「みんな、空いてる時間はあるかしら」
そうタワーエンブレムとギャンビッツインを含むライダーたちに聞くのは、年若いエージェント。
そろそろ来ると思ってた、なんて思いながらも、彼らは少女の話に耳を傾ける。
「暑くなってきたし、うちの避暑地でゆっくりしないかって思うの」
夏の暑さが厳しくなる頃、先代エージェントがよく足を運んだ場所がある。某県にある、地下洞窟の先に広がる湖がそれだ。
地下にあるために気温は常に適温に保たれており、夏を過ごすならぴったりだろう。夜は少しひやりとするが、そんな時こそ暖かなスープが際立つ。
湖を囲む洞窟の壁は、外見を損なわないよう鉄錆めいたランタンが吊るされている。そのため、夜目が効かなくても湖に落ちると言う事はないはずだ。
避暑と潤いを目的に整えられた地下湖には、蓮の花をモチーフにした硝子の小舟が浮かべられている。きらめく湖の色を失わないようなそのデザインは、大柄な男を二人ほど乗せても大丈夫だが、濡れた硝子に足を取られないようにする必要はある。また硝子の小舟は様々な色があり、どの色の舟を選ぶかで悩むのも、きっと楽しいはずだ。
「湖は飲食禁止と言うほどではないけど、どんちゃん騒ぎするほど持ち込むのは止めてね」
暖かい飲み物は無料で渡してくれるが、強い酒や食べ物は用意されていない。持ち込むことは許されているが、基本そこはゆったりと語り合いながら涼むのが好まれる。
夏の夜は短い。だからこそ、ゆったりと涼む時間も必要ではないだろうか。
「あ、言っておくけど湖で泳ごうだなんて思わないでね」
湖は、思ってる以上に冷たいから。
そう付け加えると、一部のライダーたちから笑いが漏れた。
「確かにここで大騒ぎはできねえな」
役者らしく反響音を確かめていたフラリオが言う。いつもなら騒ぎ立てて相方に怒られる彼だが、ここの状況を知ると、少しだけ声量を下げてくれた。とはいえ静かでいられるのはいつまでか。
寒いでしょう、とコンソメスープを手渡すと、マジ感謝と笑いながら受け取って飲んでくれた。
そんなフラリオと少女の前にするっと割り込むように、オレンジ色の小舟が入り込む。そこに乗っているのは、フラリオの相方である久城駆。
「一緒に乗るか?」
そうからりと笑いながら少女を誘う。オレは誘わないのかよ、と目に見えてぶんむくれるフラリオだが、この小舟は二人乗り。それにギャンビッツインが乗ってしまうと、二人して騒いでしまうのが目に見えるので、駆の誘いに乗ることにした。
「手慣れてますね」
エスコートされて乗り込むと、そっと駆が小舟を動かしてくれる。その仕草に手慣れたものを感じて関心していると、駆はいつものシニカルな笑みを浮かべて来た事がある、と教えてくれた。
「その時は一人だったから、ちょーっとばかし恥ずかしい思いをしたんだけどな」
さもありなん。ここはどちらかと言うと二人以上で来るような場所なので、一人は逆に目立ってしまったことだろう。でもここで飲んだ甘酒が本当に美味しかった、とここでの思い出話を聞かせてくれた。
一人旅が好きだと言う駆だが、その内容はなかなか聞かせてくれない。それを話してくれると言う事は、それだけ自分に心を開いてくれているのだと思って嬉しくなった。
月明かりとわずかなランタンの灯火。そこにもう一つ、ノートパソコンの明かりが灯る。
「意外とWi-fi通ってんのな」
コーヒーを片手にそうつぶやくのは、高性能ノートパソコンで株の流れを見ていたルーイだ。とはいえ、秒単位で変わっていく流れに対してこの電波の流れは満足していないようで、ぶつぶつと何かぼやきながらも操作をしている。
「一応何かあった時のために通してはいるんです」
「そーかい」
それでもルーイが満足できるような回線ではないのは重々承知だ。そもそもこんな所で株取引をしようとする人間なぞ、まずいないだろう。どんな場所でも自分のペースを貫くルーイには呆れるが、付き合って来てくれただけマシだと思う。
……まあ、そんな彼に満足していない人間もいるわけで。
「ルーイ~、舟乗ろうよ~」
退屈そうにルーイのノートパソコンを覗き込んでいるのはQ。どうやら彼は小舟に乗りたいようだが、ルーイがずっと動かないので不機嫌になっているようだ。
ルーイはうざったそうにQを振り払おうとするが、それでも彼はべったりくっついて離れない。どうやらこの攻防はしばらく続きそうだと判断し、少女はその場を離れる。
