日の差さぬ処でも

 ぎっ、とバイクのタイヤが止まる。
 潮風が流れるこの土地に、まず青い服の少女が立った。
「ここ?」
 辺りを警戒していた赤いマフラーの少年が問えば、少女は無言でうなずく。
 少女の視線の先には、青々とした葉をたくさん茂らせる太陽樹があった。

 ジャンゴとリタはサン・ミゲルを離れ、海沿いの太陽樹まで来ていた。
 イモータルの襲撃もない今のうちに、付近の太陽樹を見ておきたい。リタはそうジャンゴに告げ、その同行を頼んできた。ジャンゴの方も断る理由はなく、二人は数日かけて太陽樹を見て回っていた。
 そして最後に辿り着いたのが、この海沿いの太陽樹。潮風にさらされながらも、樹はどっしりとその巨体を保っている。
「リタはここ来た事あるの?」
「ええ。前は、先輩と一緒に」
「先輩?」
 リタは一つうなずいてから、自分と「先輩」について話してくれた。
「私に巫女としてのあれこれを教えてくれたのは、先輩なんです。すべきことも、やり方も、全て先輩が教えてくれました」
 彼女の顔に、思い出を懐かしむ色が入る。その顔は、今まで見た事のないものだった。
 自分にリタと出会う前の過去があるように、リタも自分と出会う前の過去――思い出がある。至極当然の事なのに、ジャンゴはそれが微妙に納得できなかった。
「それで?」
 わざとらしく話を急かすと、リタはこっちの気持ちを何も知らぬまま話を続ける。
「先輩も太陽樹の管理をするために旅に出て……、やがてここ一帯の太陽樹の管理をすると手紙が届きました。その後も何通か届いたんですけど……」
 先の言葉が消える。
 ジャンゴはその先を理解してしまい、話を急かしてしまった自分を恥じた。
(馬鹿だな、僕は)
 首を振って心のもやもやを振り払っていると、リタの方は太陽樹に近づいて幹に手を触れていた。
「……うん、ここの太陽樹は大丈夫ですね。巫女がいなくても、誰か手入れしているのかもしれません」
「そうか……」
 つまり、ここはイモータルやアンデッドの襲撃がないということだ。ジャンゴもほっと胸をなでおろす。
 さぁ……、と潮風が二人の間を吹き抜けた。流れるマフラーを何となく視線で追いかけていると、海が目に入る。サン・ミゲルでは見られないもの。
 海も安全ではない。陸地ほど目が向けられていないからか、イモータルの潜伏地点にされることもしばしばある。ジャンゴは昔、リンゴにそう教わった。
「……そう言えば、先輩が言ってました。深い海の底は、太陽の光が届かないらしいんです」
 リタがぽつんとつぶやいた。
「『全ての命の源は海にある』という仮説もあるから、本当は生命は太陽がなくても生きていけるものなんじゃないか、とも言ってました」
 イモータルの潜伏地点なのはそれか、とジャンゴは心の中で納得する。だが、リタにとってはそういう話ではないようだった。
「話を聞いた夜は、いろいろ考えて眠れませんでした。太陽がなくても生きていける生き物って何なんだろうとか、そんな生き物に私たちもなるのかとか……」
 リタの視線は、海から全く動いていない。
 普通に海を見ているのか、その海にかかわる思い出を見ているのか。ジャンゴには解らない。
「太陽がなかったら、私たちが生きている理由はあるのかとか、ずっと考え続けてました」

 震えていた。
 いつも朗らかに笑い、明るい彼女が、震えていた。

 ――その時、ジャンゴは心の底から彼女を支えたいと思った。
 いつも自分を励まし、時には恐ろしい怪力も振るって見せるリタだが、彼女もまた恐れを抱えて生きていた。それでも恐れを隠していたのは、ひとえに自分を不安がらせないため。
 彼女が自分を支えるなら、自分が彼女を支えたい。ジャンゴは、そう思った。
「大丈夫だよ」
 そっと肩に触れる。
「太陽がなくても、心に太陽があるなら生きていける。きっと、海の底にいる生き物たちは心が強くて暖かいんだよ」
 深い深い海の底に生き物がいるとしたら、それはイモータルではない。間違いなく、そこで強く生きている生き物のはず。心が、魂がある生き物のはずだ。
 太陽は真上に輝くだけでない。心の中にもあって、魂を輝かせている。だから自分たちは生きていけるのだ。
 それに、とジャンゴが付け加えた。

「いつも心に太陽を、でしょ?」

 ……リタの顔が、あっという間に真っ赤になった。

 行きと同じく、バイクに乗ってサン・ミゲルへの道を行く。
 そして行きと同じく、太陽が二人を照らしていた。