シャドウ

 ある日の事。
 ジャンゴが行方不明になった。

 原因はおそらく、半ヴァンパイア化。
 人ならざる異形の姿を恐れてか、彼は誰にも会わず何も言わずに商店街から姿を消した。

「で、未だ行方知れずか」
「こっちも必死で探してるねん!」
 ようやくベッドから起き上がれるようになったジャンゴの兄・サバタは、ひまわり娘のザジの反論にふうんと気の入っていない声を返した。
 窓から差し込む光が、少し薄れる。
「……曇り?」
「ま、最近サン・ミゲルは快晴続きやったからなぁ。一雨来るんやないかってみんな言うとるわ」
「そうか」
 横に無造作に置いてあるガン・デル・ヘルを無造作に取るサバタ。
「な、どうするんや!?」
「決まってる。俺もジャンゴを捜しに行く」
 唐突なサバタの宣言にザジは目を丸くするが、それなら、とサバタにそれを押し付けた。どうやら、彼が外に出ることは薄々分かっていたらしい。
「何だこれは?」
「何って、日傘や日傘。日焼け止め程度じゃ1分も持たんやろ? これさして歩けば、少しはマシになるはずや」
 フリルレースはついていないものの、真っ白い日傘はどう見ても自分には合わないと思ったが、ささずに外を出歩くよりはマシか、とサバタは諦めに似た気持ちで悟った。

 パイルドライバーの魔方陣が刻印された広場で、サバタとザジはリタと出会った。
「サバタさま! ザジさん!」
 不安そうな顔が少しだけ明るい顔になるリタ。
「ジャンゴは?」
 ザジの問いに、リタはまた不安そうな顔に戻って首を横に振った。
「まだ戻ってきてないのか……」
 3人の気持ちを代弁するかのように、時計塔の鐘が午後4時を知らせる。もうすぐ日の入りだ。だが、厚い雲に覆われたこの町は赤く染まらない。

(日の入りも日の出も分からない町……)
 サバタはなんとなく、それが何かの暗示のように思えた。

 太陽の動きが分からない町。それはジャンゴが煙のように消えても、誰も気づかないと言うことではないのか? 太陽を取り戻そうと足掻く彼のことなど、どうでもいいと言うことではないか?
 まるで、この町からジャンゴを追い出したいように。
 そこまで考えて、サバタは寒気に襲われた。
(ちっ……。日が沈めば、俺のフィールドになると言うのに)
 今はなぜか日が沈むのが怖い。
「サバタさま?」
「……ん?」
 ふと気がつけば、リタが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。その顔を見ていると、自分を心配してくれているのにほっとする反面、ジャンゴに対してちょっと悪い気もした。
 と、
「うん?」
 ザジが何かを見つけたらしく、視線を遠くに投げる。サバタとリタもその視線を追いかけると、厚い雲に覆われてうっすらと見える太陽に、何か違和感がある。
「……人?」
 視力が良いらしいリタがその違和感の正体を突き止めた。サバタもザジも目をこすりながら何とかその影を確認する。どうやら影は……ここに降りてくるようだ。
 ゆっくりとここに降下してくるその影が次第にはっきりとした形になっていくのに合わせて、3人の目が見開かれた。

 とっ、と軽やかにパイルドライバーの中心に降り立ったその影は。

「ジャンゴさま……?」

 ジャンゴは、浄化される前のあの太陽少年としての姿だった。トレードマークの赤いマフラーに、サンバイザーを兼ねた大きなバンダナ。サバタとそっくりな顔立ち。ザジからもらったソル・デ・バイス。
 何から何までジャンゴそのものだった。……だが、何かが違うジャンゴだった。
「ジャンゴさま……」
 リタがふらふらとジャンゴに近寄る。