さて、スラムデイズの一人である海羽静流は小舟に乗らずにいた。近づくと「何か飲む?」と飲み物屋に誘ってくれた。
「真っ先に小舟に誘ってくると思ってたんですけどね」
そう言うと、静流は苦笑いを浮かべながら「大人気だからねえ」と答えてくれた。
「19人全員と付き合ってたら疲れちゃうでしょ?」
確かに。全員と小舟に乗っていたらそれだけで疲れるし、何よりそれだけで時間が無くなってしまう。
「幸いうちのリーダーとQはあんなだから、こっちに気を回す余裕はなさそうだし。俺達は俺達でゆっくりしようよ」
「そうですね」
渡されたコーンスープを口にすると、ほっとする味が口の中に広がっていく。静流の方は懐から取り出したミニボトル――おそらくウィスキーか――を開けて、軽くあおった。
眺めるのは小舟かランタンぐらいしかなくても、こうしてのんびりとしているだけで心が落ち着く。そんな時間を提供できている事に、少女は心の中でほっとしていた。
次に小舟に誘ってきたのは浄だった。
「こういう時でもないと、君を独り占めするチャンスがなかなかないからねぇ」
薄紅色の小舟を軽く漕ぎながら、浄がいつもの笑みを浮かべる。その笑みから読み取れるものは……静流に先を越されたライバル心だろうか。
「そう言っても、浄さんは独り占めされる気はないでしょう?」
「まあね」
世界中のレディに対して、俺は一人だからねと浄が薄く笑った。そんな彼が独り占めしたいと言うのは、所詮口説き文句の一つに過ぎないのだろう。まったく、とため息を付くと、彼は笑って持ってきたグラスに自作のドリンクを注いだ。
軽めのライム酒と、ノンアルコールカクテルがちん、と鳴る。一気に飲むと、甘くもさわやかな味が喉を通り抜けていった。
美味しいです、と素直に感想を述べると、「そうだろう、そうだろう」と浄が改めて笑みを浮かべる。その笑みに偽りはなく、自分が作ったカクテルの味を褒められたことが本当に嬉しいようだ。
そんな小舟の近くでじゃぼん、と大きな水音が鳴った。
二人がそっちに視線を向けると、湖からひょっこりと皇紀が顔を出す。湖で泳ぐなとはっきりと言わなかったので、皇紀は普通に泳いだようだ。
「全く、服を着たまま泳ぐなんてね」
「獲物がいるか確かめただけだ」
風景を楽しむよりも食べ物探し。皇紀らしいと言えば皇紀らしい。しかしここは半人工湖なので、彼がお気に召すような物は見つからないだろう。彼には悪い事をしたな、と少女は何となく思った。
皇紀もそれが解っているのか、何も言わずに湖から上がる。「タオルならあっちにありますよ」と教えると、そうか、とだけ返してその場を立ち去った。
「あー、浄抜け駆けしたー!」
皇紀と入れ替わりで大声でごねるのは颯。どうやら彼も少女を誘いたかったらしく、解り易く頬を膨らませた。
交代交代と騒ぐので、浄が肩をすくめながらその場所を譲る。譲ってもらった颯は嬉しそうに乗り込んだ。グラスを返していると、背中に冷たい水がかかる。
「あははっ、隙だらけだよ~」
どうやら後ろから颯が水をかけたらしい。はしゃぐのはいいが、大きく動くと小舟がひっくり返りそうになるので、さすがにたしなめた。ごめんごめん、と颯は謝るものの、その顔に反省の色らしきものは全く見えなかった。
「だって夏は遊ぶものだし、ゆったりするのもいいけど、やっぱりはしゃぎたいよ」
颯らしい意見だ。ウィズダム最年少故、その意見に賛同してくれる者はいないのだろうが。
ただここは涼む場所であり、彼の望みを叶えられる場所ではない。それを謝罪すると、颯は逆にあわあわと首を横に振った。
「ごめん、そう思わせたくて言ったんじゃないから」
「解ってますけど、合わない人には少し気を遣わせたかなと思っちゃうと、つい」
ついつい苦笑いを浮かべてしまうと、逆に気を遣っちゃうからと颯が本当に困った顔になってしまう。だが沈黙は3秒までがモットーの颯、あっという間に次の話題を持ち出してきた。
こうして次々と変わっていく話題に必死になって付いて行っているうちに、申し訳ないと言う気持ちは徐々に消え、楽しいと言う気分の方が勝っていった。そう言うところはさすが颯と言ったところか。
「宗雲ならこういう場所も気に入りそうだよね」
「ですね」
その宗雲は、ホットワインを飲んでいるようだった。こっちの視線に気づいたのか、軽く手を上げる。そろそろ交代時だね、と颯が名残惜しそうにつぶやいた。
