『みんなで祭りに行こうぜ』
陽真曰く、虹顔市の隣の市で祭りがあるらしく、彼の誘いはそこの祭りだった。規模は虹顔市より小さいものの、花火も打ちあがるらしい。
そのラインに対し、凛花はすぐに「行くわ」と返信する。日にち的にも問題ないし、最近はカオスイズムも大人しいし、財閥の仕事もやや少ない。遊びに行くには十分だろう。
祭りの日は何の服を着て行こう。真っ先に頭に浮かんだのは浴衣だが、用意できるだろうか。まあレオンに頼めばすぐに用意してくれそうだが。
「祭り、ね……」
少し前の祭りの事を思い出す。
傷害事件が起きるわ、為士の顔花火が打ちあがるわ、その途中で慈玄の過去が蘇るわで色々ばたばたしたものの、二日連続と言う形で無事に終わった。その時の為士の顔花火を思い出し、ついつい笑みがこぼれてしまう。
と、そこまで考えて、目の前の仕事がまだ終わっていない事に気づく。今は過去も未来も関係ない。目の前の事に集中するべきだろう。大量の仕事を前に、凛花はふうっと大きく息をついた。
そうやってばたばたと仕事を片付けて数日。仕事の量は少なくなるどころか、何故かその量がどんどんと増えてきている。毎年こんななのかとレオンに聞いてみたが、彼も不思議そうな顔で首をかしげていた。ここ最近の事件や騒動のせいでこうなっているのかも知れない。
祭りの日まであと二日。何とか仕事を片付けなければ、みんなと一緒に行けない。そう考え、凛花は眠い目を擦って大量の仕事を片付けていた。しかし。
「……間に合わないかもしれない」
思わずつぶやいてしまうほど、仕事の量が減らない。それどころか、邪魔をするかのようにカオスイズムも出てくる始末(該当地区のライダーたちが排除したが)。まるで自分を祭りに行かせないかのようだ。
どうする。もう行けなくなったと言うべきか。それとも最後まで諦めずに仕事を片付けるか。
考えるが、しかし何一つ浮かばない。そもそも寝不足が足を引っ張っている状態なのだ。ここ執務室でも一応仮眠できる準備はしてあるが、ここ最近の無茶ぶりを考えるとレオンに無理やり家に帰らされそうな気もする。
ふわ、とあくびが一つ出た。
こんな状態で考えても仕方がない。ジャスティスライドの皆には悪いが、仕事が片付かなかったと言う事でキャンセルの連絡を入れよう。埋め合わせは……明日以降考えよう。そう考え、ライダーフォンを手にした時、頭の中で一つの考えが閃いた。ライダーフォンでジャスティスライドのグループラインに繋ぎ、彼らにメッセージを送る。それほど待たずに、ジャスティスライド全員から驚きの言葉が返って来た。
祭り当日。
凛花が家に持ち込んだ仕事を片付けている中、遠くからどーん……という音が聞こえてきた。隣の市で花火が上がり始めたのだ。あっちの祭りも盛り上がっているのだろうか。現場にいないので何とも言えないが。
そう、凛花は現地にいない。それでもタワマンの高層階からなら隣の市の花火は余裕で見えるので、ここで仕事をしつつ花火だけは見ようと思っていたのだ。実際、少し遠いながらも見える花火は、仕事漬けだった凛花の心を少しだけ癒していた。
しかし、ジャスティスライドは来ない。
この間グループラインのメッセージで「うちで花火を見ないか」と誘ったのだが、さすがに全員が驚き困っていた。事情を話すとなるほどと納得してくれたのだが、やはり急な誘い故に「難しい」が占めていた。だが、それほどショックはない。自分も思いついた時は馬鹿げていると思ったし、メッセージを送る時もダメ元が九割を占めていたのだから。
まあこれも全部急に増えた仕事のせいと言う事にしよう、と思うが、やはり寂しいものは寂しい。そんな事を考えていると、ライダーフォンにメッセージが入った。
『魅上がそっちに行った。もうそろそろ着くと思う』
慈玄だった。
淡々としたメッセージを読むに、最初は祭りを楽しんだ後、凛花の家にお土産(屋台の食べ物)を持って行くつもりだったらしい。だが、やはり大勢の人が来る祭りはトラブルが多いらしく、ジャスティスライドはついついそれらに首を突っ込んでは解決して回っているらしい。そんな風にばたばたしていたら、いつの間にかこのような時間になってしまったという事のようだ。
『魅上くんだけがこっちに来るの?』
才悟が来ると言う事に、ちょっとだけ胸がときめく。気持ちを抑えつつ疑問文を打つと、今度は紫苑が『僕たちは行けそうにないから、代わりに行って来てって言っておいたよ』と返してきた。どうも彼が一番早く問題を解決したらしいので、先に行くとの事だった。
そんなやり取りをしていると、チャイムが鳴る。弾む気持ちを抑えつつ玄関モニターの方に行くと、そこには才悟が袋を持って立っていた。
「魅上くん!」
『約束通り来た。ドアを開けてくれ』
「え、ええ」