 その足がぴたりと止まった。

 風を斬る音。

 爆発。

「リタ、久しぶりだね」

 ジャンゴの声。

 全ては一瞬だった。
 リタの一歩手前、ジャンゴが攻撃したのだ。頬に張り付いていた絆創膏を剥がし、それを爆弾のように投げつけて。
「……お前、本当にジャンゴか?」
 ガン・デル・ヘルを構え、サバタが『ジャンゴ』に聞く。『ジャンゴ』はにっこりと笑った。
「そうだよ、兄さん。あなたが浄化したジャンゴだよ」
 赤いマフラーが外される。
「あれは熱かったなぁ。浄化されてこんなになっちゃった」
 マフラーが変わる。
「……兄さんのせいだよ?」
 鋭利な輝きを放つ剣が、サバタのほうを向いた。
 前進。
「くっ!」
 サバタはガン・デル・ヘルを撃つ。同時にリタとザジも動いた。軽いステップで暗黒弾を避ける『ジャンゴ』に、ザジの太陽魔法が当たる。歩みを止めた『ジャンゴ』にリタが飛び掛るが。
「ちょっと遅いね」
 高々と跳んでリタの攻撃を避けた『ジャンゴ』は、サバタの背面を取り羽交い絞めにする。
「サバタさま!」
「サバタ!」
 『ジャンゴ』に羽交い絞めにされたサバタは何とか振りほどこうとするものの、身動きがとれない。と、

「君とはゆっくりと話したかった」

「!?」
『ジャンゴ』の口から放たれた、ジャンゴの声とはまったく違う声が、サバタの意思を一時停止させた。
「……イモータルの遣わした使い魔か……」
「さすがだね、『暗黒仔』。遺跡で君たちが戦った『彼』が持ち帰った情報を元に作ったのが、この『太陽少年』さ」
「ふっ、俺達の始末にふさわしい姿だな。『ジャンゴ』相手に本気を出せる相手など、そうそういるまい。……俺は別だがな」
「ふふふ、確かにね」
 サバタの動きが止まる。
「でも君は倒せなかった。愛情と憎悪なんてものに振り回されて、感情を持たずに戦った弟に負けた」
「……黙れ……」
 紅い目に何かが宿る。
「どうして怒るの? 君にとって感情なんて薄っぺらいものだろう? 君を慕っていた『死せる風運ぶ嘆きの魔女』の気持ちを利用した君にとって」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 サバタが、『ジャンゴ』を振りほどいた。
「貴様ぁ!」
 ジャンゴの声に戻った『ジャンゴ』が、サバタを斬ろうとマフラーのソードを振り上げるが。一歩先に、サバタが動いていた。
「暗黒転移っ!」
 空間が切り替わり、サバタと『ジャンゴ』は空中へと跳んだ。
「サバタっ!」
 ザジがサバタから離れかけている『ジャンゴ』を撃つ。直撃を食らった『ジャンゴ』はサバタから離れる。
「邪魔だっ、ひまわり娘ぇ!」
 今度はザジに狙いを切り替え、マフラーをロープのようにしならせる。それは杖に絡まり、ザジの手から離れかけるが。
「はぁぁっ!」
 リタがマフラーを手刀で斬り、杖は無事ザジの手元に収まる。
 着地したサバタが暗黒弾を撃ち、『ジャンゴ』の周りに小爆発が起きる。
「目をふさいだと思ってるのかよッ!」
 爆発の煙の中からソル・デ・バイスが伸び、ガン・デル・ヘルを握った。
「! しまった!」
 爆風の中で『ジャンゴ』がにやりと笑う。

 軽い音が一つ。

「ガン・デル・ヘルが!?」
「壊れた!?」
 サバタの手にあるのは、『ジャンゴ』にフレームを破壊されたガン・デル・ヘル。
「暗黒銃はもらったぁ!」
『ジャンゴ』が、未だ破壊されたガン・デル・ヘルを握るサバタを投げ飛ばす。
「ぐはぁっ!」
「サバタさま!」
 思いっきり地面に叩きつけられたサバタに近づこうとするリタだが、その進路を『ジャンゴ』に塞がれた。
「……っ、ジャンゴさまのお顔で!」
 にっこりと微笑みかけられ、リタは自分に絡みつく寒気を振り払うように叫ぶ。
「ジャンゴさまのお姿で!!」
 拳を振るう。小細工ナシの正拳。さすがにそれはかわされるが、リタは踏みとどまらない。
「私の前に出てこないでぇぇぇぇっ!!」
 本命の一撃を叩き込む。触れた瞬間に力を注ぎ込み、インパクトを強める。力のこもった一撃をダイレクトに喰らい、『ジャンゴ』は大きく後ずさった。だが致命傷には至らず、『ジャンゴ』は余裕の表情だ。
「この姿だと、貴様ら相手にゃ都合が良いからなぁ!」
 マフラーを再度ロープのようにしならせ、リタの足元をすくう『ジャンゴ』。空いたソル・デ・バイスが倒れたままのサバタを狙う。
「させません!」
「させへんでぇ!」
 女子二人の声がハモり、衝撃波を伴った蹴りと太陽魔法が同時に『ジャンゴ』を捕らえた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 同時攻撃をかわせなかった『ジャンゴ』が吹き飛ばされる。マフラーは半分以上焼き切れ、ソル・デ・バイスはひびが入っていたが、『ジャンゴ』の闘争心は消えていないようだ。今度はバンダナを外して左手に巻きつける。
「このっ!」
 起き上がったサバタが、『ジャンゴ』めがけて石つぶてを放つ。
「効くと思ってんのかぁっ!」
 もはやジャンゴとしての顔を捨てた『ジャンゴ』が凄まじい形相でサバタをにらむ。バンダナが剣のように閃き、石つぶてを全て跳ね返す。
 つぶてがサバタを襲うが、軽々とサバタは避けた。
「隙だらけやな!」
 サバタへの攻撃を隙と捕らえたザジが、『ジャンゴ』目掛けて魔法を撃つ。
「小娘ごときが甘いんだよ!」
『ジャンゴ』はソル・デ・バイスで受け止めるが、過負荷に耐え切れなかったのだろう。防いだ瞬間に、右腕ごとソル・デ・バイスが吹っ飛んだ。
「げぅあぁっ!!」
 吹っ飛んだ右腕を左腕で庇う『ジャンゴ』。その隙を逃さず、リタが『ジャンゴ』の懐に飛び込んだ。
「はぁぁぁぁっっ!」
 鮮やかな回し蹴りが『ジャンゴ』に決まり、『ジャンゴ』はまた吹っ飛ばされる。