淵に戻ると、宗雲が上がるのを手伝ってくれた。そこまでしなくてもいいのだが、相手は「颯が何をするか解らんからな」と言った。
宗雲は空いている小舟を見渡す。皆が皆乗っているわけではないので、空いてる小舟は多い。
「湖に合わせた良いデザインだな」
「ありがとうございます」
「持ち込みが許されているのもいい……おっと」
支配人としての視点になっている事に気づいたらしい。ここに来たのは慰安のためであって、仕事ではないのだ。それでもたまに支配人として周りを見渡してしまう、と彼は苦笑を浮かべた。
「それだけ仕事に真剣だと言う証拠ですよ」
「そう言ってくれると、少しは気が楽になるな」
ふっと微笑む宗雲。ホットワインはもうないが、温かな心遣いは伝わり合った。そんな気がした。
白灰色の小舟に、二人の兄弟――高塔戴天と高塔雨竜が乗っているので手を振った。
「乗りますか?」
そう誘われたけど、さすがに三人はきつかろうと思って首を横に振る。何より、仲のいい兄弟の間に入るのには気が引けた。素直にそう言うと、戴天がくすくすと笑って舟を淵に引き寄せてくれた。
「遅疑逡巡。私たちがいいのだから、貴女は素直に受け取ればいいのですよ」
まあこちらも少し配慮が浅かったですが、と付け加えられ、つい苦笑が浮かんでしまう。
「兄さんは、誰よりも貴女にお礼を言いたがってたんですよ」
そう付け加えるのは雨竜。兄弟二人きりと言う事は多々あれど、こうしてゆっくりと休息を取りながらの会話はとても少ないのだとも付け加える。
「貴女には何かと与えられてばかりですからね。私たちも、いずれは貴女を持て成したいと思っているのです」
美麗な顔立ちにわずかな憂いを見せる戴天。その思いを受け取れない自分を悔しく思いつつも、それはいつかそのうちに、と苦笑いのまま答えた。自分としてはライダーたちにわずかながらも憩いと癒しをと思っているのだが、逆に思われていると言う可能性を考えていなかった。
靴を脱いで淵に座れば、ひやりとした水が足を濡らす。
「僕たちの関係は、高塔とコスモス財閥、ライダーとエージェント、それだけの関係で終わりたくないですから」
雨竜がそう微笑むので、こっちも微笑みを返した。
こういうとこは苦手なんだよなァ、と荒鬼狂介がぼやく。確かに。彼はこういう静かな場所ではなく、身体を思いっきり動かせる場所の方がいいだろう。
「でも涼しいでしょ?」
そう聞けば、狂介はまあなと答える。気温調節のできない廃ホテルとここでは天と地の差がある事だろう。その証拠に、彼の顔には汗が一つも流れていない。
隣では阿形松之助がカシャカシャとライダーフォンのカメラのシャッターを切っている。その先にいるのは、危ういバランスを取りつつも小舟に乗る神威為士だ。
「兄貴も兄貴でナルシスト野郎に付き合わなくてもいいってのによ」
「ははは、でもやっておかないと本人が満足しないからなぁ」
危ないと忠告しても聞かないのなら、まずやらせて満足させる。そう松之助は判断したようだ。現に何枚か写真を撮ったことで満足したのか、為士はひらりと身体を翻そうとして……湖に落ちた。
「為士!」
声をかける松之助に、言わんこっちゃねェと呆れる狂介。そんな二人をよそに、為士はすぐに小舟のふちを掴んで上がって来た。ずぶ濡れではいるの、怪我らしい怪我はどこにもないようだ。小舟の方も問題はなさそうだ。
大丈夫かと声をかけると、相変わらず笑いながら「濡れた俺も美しい」と言い放つ。為士らしいと言えば為士らしいが、そのままにしたら風邪ひきかねないので、タオルを取って彼にかけた。
「自画像も大事だけど、自分の身体も大事にしてね。風邪を引いたら絵も描けなくなるわ」
「問題ない。それよりも今の美を留める事の方が大事だ」
「……」
らしいと言えばらしいのだが、体調管理もエージェントの仕事だと思っているので、こういう時は困る。さてどうするか……と思っていたら、松之助が新しいタオルを持って為士の頭を拭いた。
「人の心配は普通に受けた方がいいぞ。特にこの子のはな」
さすがに彼の言葉は少し聞く気があるのか、為士が少し不機嫌そうに眉を寄せた。自分の美意識は大事だが、その美意識の元である身体に何かあるのも問題だと二人から責められたので、少し不満ではあるようだ。
