積み切れていない未熟者四人。そこを突かれてしまったようだ。
ただでさえ仮面ライダーはイケメン揃い。チャンスがあればお近づきになりたい、と思うファンは予想以上にたくさんいると言うことか。
紫苑は深くため息をついた。
「僕や伊織くんなら良かったんだけど、相手のご指名が魅上くんでさ……」
「……あちゃあ」
つい頭を抱えてしまった。
人当たりのいい紫苑や陽真なら一日デートも難なくこなせるだろうが、今回のご指名は才悟。彼のコミュニケーション不慣れさを考えると一日デートどころか半日も持たないかもしれない。いつもの何故何故モードで相手を困らせる絵が、ありありと頭に浮かんだ。
今回デート権を獲得した女性は才悟のファンらしく、「クールでミステリアスな彼にお願いしたい」と頑として譲らなかったらしい。
「『クールでミステリアス』ね……」
その評価は実際の才悟の評価に相応しくない。実際はコミュケーションが不慣れで、赤子のような顔を持つある意味「問題児」なのだ。なお当の本人も、その評価に対して首をかしげている。
それはさておき。
才悟の突拍子もない頼み事の理由は解った。これを自分に頼む理由も。しかし、いまいち腑に落ちない。本当に自分でいいのだろうか。
「キミにしか頼めない。特に、女性との付き合いは」
「うーん……」
何となくがっかりする心を強引にねじ伏せ、どうするかを考える。何しろ自分もデート経験は少なく、教えられるようなことは知らないのだ。困っている才悟たちを助けたいとは思うのだが。
「……解ったわ」
ちょっと悩んで、出した結論はOK。
本番で魅上くんが困らないようにしなきゃ、と考えながら、当日の予定を組み立て始めた。
そして当日。
いつものブラウスとスカートといういで立ちではなく、タートルネックのセーターに細めのパンツ。いろいろ服を出したり仕舞ったりした結果、背伸びした服装はダメだと判断してこの格好だ。そして相手は……。
「……魅上くん、本当にその恰好でいいの?」
「ああ」
才悟の方は見慣れた緑のジャケットに白のパーカー、トレーニングパンツといつもの格好。おしゃれに興味がないとはいえ、デートでいつも通りの格好で来るのはどうなのか。専用スタイリストはどうした。
「キミは、いつもと違う格好だな」
「え? まあ、こういう時はちゃんとおしゃれしていくものだから」
「そうなのか……。着替えてきた方が良いか?」
「ううん。本番の時気を付けてね」
「解った」
才悟はジャケットのポケットからメモ帳とペンを取り出し、丁寧に書き込んでいく。どうやら真面目にデートについて勉強するつもりのようだ。
「それで、どこに行く?」
「あ、えーと、まずは映画かしら」
こっちも付け焼刃ながらもデートについて勉強はしてきた。わずかながらのデート経験も加えて、まずは話題共有として映画を見ることにする。
さて、一言に映画と言ってもいろんなものがある。最近始まった話題の映画から、ロングランのもの、阿形松之助が好きそうな古い映画。
……なのだが。
「何故、映画を見るんだ?」
「……」
才悟の何故何故モードが始まってしまった。
とはいえ映画については聞かれる気がしていたので、答えを一つ上げる。
「話題共有よ。見終わった後、アレ面白かったね、あの俳優が良かったねとか」
「なるほど。だがオレはこれらの映画を全部知らない」
「そういう時は『どうしてだろう』が話題になるわ」
「よく解らないが、そういうものなのか」
……不安になってきた。
才悟のとことん追求する性格は熟知済み。相手を困らせるまで何故と問い詰めないだろうか。
デートの基本である映画は間違っていたのかも知れない、と反省した。
「で、映画を見るのか?」
「え、ええ。何か見たいのはある?」
「特にない」
いつも通りと言うか何というか。とりあえず、話題ができそうな最近始まった映画を見ることにした。
話題の映画は、確かに話題になるぐらいの面白さだった。ついついデートの事も忘れて本気になって見入ってしまったくらい、夢中になっていた。
才悟の方も夢中になっていたのか、途中で感嘆のため息が聞こえた。
エンドロールも終わり館内が明るくなったのを見計らって、外に出る。周りが興奮しながら映画の品評会を始めているので、ついこっちも隣の才悟に感想を聞いてみた。
「どうだった?」
「面白かった。主人公のアクションが凄かったから、オレもやってみたい。だが……」
「『だが』?」
「何故、主人公は最初自分の妻を悪く言ってたんだ?」
「あー……」
また始まってしまった、と内心ため息をついた。日本の物語ですら疑問だらけの彼にとって、海外のジョークは難解過ぎたらしい。
やっぱり映画はダメだったかなぁ、と自身の浅慮を嘆いた。
「はぁ……」
映画館を出る前にトイレに寄った時だった。
「えーじぇんっとさぁ~ん♪」
変なアクセントを付けながら背後から抱き着いてきたのは、私服の颯。周りがざわめくにも関わらず、にこにこ笑顔でべったりとくっついてくる。
「は、颯さん、来てたんですね」
「うんうん、僕もこの映画見に来てたんだ~。……君は1人で?」
「いえ、魅上くんと来てます」
「え、嘘、才悟来てるの!? どこどこ!?」
抱き着きは止めないまま、辺りを見回す颯。才悟はトイレに行かなかったので、少し離れたところで待っているはずだ。それを話すと、颯はさすがに離れてくれた。
「才悟と一緒ってことは、もしかしてデート? うわ、僕お邪魔だったね」
「正確にはデートと言うか、デートとはちょっと違うんですが……」
さすがに無関係の颯に全部を話してしまうのも問題な気がしたので、言葉を濁す。途中で話を取り上げられた颯は解り易くむすっとするが、必要以上に人の予定に首を突っ込むことなく「しょーがないな~」と諦めてくれた。
そろそろ合流したいな……と思っていると、颯が急にこっちの頬を引っ張ってきた。
「な、なにすぅんれすか!」
引っ張ってくる手を払いのけると、颯の方はきょとんとした顔で言ってくる。
「え、なんか楽しくなさそうだからさぁ。せっかくのデートなんだから、もうちょっと楽しくしようよ? 才悟も困っちゃうよ?」
そう言うと、颯はステップを踏みつつ映画館を出ていった。
そんな颯の姿を見送りながら、ぽつりと呟く。
「デートじゃないからお構いなく」
これはデートではなく、一種の練習なのだ。楽しむのではなく、才悟がちゃんとデートの何たるかを学べればそれでいいはずだ。