 サバタの前に。

「なぁッッ!?」
「うおああああああッッ!!!!」

『ジャンゴ』の眉間を日傘が刺し貫いた。

「……ふふ、自分の弟でも殺せるか……。前言撤回だね、暗黒仔……」
 少しづつ風化していく『ジャンゴ』に、サバタは無表情に答えた。
「違うな。俺達にジャンゴは殺せない。……だが『ジャンゴ』なら殺せる。それだけの話だ」
「それもいいだろう……。だが忘れるな…、君は所詮殺すだけの存在……」
 半分以上風化した『ジャンゴ』は、ジャンゴの顔で笑った。

「……また、会おう……兄さん」

 『ジャンゴ』が完全消滅したことで、緊張の糸が切れたらしく、サバタはふらりと倒れた。
「サバタさま!」
「サバタ!」
 駆け寄るザジとリタ。と、そこに声がもう一つ入った。
「さ、サバタ兄さん……」
 リタが振り向くと、そこには半ヴァンパイア化したジャンゴが、ドゥラスロールが入った棺桶を引きずって立っていた。
「うっ……」
「ジャンゴさま!?」
 サバタの後を追うように倒れたジャンゴを、リタは抱き寄せた。

 サバタもジャンゴも事が終わってから丸一日、昏々と眠り続けた。
 そして、ジャンゴはまたすぐに姿を消した。

「ジャンゴさま、またどこかに……」
「ま、まあまたすぐ帰ってくるって!」
 サバタの枕元でリタとザジが話しあう。
「でも、元の姿に戻ることも出来たのに、どうして私達の元に戻らないんです!?」
「そ、それは……」

「悪いと思ってるんだろ」

 唐突なサバタの声に、リタとザジがびっくりしてサバタのほうを向く。
「わあサバタ! 起きてるなら起きてるて言うてや……」
「言った。お前達が気づかなかっただけだ」
 あきれたような顔でサバタが突っ込む。漫才になる前に、リタが話を元に戻した。
「あの、サバタさま。悪いって……」
「たぶん、誰が話さなくてもあいつは何が起きていたのか分かっていたはずだ。
 ……あの『ジャンゴ』はジャンゴの影みたいなものだからな」
「「影?」」
 リタとザジの声がハモる。
「ジャンゴ本人が絶対に認めない自分。仲間を殺すことを納得している自分。それらを凝り固めて、奴が生まれたんだ。自分は俺達を殺そうとした、ジャンゴはきっとそう思っている」
「それじゃ、今すぐ誤解を解かないと……」
「今のあいつには時間が必要なんだ」
 俺と同じくな、とサバタは心の中で続けた。

 ――君は所詮殺すだけの存在……
 ――また、会おう……兄さん

 『ジャンゴ』の最後の声がリフレインする。
(もう二度と、お前にだけは会わない)

 自分の心の影に、もう負けてたまるものか。

 サバタはそう誓い、目を閉じた。