Call my name

 ――なまえをよんで

「……何をしているんだ?」
「あ、魅上君」

 夜。
 クリアファイルを抱えてバタバタしているところを、仮面ライダーの一人である魅上才悟に呼び止められた。
 無理もない。仮面カフェの仕事も終わっているのに、何らかの書類を抱えて走り回っていれば疑問も浮かぶだろう。特に彼の性格上。

「昨日の戦いをまとめてたの。何らかの役に立つかなと思って」
「まとめていた?」
「昨日は特に苦戦してたし、チェックすれば何か気づく点があるかも知れないでしょう?」
「……確かに」

 課題の残る戦いだった。
 こちらの油断から来たのか、敵が強くなっているのかは解らない。だが、実際に私たちは一歩間違えれば敗北していた、そんな戦いだった。
 特にダメージが大きかったのは才悟だった。正直、今日こうして動き回っているだけでも驚くぐらいだ。よく見れば、手首にはまだ包帯が巻かれている。

「根を詰めすぎると、身体を壊すんじゃないか」
「そっちに言われたくないなぁ……」
「……」

 大丈夫だから、と軽く笑うと、相手は黙り込む。

「……無理はするな」
「お互いにね。それじゃ、また明日」

 まだ何か言いたそうな顔の才悟に背を向け、そのまま駆け出す。
 今は彼の顔を見たくなかった。

 気配を感じなくなったのを見計らって、足を止める。
 思い出すのは、昨日の戦いの事。

 苦戦するジャスティスライドに追加のカオストーンを投げようとした瞬間、紫苑をかばった才悟が大きく吹っ飛ばされたのだ。

『大丈夫!?』

 思わず駆け寄って抱き起こすと、彼は何とか意識を保とうと頭を何度も振った。
 そして私の目を見ながら、呟いたのだ。

 ――父の名前を。

 父と彼の間に何があったのかは知らない。聞く理由はないし、これからも多分聞くことはない。
 だけどあの時、彼は私の名前ではなく、父の名前を呼んだ。それだけは間違いなかった。
 生前の父を知る人曰く、私は特に目が父と瓜二つらしい。だから彼は見間違えたのだろう。そう理性で言い聞かせても、心の中は晴れることはない。

 私は、初めて父に嫉妬していた。

 父は名前を呼ばれていた。それだけ絆が深く、慕われていた。それに引き換え私はどうだろうか。
 信じてもらえている。友達だと言ってくれる。それでも私と彼らの間には、大きな壁がある。それが悲しかった。
 そして。

(名前を呼んで欲しい)
 未熟なくせしてそう思ってしまう自分が、惨めだった。

 持っているクリアファイルを強く抱きしめる。
 自分がもっと立派なエージェントになれば、彼が名前を呼んでくれる日がいつか来るのだろうか。

 

 

 ――なまえをよびたい

「……何をしているんだ?」
「あ、魅上君」

 夜も更けるころ。
 仮面カフェの片隅で、クリアファイルを手に走る自分たちのエージェントを見かけた。
 店はまだ開いているが、彼女は年若いため夜の部はあまり顔を出さないようにしていたはず。そんな彼女がここにいるのは不思議だった。
 相手もそれが解っているのか、持っていたクリアファイルをひらひらとさせた。

「昨日の戦いをまとめてたの。何らかの役に立つかなと思って」
「まとめていた?」
「昨日は特に苦戦してたし、チェックすれば何か気づく点があるかも知れないでしょう?」
「……確かに」

 敵が強くなっていたのか、昨日は苦戦した。仲間の機転もあって何とか勝てたものの、一歩間違えれば負けていたかも知れない戦いだった。
 その戦いで一番怪我が酷かったのは自分だった。本来ならまだ安静にすべきなのだが、居ても立っても居られずにここに来てしまったのだ。

「根を詰めすぎると、身体を壊すんじゃないか」
「そっちに言われたくないなぁ……」
「……」

 思わず言葉に詰まる。しかし、お互い様だとぼんやりと思ってしまった。
 先代の娘であるこの少女は、自分たちライダーのサポート全般だけでなく仮面カフェの経営、関係者への挨拶回りなど忙しく走り回っている。
 自分はこれくらいしかできないから、と彼女はいつも笑うが、正直彼女は働きすぎだろうとは思う。
 現に今も大丈夫だと笑っているが、その言葉とは裏腹にどこか無理をしている気配があった。

 何か言いたかった。なのに。

「……無理はするな」

 それしか言えなかった。

「お互いにね。それじゃ、また明日」

 呼び止められるような言葉が何も思いつかないまま立ち尽くしていると、彼女は背中を向けて立ち去ってしまった。
 中途半端に伸びたままの手を、じっと見つめる。
 手首はまだ包帯が巻かれており、昨日の戦いの激しさを物語っていた。

(そうだ、あの時)

 敵の攻撃から仲間をかばって倒れた時、近くにいた彼女に抱き起こされた。そして。

 ――大丈夫かと心配する彼女の目が、見知らぬ誰かのそれと被った。

 思わずその誰かの名前を口に出した瞬間、彼女の顔が凍り付き……そして曇った。
 出した名前について言及されなかったけれど(正直言及されたら困った)、彼女のあの顔は今も心の奥にこびりついている。思い出す度に、胸が締め付けられる。

(オレは……まだ未熟だ)

 自分の些細な言葉や行動一つで、彼女を悲しませているのが苦しい。
 少しでも笑顔のままでいてほしい。そう思っているのに、何もかもが届かないし、何もかもが足りなさすぎる。

(あの子の名前だって呼べてない)

 自然と拳を握りしめる。
 もっと強くなれば、彼女の名前を普通に呼べるようになるのだろうか。