ドアの鍵を開けて少し待つと、才悟が袋――慈玄達が言う屋台の食べ物だろう――を持って入って来た。
「仕事が山積みらしいが、大丈夫か?」
焼きそばが入っている袋の一つを手渡しながら、才悟が心配の声で問う。それに対しては凛花は苦笑で答えた。その手に疎い才悟でも、テーブルに置かれたままの書類の山を見れば、まだ仕事は片付いていないのが解るはずだ。このままでは荷物が置けないので、書類をまとめて寝室に運ぶ。その間、才悟は荷物を開けていたらしく、テーブルの周りは焼きそばのいい匂いが漂っていた。
「食べていい?」
聞くと、才悟は箸を手渡して来た。食べていいというサインだろう。
割り箸を割って一口すすると、濃いソースの味が口の中に広がる。屋台の焼きそばというだけでここまで美味しく感じるのは、やはり祭りと言う特別なイベントによるものだろうか。何も食べてなかった事もあって、凛花はあっという間にぺろりと完食してしまった。
「腹が減っていたのか」
ちょっと恥ずかしく感じたので、無言で頷く。才悟の方はそうかとだけ答えた。
どーん……
遠くから花火の音が聞こえる。
音に釣られて視線をそっちの方に向ければ、鮮やかな花火が散っていくところだった。
「よく見えるでしょ?」
「ああ」
花火を見る才悟の目は驚きと興味で満ちている。この間の祭りでも花火は見たはずだが、ここから見る花火はまた新鮮なようだ。
「近くで見る花火も迫力で綺麗だけど、遠くで見る花火も奇麗だと思うの」
「解る気がする」
凛花の言葉に才悟が頷く。
花火は続く。鮮やかで色とりどりの夜空の花は、あっという間に消えていくが、心には強く残っていった。
「アカデミーでは花火は見なかった」
才悟がぼそりと呟く。
「だから最初花火大会と言われて、よく解らなかった。化学反応で色が付いた火を見て、何がいいんだろうと」
でも、と才悟が付け加える。その手には一緒に持ってきたたこ焼きがある。
「この間、みんなで見た花火を見て解った気がした。確かに花火は綺麗で、目を奪われる」
どーん、と花火が打ちあがる。凛花も視線を向けて、その花火を見つめた。凛花と才悟、二人を見守るかのように、花火が光っては消える。
「綺麗だな」
「ええ」
せっかくなので凛花はリモコンを操作して部屋の電気を消す。これによって、花火が更に鮮やかに見えてくる。
ふと、向かい側のソファに座る才悟に視線を向けた。彼は遠くの花火に夢中になっているのか、視線を向けることはない。整った横顔がそこにあった。どこを見ているのか解らない、しかし意志の強さを感じさせる眼差し。その目に、射貫かれたような気がした。
もっと見ていたい。花火よりも、彼の目の方が綺麗に感じてしまう……。
「皇凛花?」
声をかけられて、ようやく才悟の視線が自分の方に移っている事に気が付いた。
「ど、どうしたの?」
見抜かれたような気がして、ついうつむいてしまう凛花。顔が赤くなっているのが自分でも解った。とりあえず、突っ込まれないために別の話題を出す。
「み、みんな来ないわね。何かあったのかしら」
凛花の言葉に、才悟は「ん?」と言った顔で首を傾げた。
「言ってなかったか? ここに来るのはオレだけだ」
「え!?」
才悟の言葉に凛花は目を丸くする。驚かれた方も同じように目を丸くした。
「よく解らないが、自分たちが行ったら邪魔だろうとか言われた。それにたくさん屋台の食べ物を持って行っても、食べきれないだろうと」
……前者はともかく、後者は納得できる。焼きそばとたこ焼きだけでもお腹いっぱいだから、これ以上何かを持ち込まれても困ってしまっていただろう。ジャスティスライドの皆は現地で食べているだろうし。
ともあれ、彼らの思惑にハマって二人きりで花火を見る羽目になってしまった。その事について、改めて強く意識してしまう。
(魅上くんは意識してないんでしょうけど)
残ったたこ焼きに手を伸ばし、口に放り込む。冷めたたこ焼きは、今の自分の心を表しているかのようだ。だが。
(まあ、別にいいわね)
その冷めたたこ焼きを咀嚼して、胃の中に納める。いつもならあれこれ考えてしまった挙句縮こまってしまうのだが、今はそれを普通に享受することに決めた。たまにはこうして二人きりと言うのを思いっきり堪能しても、罰は当たらないはずだ。
不思議そうな顔の才悟に対し、くすりと微笑む。何故か才悟が少しだけ視線を逸らしたので、少し突っ込んでみることにした。
「どうしたの?」
「い、いや、別に」
「そう?」
どーん、とまた花火が打ちあがる。だがもう凛花も才悟もそっちを見ない。ただ、お互い視線を絡ませ合うだけだ。
もう片付いていない仕事や、持ってきてもらった焼きそばやたこ焼きの事なんてどうでもいい。今こうして二人きりでいられる。その事を受け入れよう、と凛花は思った。