そんな様子を見ていた狂介は「兄貴もエージェントも優しすぎんだよ」と愚痴る。今度はそんな狂介をまあまあとなだめる松之助に、少女はコンソメスープを手渡した。
「本当に大変ですね」
心を込めて言うと、松之助は「もう慣れたさ」と苦笑いを浮かべた。
その後ろでは、狂介と為士がぎりぎりとにらみ合っている。さすがにここで大騒ぎを起こさない辺り、エージェントの顔を潰さないようにする自制は働いているようだった。
お手をどうぞ、と浄とはまた違った紳士的な仕草で若草色の小舟に誘うのは、いつの間にか変わっていたランス天堂。
「もう何度も乗ったから飽きたかな?」
「そんな事ないわ」
その手を取ってひらりと小舟に乗ると、これまたいつの間にか用意していたらしいホットココアを出してくれた。
「僕たちのような変わり種もこうして面倒見てくれるから、君には感謝が絶えないよ」
先ほど高塔兄弟にも似たような事を言われた、と言うと、ランスはくすりと笑う。
「それだけ僕たち全員、君に感謝をしているって事だね」
自分は自分なりに出来る事をしているだけなのだが、それら一つ一つが積み上げられ、彼らの糧と感謝の種になっている。そう思われているのが、嬉しかった。
ランスが視線をついと別の方向に動かす。その視線の先を追えば、いるのはジャスティスライドの三人。
「そろそろ彼らの所に返さないとね」
別にそこまで気を遣わなくてもいいのだが、ランスは微笑んでその場にいる三人を呼ぶ。それに反応したのは、伊織陽真だった。
「精神統一をするには向いている場所だな」
湖の静謐さに対して、蒲生慈玄はそう感想を漏らした。
保養地に対しての感想がそれか、とも思うが、それだからこそ慈玄だとも思う。そんな慈玄に対して「もっと気の利いた感想ないのかよ」とツッコむ陽真に、深水紫苑がくすくすと笑った。
「みんなは小舟に乗らないの?」
そう問うと、紫苑が「僕は乗ったよ」と答えた。二人で乗るのもいいけれど、一人で乗るのも乙だよねと付け加えて。
陽真の方は乗らずにこの涼しさを堪能していたようだ。今日は仮面ライダー屋の仕事で暑い中走り回っていたから、この涼しさがとても身に染みると笑った。
「いつもいつも色んな場所に連れてきてくれて、本当にサンキューな」
何度目か解らない感謝の言葉。そして何度受けても嬉しい感謝の言葉。それを受けて微笑むと、三人も同じように笑い返した。
出会った時から変わらないジャスティスライドの笑顔。そして絆。それらを感じられるのが心地よい。
「みんなに少しでも穏やかに過ごしてほしいのと同じぐらい、みんなの楽しそうな顔を見るのが好きだから」
場所を決めるのも都合の良い日を探すのも、全部楽しい。こうしてみんなが来てくれて笑ってくれるのが、もっと楽しい。そんな素直な気持ちを告げると、彼らの笑みにさっと照れが入った。こういうところまで似ているのも、やはりクラスだからか。
「いつかはお礼がしたいな」
紫苑がそう言うと、みんなそう言ってくるとつい笑う。こうしてお互いがお互いを思い合える、そんな仲になれてきていると思うと、とても嬉しい。
そう言えば、ジャスティスライドの最後の一人である魅上才悟が見当たらない。舟に乗ってるのだろうかと思って見まわすと、薄緑色の小舟がことりと動いた。
誰かがいる、と気づいた瞬間、その誰か――才悟がむっくりと体を起こした。
「ほら、一緒に乗りなよ」
紫苑がそっと背中を押すと、ゆらりとバランスを崩してしまう。
落ちる、と思った瞬間、さっと才悟が抱きとめる形で少女を小舟に乗せた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
才悟はそう言うとすぐにごろりと横になる。その目が少しだけとろんとしていたので、「眠い?」と声をかけた。
「すこし、ねむたい」
さもありなん。才悟は早寝早起き。この時間になるともう眠くなってしまうのだろう。そんな彼の頭を膝の上に乗せて、しばらく寝てていいわよと告げる。
ありがとう、というお礼の言葉も少しとろけた感じになっている。本当に眠いのかも知れない。
何の会話もないけれど、こうしていられるだけでも心が温かく、落ち着いてくる気がした。多分、それこそが幸せなのだろう、そう思う。
夏の夜は短く、あっという間に朝が来る。それでも今だけは、こうして才悟のぬくもりを感じていたい。
優しく揺れる小舟の中で、少女はただただそれだけを思った。